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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~あやかし商会の死にたがりな神様は、過保護な最強従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません~  作者: 御崎菟翔
第一部

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46. 人界の変化

 完全に表情を消し冷気を発する燐鳳と、それに怯える者たちを本家に置き去りにして、奏太は久しぶりに温かな太陽の下に出た。


 人界の太陽の下であれば護衛も不要だが、夜までは亘達も一緒だ。


 周囲を燦々と照らす眩しい光を浴びると、鬱々としていた心が晴れて行くようで、やっぱり自分は人間なんだと思える。ここで生まれ、ここで育った人間なんだと。


 本家は、建物の外観も当時とあまり変わっていない。ただ、歴史を感じさせるどっしりとした佇まいになっている。


 玄関を振り返れば、いつも柊士や皆が待っていたあの頃を強く思い出させた。ガラリと戸を開けた先にある顔。呆れ、怒鳴られ、苦笑され。心配そうに自分を見る顔。


「……そういえば、柊ちゃんが笑った顔、そんなに思い出せないな……」


 記憶が薄れてきているせいか、それとも、心配ばかりかけすぎたせいか。


 不意に、グッと腕を掴まれて振り返ると、亘が瞳を揺らしてこちらを見ていた。奏太はそれに、眉尻を下げる。


「……行こうか、お墓参り」


 本家を出て、当時墓地があった方に向かう。


 人界は、三百年の間に人口減少、都市部への一極集中が急速に進んだ。そして自然保護の名目で過疎の進んだ地方は、国の管理区とされた。日向家だけが、その特殊性故に残されている状態。


『神の降り立つ聖域』


 奏太の故郷は、気づけばそんな風に呼ばれるようになっていた。

 

 あの頃、田んぼの間に家がポツポツと並んでいた場所も、自然に侵食されてほとんど何も残っていない。コンクリートの道路も土の道になり、昔一緒に遊んだ友人の家があっただろう場所は植物の塊に覆われている。


(……何もない。何も、残ってないんだ……)


 奏太の足は、そのまま生家に向かう。父母が待つ温かかったあの家。けれど、そこにあったのは鳥居と古びた社。石碑には『日向神社』と記されてあった。


「……は……、はは……」


 声が、漏れた。


「奏太様」


 不安気な汐の声。


 庭の場所、玄関のあった場所。あそこはリビング。幼い頃に夜が怖くて潜り込んだ父母の部屋はその上。守り手の頃にいつも汐が迎えに来ていた自室はその隣。風呂、トイレ、客間。かくれんぼで遊んだ押し入れの場所。


「……随分、立派な神社だ」


 痛む胸を抑え込み、奏太はそう呟いた。


  

 社の前には、一人の少年が立っていた。十五歳くらいだろうか。正面で、熱心に何かを願っている。


 タッと足音がしたからだろう。少年はハッと顔を上げてこちらを見た。


「……ここ、関係者以外、入っちゃいけない場所なんですけど」


 明らかに警戒したような目。


「許可は得てるよ」


 実際には何も言われていないが、奏太が歩き回ることに異を唱える者は、今の日向家にはいない。


「お客さん、ですか? そういえば、皆、忙しそうに準備してたけど……」


 少年は、思い出すように視線を上にあげた。この言い方であれば、本家の者なのだろう。


「君は、戻らなくていいの?」

「俺は、守り手じゃないから……力もないし……」


 少年は俯き、ボソっと呟いた。

 諦めと悔しさの入り混じった表情。日向の血筋でも、陽の気を持たずに生まれてくる子どももいる。


 奏太の父がそうだった。兄姉が守り手として戦うのを見て、無力感があったのだと。だから、息子である奏太が守り手になることを受け入れたのだと。


 しかし、そう言った父は、神の器になった奏太を見て酷く後悔をしていた。その目に涙を浮かべて奏太に頭を下げて謝るほどに。


 守り手になると分かる。その力を受け継ぐことは、祝福ではなくて呪いなのだと。その身を犠牲にこの世を守れという、呪い。奏太も、始まりはそこだった。


「守り手にならずに生きられるなら、それに越したことはない」

「……日向の者でもないあんたに、何がわかるんだよ?」

「わかるよ」


 奏太が言うと、少年は、ハッと嘲るような声を出した。

 

