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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~あやかし商会の死にたがりな神様は、過保護な最強従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません~  作者: 御崎菟翔
第一部

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47. 主様との話合い

 鬼界の白日の廟にある大岩と繋がる、人界側の大岩がある神社。その一角に合祀された神の社がある。ここもまた、当時は新築そのものだったが、今や歴史を感じさせる趣に変わった。


 階段を登って無造作に扉を開けると、ガラリとした内部は、古い木の匂いに満たされていた。ここも丁寧に手入れがされているようで、外から差し込む光の中に埃っぽさはない。


「主様と二人で話がしたいんだ。外で待っててくれないかな?」


 奏太はすぐ後ろにいる四人に呼びかけた。しかし、全員が揃いも揃って眉を顰めた。


「貴方を御一人にする訳には参りません」


 椿の言葉に、奏太はサッと手を振って、社の中を示す。


「見ての通り、ここには誰も居ない、何もない。何かが隠れられる場所もない。心配ないよ」

「しかし、何があるかわかりません。安全だと思われた場所で拐かされたばかりではありませんか」


 汐も厳しい声音を出した。巽がそれに頷く。


「正直なところ、奏太様が結界に穴を開けて何処かに行ってしまうんじゃないかって不安も拭いきれません」

「はは、信用ないな。そんなことしないよ」


 笑って見せるが、亘は鋭い視線で奏太を射抜く。


「我らの目の届かぬところで神の力を行使しないとも言い切れません。御力が不安定になっているのでしょう。その状態で、あのような行為、これ以上許容できません」


 それに、奏太はハアと息を吐いた。


「悪かったよ。ただ、今は席を外してくれ。本当に何もしない。何かがあればすぐに呼ぶ」


 しかし亘は、奏太の言葉にギリッと奥歯を鳴らし、耐えきれないとばかりにガッと荒っぽく奏太の肩を掴んで引き寄せた。


「貴方は、一体、何を考えているのです! 執拗に我らを引き離そうとし、御自分の力を無闇に他者に渡し、何も話さず、笑って誤魔化す。貴方は、人界にきて、何をしようとしているのですか!?」

「放せ、亘」

 

 奏太は、凪いだ目で亘を見る。

 奏太を掴んだままの亘の手は震えている。激情を押し殺しているのか、それとも、突き動かされるような恐怖があるのか。


「うるさい」


 不意に、高い声が背後に響いた。

 声の方に視線を向けると、長い髪も、着物も、その肌も、瞳でさえも、全てが白い、幼さの残る顔つきの女がいた。


「……主様」

「妾に話があるのだろう。もたもたせず来い、奏太」

「お、お待ちください! 土地神様!」


 巽が慌てた声を上げると、土地神はパッと軽く手を振る。


 瞬間、皮膚を刺すような冷気を纏った突風が巽達に吹き付けた。


「神同士の話に、眷属ごときが口を挟むのか?」

「主様!」


 奏太が声を荒げると、水晶玉を並べたような二つの目が奏太を睨んだ。

 

「もう一度聞く。汝は、妾に話があったのではないのか?」


 奏太はグッと口を噤む。


「さっさと来い」

「奏太様!!」


 亘が怒声を上げるのを振り返り、奏太はフッとその目を伏せた。


「下がっておれ」


 主様が言うと、風が止む。しかし、亘達は悔しそうに表情を歪めながら、その場に縫い付けられたように立ち尽くしたままだった。


 キィ、バタン。


 亘が何かを叫ぼうとしたその声が届く前に、奏太と土地神を残して無慈悲に扉が音を立てて閉まった。


「汝は、相変わらず甘いな。口で言って聞かぬなら、身体に言うことを聞かせるしかあるまい」 


 奏太は額に手を当てた。


「無理やり言うことを聞かせるのは嫌なんです」

「それが甘いと言っている」


 暗い室内。土地神が手を振れば、祭壇上の蝋燭や灯籠に火が灯った。


「だいたい、人界に来たのなら、一番先に挨拶に来い」

 

 土地神は、ふわりと浮かび上がると、不遜に祭壇に腰掛ける。


「気づいてたなら、日向の家に来たらいいじゃないですか」

「妾が、何故汝の為に行ってやらねばならんのだ」


 奏太の故郷を守る土地神。永きをこの地で過ごす奏太の先輩だ。『主様』と呼ぶのは、奏太の主だからではなく、奏太の命の恩人だから。いや、最初の呪いと言っていいかもしれない。


 闇の女神に闇を注ぎ込まれ死にかけた奏太の身体を、不老にして自身の眷属にするという条件で救ったのが、この土地神だった。

 

