閑話. 御守りの制作:side.柊士
「ねえ、柊士。私が前に作った御守り、奏太に戒めとして渡したって聞いたんだけど、本気で言ってるの?」
白月が膨れっ面で柊士を睨んだ。
「……だから、奏太用に作り直すって言ってるだろ」
柊士は決まり悪くなりながらそう言ったが、白月の苛立ちは収まらない。
その御守りは、白月がまだ「結」という名の人間だった頃に、従兄である柊士へ贈られたものだった。
『失うことを恐れて立ち止まるな。弱くていい。危険が迫れば逃げていい。みっともなく逃げてでも、生きて果たすべき役目を果たせ。それが、お前を守った者の存在意義になる』
自分を庇って死んだ者を目の当たりにし、奏太が絶望で足を止めそうになった時。柊士は、かつて自分が救われたその言葉を、奏太への「戒め」として託したのだ。
「酷くない? 奏太に譲ったこと自体はいいよ。でも、私はあれを『御守り』として渡したんだよ」
「お前だって、俺が落ち込んでる時に同じ理由で泣きわめきながら投げつけてきただろうが」
「うっ……それは……」
図星を突かれ、白月は言葉に詰まる。
あれはあの時、守り手としての覚悟を問うための精一杯の叱咤だった。
けれど、あれから数年。
奏太が「秩序の神」となった今、その言葉が重荷になっているのではないかと、近頃の様子を見ていて不安になった。
逃れられない運命を背負わされ、退路を断たれているのに、「逃げてもいいから役目を果たせ」と突き放すのは、あまりに酷ではないか。途方もない責務に押し潰されそうな奏太を、かえって追い詰めてはいないだろうか。
「……悪かったと思ってるよ。だから、今度はちゃんとした御守りを用意してやるんだ。あいつは、戒めだけじゃ自分の首を絞めかねないから」
柊士が静かに告げると、白月はようやく小さく息を吐き出した。
「……分かったよ。で、私が『外側』を作ればいいのね?」
「俺にはそんな器用な真似、できないからな」
「栞は?」
「……同じ『守り手』が作るから意味があるんだ」
柊士の言葉に、白月の唇がニヤリと吊り上がる。
「へえ、あの柊士が、ちゃんと奏太のお兄ちゃんしてるってわけだ」
「うるさい」
「ふふ。じゃあ、妖界で一番丈夫な素材を見つけて、とびきりのを作らないとね! 何百年、何千年経っても、ずっと奏太の側にいられるように」
たとえ自分たちが先に居なくなって、奏太がたった一人、前に進めなくなっても。その想いだけは、その隣にあり続けるように。
白月が新しい御守りを持って日向家を訪れたのは、それからだいぶ経ってから。
「出来たよー、柊士!」
「…………遅い」
「仕方ないでしょ。素材探しからしたんだもん! でも、ちゃんと長く持つように丈夫に織ってもらったし、これでバッチリだね。中に、陽の気をためておく呪物も入れておいたよ。私もちょっと陽の気を注いでおいたから」
自慢げに御守りを目の前で揺らす白月に、柊士は呆れた溜息をついた。
「いや、お前は外側、中身は俺って、話しただろ」
「だって、私も奏太の力になりたかったし……ほら、でも、柊士が陽の気を込められる余白はいっぱい残ってるよ」
白月は御守りの中から、薄いおはじきのような円盤状の呪物を取り出し、光に透かしてみせた。確かに、内包された陽の気はまだ淡く、ほのかな光を揺らめかせているに過ぎない。
「……分かった。もういい」
柊士が諦め半分に頷くと、何事か考え込んでいた白月が「あっ」と声を弾ませた。
「じゃあ柊士は、残りの陽の気を注ぐついでに、御守りの中にメッセージでも入れてあげなよ」
「袋を閉じるのに、か?」
本人が見られないメッセージに一体何の意味があるのか。
「こういうのは『想い』が大事なの! あ、紙だといつかボロボロになっちゃうから、呪物に直接刻んじゃえば?」
柊士は促されるまま、手の中の呪物と袋をまじまじと見つめた。
「……壊れないか?」
「表面を削るくらいなら大丈夫。もし壊れたらまた新しいのを持ってきてあげるから」
白月はそれだけ言い残すと、嵐のように去っていった。
その夜、柊士の自室。
デスクライトに照らされた机の上には、呪物と、里から借りてきたガラス彫刻用のペン。
「何を刻むか、お決めになられたのですか?」
黄色の蝶がヒラリと柊士の手元に舞う。
「邪魔だ、栞」
「だって、奏太様ばかりズルいではありませんか。私達にも、柊士様の御心をいただきたいです」
拗ねた声で言う栞に、柊士はしっしっと手を振る。
「お前らの分は、そのうち里の物で適当に見繕ってやる。今はそこをどけ」
「まあ!『適当』だなんてあんまりです!」
騒ぎ立てる栞に、背後で護衛にあたっていた淕が、疲れたような声を出した。
「……栞、柊士様のお邪魔だから……」
「貴方だって、羨ましがっていたじゃない、淕!」
「栞。これ以上騒ぐなら里に戻すぞ」
柊士が低く告げると、栞はフンと鼻を鳴らし、不貞腐れたように部屋の隅へと飛び去った。
(……後が面倒そうだな……)
軽く溜息をつき、柊士は改めて白月が用意した呪物に向き合う。
キィ、カリカリ……と。静まり返った部屋に、硬い石を削る音だけが小さく響く。
一文字、また一文字。
やがて作業を終えた柊士は、メッセージが刻まれた呪物を掌の中でギュッと握り締めた。
『幸せであれ 奏太』
再び開かれた手の中。
眩い陽の気に照らされて、宝石のようにキラキラと輝く文字があった。