「姉ちゃんが死んだんだ。この前。鬼界との結界が開いて、鬼に殺された。本当は、客なんて迎え入れられる状態なんかじゃなかったんだ。それなのに、あんた、何で来たんだよ?」


 苛立ちをそのままぶつけるような少年の言葉に、奏太は目を見開いた。汐と巽を振り返ると、二人は何も知らないと、首を横に振る。


「ご、ごめん、そんな状態だとは思わなくて……」

「はあ? 訪ねて来ておいて、何も知らなかった? あんたにはわかんないんだろうな。理不尽に周りが死んでいく辛さなんてさ。死んだのは姉ちゃんだけじゃない。その護衛と案内役も死んだんだ。それなのに、みんな、大事な客が来るって、弔いも早々に準備を始めなきゃならなかった。こんな時に訪ねてくんなよ! 何も知らない部外者が!」


 怒りも露わに語気を荒げる少年に、ドクドクと強く鼓動が打ちつける。耳鳴りがして音が遠くなる。


「ご、ごめん……」


 思わず後退り口元を押さえて俯くと、後ろから亘の手に身体を支えられた。


「小僧、口を慎め」


 低く脅すような亘の声。奏太の肩をつかむ手に力が籠もる。


「はっ、何様だよ?」

「この方は――」

「いい、亘」


 奏太は、何かを言いかけた亘を遮る。

 

「しかし……」

「いいんだ」


 そう言うと、亘の胸のあたりを押して自分から離す。少年の方に一歩踏み出すと、少年は狼狽えたようにじりっと一歩下がった。


「な、なんだよ?」

「手を出して」

「は?」


 意味不明とばかりに少年は眉根を寄せる。


「お詫びだよ。大事な人の弔いの時間を奪ったお詫び」


 奏太はそう言うと、スッと腕を伸ばして少年の手を取った。


 それから、その手のひらに、自分の指を押し当てる。


「奏太様!!」


 亘の制止の声が聞こえたけれど、そのまま無視をして、金色の力を少年の手に一滴注いだ。神々しい金色の光がさあっと少年の手のひらに広がり、吸い込まれるように消えていく。

 

 瞳にほんの僅かに金が揺れた瞬間、乱暴に亘に腕を取られて痛みが走った。


 まるで、奏太が消えるとでも言わんばかりに、焦ったような表情を浮かべている亘に、奏太は何も言えなかった。


 亘の瞳に映る自分は、いつもの黒い瞳の状態。

 

「貴方は……何故……っ!」

「……さあ、なんでだろうな」


 奏太はフッと口元に自嘲の笑みを浮かべた。


「……な、何をしたんだよ……?」


 少年は戸惑いながら、奏太と自分の手を交互に見比べる。


「君に守護を与えたんだ。たった一度きり。自分か周囲の誰かを守れる力」

「は?」

「お詫びだって言っただろ」


 奏太はそう言いながら、サッと少年に背を向けた。

 

 使わずに済めばいい。けれど、このほんの小さな欠片のような力が、これ以上大事な者を失う苦痛を味わわずに済む為に使われるのなら。そしてそれが、日向の子孫たちの為に使われるのなら。


 亘が強く奥歯を噛み、巽と椿は視線を交わし合う。汐がこれ以上離れまいと、蝶の姿で奏太の肩に止まった。



 かつて寺院だった場所に行くと、角が取れ丸みを帯びた複数の墓石が並んでいた。もう、そこに書いてある字はほとんど読み取れない。けれど、両親の墓の場所と、柊士達が眠る場所だけは、きちんとわかる。


 それぞれに立ち寄り、椿に渡された線香に火をつける。


 くゆる煙が青空に消えていくのを、奏太はただ、じっと見つめていた。

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