 その直後、秩序の神に奏太の身体を奪われたことで、結局、主様との間に上下関係はなくなったが、秩序の神に不当に眷属を奪われた主様の立場に配慮して、奏太は未だに、その土地神を『主様』と呼んでいた。


「それで? 秩序の神が、妾に何の用だ?」

「ちょっと、売り込みに」


 奏太が言うと、土地神はわけがわからないと首を傾げた。

 

「うちの護衛役と案内役、人界に置いてくんで、使ってやってくれません? 眷属、欲しがってたでしょう?」

「はっ、ついに人を捨てることにしたのか?」


 土地神は鼻で笑う。それに奏太は小さく肩を竦めた。


「まあ、そうですかね」


 ただ、心を殺してそう返す。

 

 溢れそうになる何かを、奏太は必死に理性で抑え込んでいた。冷静に。今、自分にできることを。

 

「生活の拠点は日向の里に用意してもらうつもりですけど、新たな主を故郷で得て、ここでやることが出来れば、あいつらも余計な柵を忘れられるかなって。何より、人界は鬼界と違って平和ですし」

「汝はどうする?」

「主様も感じ取ってるかも知れないですけど、鬼界でまた、闇の女神が暗躍してるんです。祓ってこないと」

「それで?」


 土地神の問いに、奏太の喉がグッと詰まったようになる。


「……闇の女神を祓う力に、この身体が耐えられるか分からないんです。そのまま、万が一崩れたら――」

「完全な神になる、か?」


 奏太はその言葉に、小さく頷いた。


「それだけじゃなくて、陽の神が望んでるんです。ついこの間も介入されかけた。先代の眷属の言う事くらいなら聞き流せても、上位の神の力を退け続けるのは、流石に無理があります」

「ふうん」


 土地神は、興味なさそうに、祭壇の上で足をぶらぶらと振る。


「妾は、汝の命令にしか従わぬような眷属など要らぬ。汝が説得しきれるのなら、もらってやっても良い。が、汝にそれができるか?」


 クイッと顎で指し示された方には、固く閉じられたままの扉がある。


「悔しいが、妾の力では、眷属達の中にある秩序の神の力を塗り替えられぬ。汝の力と命令で妾に従わせる他ないが、先ほどのような目で睨み続けられ、不本意な状態で仕えられても邪魔なだけだ」


 神の力には明確な序列がある。目の前の少女が人界の一部の土地神であるのに対し、奏太は三世界の秩序を守る神。本来の力と序列は最高位に近い場所にある。世界を照らす神に友と言わせるほどの。


 奏太もまた、扉の方に目を向けて、途方に暮れながら天井を仰いだ。


 説得。それが、何より重い。


 奏太は、亘達の居場所を作りに人界に来た。そして、居場所自体はすぐに作れるだろうと思っていた。土地神が拒否するなら、そのまま里の所属に戻せばいい。日向の当主は奏太の頼みを断れない。今はまだ、晦や朔、栞のような昔馴染みもいる。妖界に置くより、人界に置いた方が良いと思った。

 

 置き去りにして帰れれば一番いい。けれど、そんなことをしたところで、関所を開けさせて追ってくるだろう。


「……何か、いい方法ありませんか?」


 妖界にいた時からずっと考えていたけれど、ただその一点だけが、思いつかなかった。


 亘達を里に帰している間に、淕や栞に相談すれば、いい考えが浮かぶかもしれない、漠然と、そう思いながら、今日を迎えてしまった。


「妾にわかるわけがなかろう」

「まあ、そうですよね」


 奏太はハアと息を吐いた。


「ひとまず、決着がついたら連れてきます。そしたら、受け入れ、お願いしますね」


 問題の先延ばしではあるが、居場所問題は何とかなった。あとは、大きな問題を残すのみ。


「どうしようかな……」


 奏太は誰に言うでもなく、ポツリと呟いた。

 


 社を出ると、汐、巽、椿は不安そうに、亘は怒りの形相で、先ほどと同じ場所で足止めをされていた。


 土地神がパチンと指を弾けば、動こうとしていた勢いのまま、四人がその場でよろける。しかしすぐに態勢を立てなおした亘は奏太に駆け寄り、土地神から奏太を守るようにグイッとその背に奏太の身体を押し込んだ。


「先行きは、暗そうだな」


 土地神はその様子を冷めた目で見ながら、フンと鼻を鳴らす。


「精々、足掻け」


 それだけ言い残すと、土地神はスゥッと社の祭壇の方へ消えていった。


「……奏太様、何のお話を?」


 巽に問われ、奏太はチラッと祭壇に目を向ける。


「もう少ししたら、話すよ」


 ただ、それしか返せなかった。


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