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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~あやかし商会の死にたがりな神様は、過保護な最強従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません~  作者: 御崎菟翔
第二部

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53. 空白時間の出来事

 部屋の扉を開けると、白が呼んだらしい朱が駆けてくるところだった。


「朱、巽との情報共有は終わった?」

「いえ、まだ始まってもいませんでしたが、奏太様の守りがなくなってはと、先にこちらに参りました」

「じゃあ、俺もそっちで一緒に話を聞こうかな」


 奏太はそう言って笑いながら、無意識のうちに、先ほどまで締め上げられていた首元をそっと指先でさすった。

 治癒したはずの場所。けれど、身体が覚えている圧迫感は、そう簡単には消えない。

 

「……また、玄が何か?」


 朱は心配そうに奏太の顔色を見る。

 

「え? ああ、大したことじゃないよ」

「過ぎた真似をするようなら、処分なさっても良いのですよ?」


 朱の真面目な顔に、奏太は小さく首を横に振った。


「秩序の神の眷属を、いつか消える俺が、勝手に処分できないだろ」

「神の力が戻ろうがそうでなかろうが、貴方が秩序の神であることに変わりありません」


 朱の主張は三百年前から一貫している。亘達のように、ここにいるのは日向奏太だとも、玄のように、仮初めの姿だとも言わない。ただ、奏太=秩序の神なのだと。けれど、奏太の感覚は亘達や玄と同じだ。自分はただの器に過ぎないと、そう思っている。

 

「神の記憶が戻れば、そんなこと言えないんじゃないかな。秩序の神にとっては、長い年月をずっと共にしてきた朱や玄達は何より大切なはずだ。それを、記憶が封じ込められてる間に処分したら、憎まれるだけじゃ済まないと思うんだよね。残されたあいつらが後でとばっちり受けるのも嫌だし」


 奏太はそう言いつつ、眉尻を下げて笑った。


「いつか返すんだから、無下にはできないだろ」

「たとえそうであったとしても、貴方に苦痛を強いて良い理由にはなりません」


 そうかもしれない。でも、これは、奏太自身が受けるべき罰なのだ。玄は、ただ、その代弁者に過ぎない。


『卑しい人の身に、聖なる御方が縋ることが、どれ程罪深いことか』

 

 何度も何度も、耳元で囁かれ続けた玄の言葉が蘇る。

 

 先日の陽の神の介入や、先ほど玄を跪かせた内なる秩序の神の絶対的な「命令」が、それを正しいものとして証明しているような気がした。あれこそが本来あるべき姿なのだと。

 

 やっぱり、玄に言われ続けてきた言葉が正しかったと認めざるを得ない。そう思った。


 それでも、奏太は決めたのだ。この人の身体にもう少し縋っていようと。できる限り日向奏太でいようと。

 どれ程、罪深いと言われても、可能な限り、このまま。皆と、共に在りたいと。

  

「そんなに、心配しなくても大丈夫だよ」


 もう少しくらい引き延ばしたって、神々にとっては微々たる時間だろう。何より大切なこの時間を少しでも長く続ける為なら、これくらい、何ともない。


 奏太は朱にニコっと笑う。


「それより、あいつらのところに行こう。勢いで連れてきちゃったけど、燐が引っかき回してないか心配だしさ」


 奏太が先を進めば、朱は何も言えなくなったように口を閉じ、パタパタと後を追ってきた。



 ガチャリ。

 奏太は、商会長室の扉を無造作に開ける。


「巽、大丈夫か――……」


 そう言いかけて、室内の状況に奏太はピタリと動きを止めた。


 腕を組み立つ燐鳳の前に、商会の武官達のリーダー格だった者達が数名座らされ、そこに巽が混じって正座させられている。どれも青白い顔をしていた。


 くるりとこちらを向いた燐鳳がほんの僅かに目を見開いたあと、バサリと扇を広げて口元を隠し、目元だけで笑みを作る。


「これはこれは、奏太様。お話はお済みですか?」

「……え……、これ、どういう状況……?」


 唖然とした奏太の問いに、燐鳳の目が弧を描くように細められる。


「いえ、商会の状況を聞くに、随分と弛みがあったようですので、少々、指導が必要かと」

「いやいや、商会にいる間は大目に見てやってって、さっき言ったつもりなんだけど……」

「しかし、程度というものがございます」


 冷え切った声音に、武官達の顔色はますます悪くなっていく。


「そもそも、同じ屋敷内にいて貴方を拐かされるという体たらく自体が許されざること。貴方の温情がなければ、全員まとめて処刑されていても文句は言えません。身の程を分からせる必要があります」

