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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~あやかし商会の死にたがりな神様は、過保護な最強従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません~  作者: 御崎菟翔
第二部

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52. 狂信者の祈り

 白と玄を連れて部屋に戻り、パタリと扉を閉める。


「……来ると思ったよ」


 奏太は二人を見やり、諦め混じりの声を出した。


「白は外してくれる? 外で誰も来ないように見張っててよ」 

「よろしいのですか? 玄を止めろと仰るなら、止めますが」

「いいよ、いつものことだし」


 玄に視線を向ければ、意味深な笑みだけが返ってきた。


「……承知しました。ただ、何かあれば、すぐにお声がけを」

 

 白は、奏太と玄を見た後、静かに頭を下げて出ていく。


 奏太はそれを見送ることなく、踵を返して、ベッドの向こう側の窓にかかるカーテンを閉じた。


 シャッという音と共に、フッと周囲が暗がりに包まれる。その途端、冷たい手が、背後から奏太の首に伸びた。


 両手で首を絞められる感覚。けれど、多少苦しいくらいで、もがくほどではない。

 

「随分、潔いのですね」

「今までだって、そうだっただろ」


 随分昔。玄に激情をぶつけられてから。


「罪滅ぼし、でしたか。随分と巫山戯たことを仰る。人の身を捨ててくだされば、それで済むのに」


 玄は嘲るように鼻を鳴らす。けれど、それをしたくないから、こうして玄の行為を受け入れているのだ。


「何度も、言ったはずだろ。それに、もう、決めたんだ」

「決めた? 何をです?」

「お前には、わからないよ」


 奏太が言えば、玄は、ハッと声に出して笑った。

 

「何故、俺を靑の監視下から出したのです?」


 奏太の首を絞める手に、少しずつ、力が込められる。


「単純に、人手が足りなくなったからだよ」

「俺が、こうして来ると分かっていて?」

「来たところで、お前には俺を殺せないだろ」

 

 眷属は、自身が仕える神を害すことができない。それは、玄も承知の上だ。


 それでも奏太の首を絞めるのは、奏太に怒りをぶつけるとともに、殺せないことで、奏太の中の力を確かめているからだ。自分の主である秩序の神が、奏太の身体の中にあることを。


 玄がこうしてやって来るのは、年に数度。玄自身の気が晴れるまで、首を絞め、刃を突きつけ、人の身を罵倒し、早く神にと懇願する。


 前回は一年程前。行き過ぎた行為があり、気づいた白が止めに入り、以降しばらく、奏太達の鬼界でのもう一つの拠点に謹慎させていた。


「闇を祓うのに、お前の力が必要なんだ」

 

 奏太が言うと、玄の手に更に力がこもった。


「ああ、どうすれば、貴方の高潔さを汚さずに、この御身体を壊せるのでしょう?」


 声に、熱を孕んだ暗さが滲む。


「どうすれば、神のお姿と相見えることができるのでしょう?」


 自分の首を掴んでいた手がパッと外れる。瞬間、グイッと思い切り後ろに腕を引かれた。そのまま、後ろ向きによろけ、ベッドの端につまずいて、背中からベッドに倒れ込む。


 真上から、玄の顔がのぞき込んだ。

 憎しみと、焦がれと、狂気。それらがぐちゃぐちゃに混じったような昏い瞳。

 力尽くで押さえつけられ起き上がることができない。


 不意に、外で話声がした。白と、燐鳳だろうか。巽の声も、僅かに聞こえて、奏太は息を殺した。


「助けを、呼ばなくて良いのですか?」


 玄の顔が近づき、嘲りを含む囁きが耳元に落ちる。


「この様なお姿を見れば、非力で脆弱な人の身で居ることの罪深さを、奴らも思い知るかもしれません」


(……こんな姿、少なくとも、あいつらには見せたくない)


 奏太の小さな抵抗に、玄は小さく鼻を鳴らした。

 氷のように冷たい指で首筋を撫でられ、ビクッと身体が跳ねる。鋭い鬼の爪の感触を思い出し、鳥籠の中での不快感が蘇る。

 

