39. 主の捜索④:side.巽
その日、鳴響商会に王国軍が家宅捜索に踏み込んだ。派遣された軍は、何故か白に茶の混じる髪の大男が指揮する国王直轄軍。
巽、亘、椿、汐を含む蜻蛉商会の者達も数名、特別に王の許可を得てそこに同行していた。
今回ばかりは巽も、止める者達を押し切って着いてきた。奴隷商に囚われている間の主の惨状を聞いては居てもたっても居られなかった。商会の護りは朱と妖界の武官達に任せてある。
鳴響商会にいる者達は、突然の軍の襲来に右往左往する間に、片っ端から捕らえられていく。
「いったい、これはどういうことです!?」
見覚えのある鳴響商会の副会長がエントランスホールに飛び出して声を荒らげた。
指揮官である白は、手を止めるなと部下たちに指示を飛ばしながら、一枚の勅書を取り出して広げる。そこにはしっかり、国璽が押されていた。
「国の保護を受ける蜻蛉商会から、人が拐かされた。奴隷商から不正にその者を購入した疑いだ。調べさせて貰うぞ」
「お待ちください! 何かの間違いです! それに、何故、蜻蛉商会の者達がいるのです!?」
副会長は、ビシッと巽達の方に指をさす。
「彼らの同行も、王の許可を得ている。自分達の商会員を取り戻す為だ。後ろ暗いことがないのなら、大人しくしていろ。おい、こいつも取り押さえろ」
白が指示をすると、軍の者が即座に動いて副会長を捕らえる。
「やめてください、こんな、横暴な! このっ!! この手を放せ!!」
喚きながら連れて行かれる副会長を横目に、亘がダッと駆け出すのが目に入った。巽はそれを追いかける。
「待ってください、亘さん! どこに行くんです!?」
「商会長の部屋だ! 潜入調査の時に、調べられなかったと言っていただろう!?」
「でも、それは競売前で……!」
「他に怪しいところがあるなら、お前はそっちを当たれ!」
亘は事前に確認していた商会長室へ一目散に駆けていく。
「購入者の名義が商会ではなく、商会長個人だったことを考えたら、商会長の部屋が一番可能性が高いわ」
汐は蝶の姿でそう言いながら、巽を追い越して亘に並んだ。突っ走っていく亘に言いたいことはあるが、確かに巽も、商会長の部屋が一番怪しいと思っている。
「軍と憲兵が周囲を囲んでいるし、妖界の武官も屋敷内を捜索しているんです、一番怪しいところは、私達で調べましょう」
同じように亘を追ってきた椿に後ろからそう言われ、巽はそれ以上は何も言わず、最古参である二名の背を追いかけた。
商会長の部屋は、三階、最奥。
全速力で走り抜け、亘がバンと扉を開け放つ。
豪華だが何の変哲もない部屋。中には誰もいない。
ただ一箇所だけ、大きな本棚が不自然に斜めに動かされていた。その裏は、壁ではなく明るい空間のようなものが見える。
亘は一直線にそれに駆け寄り、力任せに本棚を動かした。
先に広がっていたのは窓のない寝室。
豪華な寝台にテーブルと椅子。明らかに今まで誰かがいた形跡が見て取れる。
そこに、不自然なまでに存在感を主張する、金色のきらびやかな装飾の施された巨大な鳥籠があった。
人が二、三人は入れそうな大きさの籠の中に、ポツンと倒れる人影。
背筋がゾッとして、全身が粟立った。
「「「「奏太様!!!」」」」
そこにいた全員の声が重なった。
亘と椿が、ガチャンと音を立てて金属の籠に飛びつく。部屋の主は余程慌てていたのか、籠の扉が開けっ放しになっていて、亘がそれを壊す勢いでガンと大きく開けて真っ先に中に入った。
汐と巽もまた、蝶と蜻蛉に変わって格子をすり抜け、鳥籠の中に入る。
床には複数の血の跡。大きく広がったものから、飛沫のようなものまで。乾いたものもあれば、真新しく乾いていないものもある。
着せられていた白の服は乱れ、そこから覗く肩や背、腕や足が、あちこち斑で不自然な色に染まっている。
「奏太様! 奏太様!!」
亘が抱きかかえ、そう呼びかけても、返事はない。くたりと亘に身体を預け、深く眠っているように見えた。
近寄りよく見れば、その状態が如何に酷いかがよく分かる。
「……傷が……治ってないんだ……」
巽は、口元だけで、そう零した。