 

 奏太は、武官達と同じように縮こまっている巽に目を向けた。


「勝手に処罰してなくて良かったけど……そこに巽が混じってるのは、なんで……?」

「責任者に自覚いただかねば、風土は改善しませんからね」


 燐鳳の言い分に、巽が僅かに声を震わせた。


「……あの……さすがに、奏太様がお厭いになるからとお伝えしていたら……何故か、巻き込まれてしまいまして……」


 巽は燐鳳の方を見るのも怖いと言わんばかりに、床に向けた視線を彷徨わせる。


「僕ではどうにもならず、奏太様に説得いただいた方がいいかもとお部屋に伺ったのですが……白さんに追い返されてしまって……戻ったところから、この状態に……」


 先ほど、部屋の外で声がしたのは、これだったのかと思い当たる。外に出られる状況ではなかったが、まさか、こんな事になっているとは思いもしなかった。


「……ご、ごめん……。けど、さっきまで、朱も一緒にいたんじゃないの?」

「おりましたが、私が口を挟むようなことでもありませんからね。一段落するのを待っていたのです」


 朱は清々しいほど他人事だ。

 『まだ始まってもいなかった』と言っていた時点で疑問を持つべきだった。


「汐や亘、椿は?」

「……別にやることがあると、逃げられました……見張りはお前の仕事だろう、と……」

「……ご、ごめん」


 奏太は再び繰り返した。

 

 巽を生贄にして消えるのはどうかと思うが、元はと言えば、奏太が指示したことが原因だったらしい。

 

 奏太はハアと息を吐き出し、額に手を当てた。

  

「とりあえず、巽、燐、朱を残して、全員戻って良い」


 しかし、武官達は動いていいのかどうかわからない、というように、チラッと燐鳳の顔色を伺う。ここでも、燐鳳の圧の方が奏太の地位を上回るらしい。


「燐」

「……仕方がありませんね」


 燐鳳はそう言うと、パチンッ! と扇を閉じる。それから、パッとそれを振った。


「戻って良い。ただし、次はない。分かっているだろうな?」

「も、もちろんでございます! 申し訳、ございませんでした!!!」


 武官達はガバっと頭を下げた後、そそくさと部屋を出て行った。


「……あ、あの、奏太様……僕にも暇を……」


 巽はそう言ったが、部屋の主がどこに行こうと言うのか。


「重要な話が一つも終わってないだろ」


 呆れた奏太の言葉に、巽は涙目になった。



「それで、俺達が鬼界を離れてる間に何があったか、聞いておきたいんだけど」


 奏太が言うと、朱はコクと頷いた。

 巽は燐鳳から自分の身を隠すように奏太の影で身体を縮こませている。燐鳳への苦手意識がすっかり染み付いてしまっているらしい。


「まず、鳴響商会と奴隷商は、国の手が入ったことで瓦解。それぞれの長は、白が捕らえて既に処刑されています」


 それに、燐鳳は穢らわしいと言わんばかりの冷え冷えとした目を朱に向けた。


「これ以上、奏太を煩わせることが無いのは良かったですが、簡単に殺してしまうのは如何なものでしょう。生まれて来たことを後悔するほど痛めつけねば、気が済みませんね」


 射殺さんばかりに言う燐鳳に、奏太は眉尻を下げる。

 

「正規のルートできちんと裁かれたのなら、それで良いよ」


(……というか、これ以上、思い出したくない)


 嫌なことを思い出しかけて、奏太はテーブルの下でギュッと両手を握った。


「それより、聖教会の方は? 闇の女神の尻尾は掴めた?」

「光耀教会には、国の調査を入れられました。巽のおかげですね」


 朱は労うように巽に微笑む。


「ただ、光耀教会に怪しいところはなかったようです。唯一、『白日教会にいる人の司祭』を探っていた、ということが明確になったことくらいで。奏太様を白日教会から奪い、光耀教会の威光を高める為に使おうとしていたようですね」