「非力な人の身などに閉じこもっているから、あのような(ゴミ)に御身体を汚されるのです」


 奏太は強く奥歯を噛んでそれに必死に耐えた。誰にも気づかれないように。玄に、弱さを見せないように。


 しばらくすると、廊下から聞こえた声が遠ざかって行く。


「ああ、行ってしまいましたか」


 玄の言葉にホッと息を吐くと同時に、グイッと強く顎を掴まれた。玄の目が、奏太の瞳の中をじっと覗き込む。


「もう、金の揺らめきも見せてくださらないのですか?」


 玄の瞳の中にあるのは、ねっとりと絡みつくような、熱を帯びた狂気。体が、震えそうになる。


「あの高貴で美しい瞳すら、見せてくださらないのですか? あの瞳から溢れる涙を、もう一度、俺に見せてください」

 

 いつからか、人であることを真っ向から否定され、神であれと求めるこの目に見つめられると、酷く心が揺らぐようになった。何度も、何度も、人を捨てろと囁かれるうちに、心が脆くなっていくような気がしていた。

 

 そして玄はいつも、奏太が心を揺らす度に覗く金の瞳に魅入られ愉悦と共に笑うのだ。


 けれど、今は、この目に見られたところで、奏太の気持ちは揺らがない。ポケットの中にある、柊士の御守をギュッと握る。

 

「悪いけど、俺は、できる限り長く、人でいるって決めたんだ」

 

 黒い瞳を一切変えずに言い放つ奏太に、玄は目を見開いたあと、ほんの僅かに落胆と悲哀の色を浮かべた。しかしすぐにそれは自嘲の笑みに変わる。

 

「……ああ、あの連中ですか。貴方から絶望すら奪い去るとは。あと少しで、その脆い器が砕けるところだったのに……眷属のなり損ない風情が、余計な真似を」

「そういう言い方はやめろ」

「事実でしょう? 貴方が完全に力を譲渡しないせいで、神の世界に連れて行けぬ、不完全な眷属もどきだ」


 亘達は、三百年前、その地に生きる者達の理を崩さない為に、制約に触れるギリギリのところで奏太の力の譲渡を止めていた。


 それから奏太の眷属として片時も離れず奏太の為だけに生きたことで、その制約は外れた。けれど、その頃には、奏太は亘達の生き方をこれ以上縛るべきではないと思い始めていた。

  

 いつか、自我が飲み込まれて神となる自分に、縛るべきでない。完全な眷属ではない亘達は、奏太が完全な神になったあと、神界には共に行けない。人としての情動や終わりがない、冷たく乾いた神の世界に連れて行きたくなかった。


『あいつらを失って、一人でなんて生きていけない。だから、失いたくない』

 それも、偽らざる本音。人であることを繋ぎ止めてくれる、唯一の者達。


 けれど、その「人」であることの前提が崩れるのなら――願うのは、彼らの、せめてもの幸せ。それもまた、変わらない。


「あいつらは、それで良い。完全な眷属になんて、なるべきじゃない。あいつら自身の為に」

「……『あいつらの為』、ですか。気に入りませんね。組み敷かれて尚、そのような目で俺を見上げるなんて」


 不意に、玄の視線が下に向いた。奏太がポケットの中で何かを必死に握りしめていることに気づいたのだろう。


「その右手、何を隠しているのです?」

「……お前には関係ない」

「俺に、見せてくださいよ」

 

 拒絶しようとした腕を、ありえないくらいの力で強引に引き抜かれる。奏太が必死に握りしめる拳の中、手作りの御守りが覗いた。

 

 玄はそれを見るなり、鼻で笑った。

 

「その薄汚い布切れが、貴方の拠り所ですか? 滑稽ですね。三界を統べるべき神が、そんなものに縋り付いて、自身の平穏を保とうとするなど」

 

 玄は無造作に奏太の手首を掴み上げると、ダンッ! という鈍い音と共に、その拳ごとベッドに叩きつけた。

 

「放せ!」

「放しませんよ。貴方がその穢らわしい人間としての未練を手放すまでは」

 