自己修復力のあるはずの主の身体が、全く治っていない。それは、修復力が追いつかないほどに、傷ついているということだ。
首筋、鎖骨、肩、胸。腕や足も。それらが、赤紫色に爛れて、乱された服の中にまで広がっている。何度も何度も噛まれたような跡があり、ところどころ、未だ新しい血が滲んでいる。爛れの原因がそれであることは明白だった。
着せられている白っぽい服には、脇腹のあたりから真新しい血が大量に滲み出している。
人の姿に変わり、恐る恐る服を捲り上げば、爛れは身体全体に広がっていることが分かった。横腹、下腹、更にその下にまで。こちらもまた、噛み跡だらけ。
血の滲み出していた部分には、鬼の牙がつい先程まで深く刺さっていたような形跡がある。
「……なんて……酷いことを……」
椿が、声を震わせた。
亘は、見ていられないとばかりに、奥歯を強く噛んで目を伏せる。奏太を抱える手が、小刻みに震えていた。激情を、何とか堪えているのだろう。
主のこんな姿を、見たくはなかった。
「……亘さん、椿、薬、持ってませんか? せめて、止血しないと」
護衛の二人なら、妖界で最も効く薬を持っているはずだ。幻妖宮で厳重に管理されている、どんな傷でも癒せる、特別な薬。
亘は首にかかっていた小さな小瓶を、片手で紐ごと引っ張りブチッとちぎる。椿もまた、同じように首からかけていたものを外して、こちらへ差し出した。
主の全身状態を思えば、小瓶二つ分では全然足りない。けれど、未だ流れ続ける血を止め、傷の酷い部分だけでも治療しておきたい。今はほんの少量しかない。無駄にしないように、使わなければ。
巽は受け取った小瓶のコルク栓を抜き取って、慎重に少しずつ主の脇腹にかけていく。さすが妖界の秘薬だけあって、流れ出ていた血がピタリと止まり、かけた部分の傷口や爛れがみるみるうちに消えていく。
量があるなら、全身にかけてしまいたい。主を汚しズタズタにした形跡全てを消し去ってしまいたい。
汐も同じように思ったのか、蝶の姿のまま、深刻な声を出した。
「王城にある関所を通って、妖界に行きましょう。お身体ごと、薬に浸けたほうが良いわ」
秘薬の大元は、妖界のとある場所に湧き出る温泉だ。確かに、主をそこに連れて行くのが早そうだ。
「汐ちゃん、白さんに知らせてきてくれる?」
「ええ。そのまま、マソホのところに飛ぶから、奏太様をお願いね」
汐は心配そうに奏太を振り返り、ピタリとその額にとまってから、ヒラリと舞い上がった。
「汐、護衛を連れて行けよ」
「ええ。わかってるわ」
亘の呼びかけにそう返事をして、汐は部屋を後にした。
巽は傷へ薬をかけ終わると、瓶に少しだけ残った薬を数滴、主の口に落とす。すると、コクンと弱々しく喉が動いた。
「奏太様」
もう一度呼びかけると、その目が緩慢に、うっすらと開いた。
「奏太様!」
亘が声を上げると、主の口元が、小さく動く。
「……わ……たり……? ……みんな…………ぶじ……?」
無事じゃないのは、自分のはずだ。それなのに、第一声が、周囲の者たちを気にする言葉。悔しくて、涙が出そうになる。
亘は、ギュッと眉根を寄せた。
「……貴方は、御自分がどういう状況か、分かっているんですか?」
「…………う……ん…………だから……そんなかお……するなよ……」
奏太の手がほんの少しだけ持ち上がる。けれど、それ以上は動かせないのか、ダランとその手が落ちた。
力が足りていないのだ。たった、それだけの事をする力すら。この、けばけばしい金の籠の中で、いったい、どれ程の苦痛を味わわされたのだろう。
巽は唇を噛んで鳥籠を見回してから、トンと亘の腕に触れた。
「亘さん、とにかく、ここから出ましょう。奏太様、今はゆっくり眠ってください。もう絶対に、鬼に手出しなんてさせませんから」
「…………たつみ…………ここと……せいきょうかい……の……うしろに、やみの……めがみが……いるんだ。みんなに、きをつけさせ…………」
主がそう言いかけたのを遮って、巽はそっと、主の目元を手で覆った。
「お休みください、奏太様。どうか、今は何も考えず、ゆっくりと」