「……まあ、そんな事だろうと思ったよ」


 奏太は疲れた声を上げた。一方、燐鳳の表情は、能面のようになっている。


「聖職者が奏太様を道具のように扱おうと考えるとは、この国は余程腐りきっているようですね」


 表情とは裏腹に、ギリギリとキツく握られた拳が白く変わっていた。


「まだ、人妖保護法が根付ききってないんだよ」

「国の怠慢では? 奏太様の眷属を名乗っているようですが、国王の能力が知れますね」

「やめろって。あいつはあいつで、良くやってくれてるよ」

 

 奏太が言うと、燐鳳は不満気に眉根を寄せる。奏太の影で巽がボソっと呟いた。

 

「……それは嫉妬、ですかね……」


 奏太にしか聞こえないくらいの声だったはずだが、燐鳳はキッチリその言葉を拾ったらしい。


「何か? 巽殿」

「ヒッ……! も、申し訳ございません!」


 巽はギュッっと奏太の服の裾を握った。

 それを、奏太は呆れた顔で見やる。


「……お前はいつも、一言多いんだよ」


 直ってきたほうだが、巽は昔からこういうところがある。口は災いのもと、という言葉を学んで欲しいものだ。


 朱も仕方がなさそうな顔で巽を見た後、ゴホンと一度、咳払いをした。


「気になるのは、白日教会の地下で捕らえていたハガネという大司教が消えたことです。現場に行きましたが、僅かに闇の気配が」

「あいつが闇に囚われた可能性があるってこと?」

「はっきりしたことまでは言えませんが」


 十分に心を折ったつもりでいたが、それが原因で闇に支配される心の隙を作ったと思えば、十分に可能性はある。ただ……


「偶然に闇が発生したのか、どこからか持ち込まれたのか。どっちだろうな」

「場所が白日教会の地下だったことを考えれば、後者の可能性が高いかと」

「何のために? ハガネが消えた以外に、何か変わったことがあった?」


 朱はそれに首を横に振った。

 

「セキに確認しましたが、特には無さそうです。ただ、ハガネを拘禁していた地下牢の番をしていた者が心神喪失状態で見つかったとか。白日教会内も、それで少し混乱状態に陥ったようです」


 朱が言うと、巽が恐る恐る、奏太の影から顔を出した。


「あのぉ……、あのハガネという大司教、随分と奏太様のことを調べ回っていたようです。聖遺物の一件で無理やり茶会に招待された時から、言葉の端々にそんな様子が見え隠れしてたので……」

「奏太様の情報を欲して連れて行かれた可能性があると?」


 朱の言葉に、巽はコクと頷いた。

 

「奏太様の情報を売る動機は十分にありますし……」

「まだ、奏太様を狙う輩が鬼界に居ると?」


 殺気が溢れるような冷たい微笑を浮かべて燐鳳が巽を見ると、巽はその視線に怯えたように再びサッと奏太の影に引っ込んだ。


「そもそも、闇の女神の狙いに俺が含まれてる可能性が高いんだよ。俺の中の秩序の神もひっくるめて」

「陽の御子様との争いで、行き過ぎた行いをした陰の御子様を先代が封じたのが始まりですからね。長年我が子を封じられた上、奏太様に自分と子を祓われた恨みが、全て奏太様に向かっているのでしょう」


 朱の言葉に、奏太はハアと息を吐き出した。


「気になるのは、確かに祓ったはずの闇の女神が、なんで今更復活したのかってこと。多分、力が完全に戻ったわけではなさそうだったけど」

「力が戻っていない、というのは?」

「あいつ、鳥籠の中にいる俺を、一度見物に来たんだよ」


 金の檻の向こう側で妖艶に微笑む少女を思い出して、奏太は表情を歪めた。


「俺に触れた時に、残り少ない力をぶつけたんだ。その時にはだいぶ力を失ってたから、使えた力は僅かだったけど、それでも闇の女神の手が腐り落ちた。たぶん、抵抗する力がなかったんだと思う。関係あるかはわからないけど、子どもの姿だったし」


 朱は、顎に手を当てる。

  

「聖教会の影に隠れてるのは、そのせいもあるのかもしれませんね。奏太様の御力で、一部が再び祓われたのだとすれば、ここまで大きな動きがなかったのも頷けます」 

「変に何かを企んだり、力をつけたりする前に、捕まえて祓わないと」


 放っておけば、人界や妖界に手出しする可能性もある。何より、眷属達が心配だ。


『貴方が三百年前に護ろうとしたもの、すべてを壊してあげる』


 凍りつくほどの憎悪を宿した瞳を思い出し、奏太は自分の影で未だに小さくなっている巽をチラッと見やった。

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