 ギリギリと手首をねじ上げられ、シーツに縫い付けられる。骨が軋む痛みに、奏太は顔を歪めた。


「何百回も、何千回も、申し上げたではありませんか。卑しい人の身に、聖なる御方が縋ることが、どれ程惨めで穢らわしいことか。どれ程罪深く、許されざる行いか。まだ、分からないのですか?」

「……それでも、俺は、あいつらと……」

「貴方は、いつでも、あの不完全な奴らのことばかりだ。苛々する」

 

 奏太の首に当てられたもう片手の爪が、ギリッと立てられる。皮膚を突き破る様な、鋭い痛みが走る。

 

 ゾッとした。

 あの日、鳥籠の中で鬼の牙に引き裂かれ続けた記憶。ザラリとした舌が身体中を這い回る感覚。血を啜られる音。身体の芯が凍りつくような恐怖が、全身を駆け巡る。

 

「……ッ、」

 

 呼吸が荒くなる。視界が明滅し、現実と悪夢の境界が曖昧になる。

 

 それを見た玄の顔が、恍惚としたものに変わった。その瞳が、奏太の瞳の奥にある"何か"を捉えて輝く。

 

「……ああ、こうすれば、神々しい金の瞳が見られるのですね」

 

 玄の指が傷口を愛撫するように抉る。痛みと、生理的な嫌悪感。

 

 奏太の中で、人としての理性が飛び、代わりに冷徹な「秩序」が鎌首をもたげた。感情の波が引いていき、凍てつくような静寂が脳内を満たす。

 

「――玄、下がれ」

 

 叫んだわけではない。

 けれどその声は、物理的な衝撃を伴って空気をビリリと震わせ、部屋の中が冷たく神聖な空気に支配される。

 

 人の身でありながら、決して逆らうことを許さぬ絶対的な神威。


 その声には、日向奏太としての温もりは欠片もなく、ただ冷徹な断罪の響きだけがあった。

 

 玄はビクリと肩を震わせ、苦痛と歓喜が混じったような歪な笑みを浮かべると、ゆっくりと身体を離し、その場に跪いた。

 

「……はい。仰せのままに、我が君」


 奏太は、自分の手で首筋を押さえ、荒い息を吐く。まだ、瞳に金が揺れているのか、玄は目を逸らすことなく、じっと奏太の顔に魅入っていた。


 ガチャっと扉が開く音が聞こえ、異変を察して入ってきたらしい白が、重々しい声を出す。


「奏太様」

「……玄を、連れて行け」


 白は、チラッと玄を見やる。


「塔に、封じますか?」

「……いや、マソホのところに戻すだけでいい」

「承知しました。代わりに、朱をこちらに呼びましょう。お首の跡は、修復なさったほうがよろしいかと」


 玄に首を絞められた後は、必ず指の跡がくっきり残る。押さえた自分の手に血が付いているところを見れば、傷もしっかりできているのだろう。



 玄達が去った後、奏太は鏡の前で首筋を確認する。そっと触れる手が、僅かに震えているのが分かった。慣れたはずなのに、未だに怯えている自分が嫌になる。

 

 首筋には思った通り、赤黒い指の跡があり、爪が食い込んだ場所からは血が滲んでいる。喉の奥が引きつるように痛んだ。

 

(……これじゃあ、また亘たちがうるさいな)

 

 心配をかけたくない。ただ、それだけだ。


「大丈夫。いつものこと」

 

 奏太は自分を落ち着けるように、鏡の自分に向かって言うと、御守を一度だけぎゅっと握りしめ、胸ポケットの奥へと丁寧にしまい込んだ。

 

 今のこの幸せな時間を、一秒でも長く続けるために。

 

 慣れた手つきで自身の力を首筋に集め、金色の淡い光が患部を覆うと、暴力を受けた痕跡は見る間に消え去り、白く滑らかな肌だけが残った。

 

 鏡の中の自分は、もう痛くも痒くもないといった顔をしている。本当は、まだ心臓が早鐘を打っているのに。

 

 奏太は小さく息を吐くと、何事もなかったかのような「いつもの笑顔」を作って、部屋の扉に手をかけた。

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