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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~あやかし商会の死にたがりな神様は、過保護な最強従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません~  作者: 御崎菟翔
第一部

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38. 主の捜索③:side.亘

 動きがあったのは、それから更に四日後。

 亘達が監視対象としていた、翠玉の瞳に金色の髪を持つ若く美しい鬼の女性。それに、何かを持った子どもが、パタパタと駆け寄った。

 別の場所に潜んで監視をしていた椿に目を向ければ、コクと頷いたのが見える。


 ようやく見つけた手掛かりに、亘は一歩踏み出しかけたが、ガっと汐の小さな手に腕を捕られ止められた。


「まだよ。他に仲間がいて、あの子どもだけが切り捨てられれば、奴隷商の居場所を掴みきれなくなるわ。忘れたの?」


 巽に事前に聞かされていた行動計画。忘れていたわけではない。けれど、四日もじっと待ち続け、やっと現れたのだ。主の行方が分からなくなって九日経つ。どうしても、焦りが先立つ。


「ここで、手掛かりが途切れたら困るの。我慢して」


 汐の低く、それでいて鋭い声音に、亘はグッと奥歯を噛んだ。


 子どもは、女性に首を傾げつつ何事かを言い、数回会話をすると、パタパタと走り去る。しかし、女性から姿が見えなくなるところまで走ると、一転、まるで女性を監視するように遠くから様子を伺い始めた。


 子どもは女性の行動を観察し続け、夜、女性が部屋に戻り自室と思われる窓から姿が見えて明かりが消えるところまでじっと待つと、夜闇に紛れるようにパタパタと走っていった。


 亘達はある程度の距離を保ちながら、複数で地上と上空からその姿を追う。子どもは街行く者達に紛れるように走り抜けて、誰もいない路地に入った。そこを、慣れた様子でクネクネと通り抜け、とある建物の壁の前に立ち止まる。入り口や窓のないただの壁。そこでキョロキョロと周囲を伺う素振りを見せたあと、壁の一箇所をグッと押した。


 カコンとその部分だけが凹んだのが見えたかと思えば、壁全体がズズッと少しだけズレる。隠し扉だ。


 子どもは周囲を再び見回したあと、壁に現れた扉を押し開け、ズズッと再び閉じる中へ消えていった。


 数軒離れた屋根の上から、それを確認し、亘はギュッと拳を握った。


「……私は、ここであれを見張る。武官数名を連れて商会に戻って応援を呼べ、汐」

「わかったわ。けど、何があっても、一人で突っ込んでいくようなことだけはやめて。絶対に」


 『絶対に』の部分を特に強調しながら、汐が言う。


 共にかつての主であった結に仕えていたときは、こうではなかった。

 

 最初は、妖界で危機に陥った結を奏太と共に救いに行き、汐を人界に置き去りにした時だった。なんとか無事に帰ったあと、汐は奏太の頬を引っ叩き、自分を置いて危険に飛び込んでいくなと泣いて怒った。


 当時、『守り手』『護衛役』『案内役』は三名一組が基本だった。しかしその後も、奏太と亘はそれぞれの都合で何度か汐の目の届かぬところで危機に陥っている。


 極めつけは、鬼に拐かされた奏太を一人で追って闇の女神に支配された時か。


 自業自得ではあるが、亘はこう言う時、汐に何も言えなくなってしまった。主もまた。


 汐は亘に険しい表情で言ったあと、ふわりと蝶の姿で舞い上がる。相変わらず、汐からの信用がないことに息を吐きながら見送ると、大して時間も置かずに、汐は椿を連れて戻ってきた。


「……それ程、信用できないか」


 亘は思わず顔を引き攣らせた。


「当たり前でしょう。椿、亘をお願いね」


 汐はそう言うと、今度こそ本当に商会へ飛び立っていった。



 夜の闇の中、次第に路地裏の道や壁の上、近隣家屋の屋根などに、多くの者が集まり始める。その周辺にだけ、異様な空気が立ち込める。


 青い蝶がヒラリと亘の肩に降りた。


「ほとんど揃ったわ。書類は残さず回収してきて欲しいって、巽が」

「商会の方の護衛は?」

「ちゃんと残してあるわ。自分も含めて全部連れて行けって巽がうるさかったけど、あの方の不在時に商会がめちゃくちゃに潰されたりしないといいわねって脅したら、素直に引き下がったわ」


 巽もまた、我慢の限界なのだろう。きっと、ここに揃った者達も、皆。


「汐、椿、お前らは此処に残れ。妖界の武官も半分残す。逃げる奴らがいれば追え」


 亘の言葉と共に、汐はヒラリと再び夜空に飛ぶ。


 汐が翅をキラキラさせながらいくつかの場所に降りていくのを見送ってから、亘は翼を広げ、子どもが消えた壁の前に音も無く降り立った。


 石を積んで塗り固めたような壁。子どもが押していたあたりを探れば、不自然に動く石があった。それをグッと押し込むと、先ほど見たのと同じように、隠された扉がズズッと開く。


 それを押し開けると、空っぽの部屋が現れた。


 しかし、亘が一歩中に足を踏み入れた途端、ジリリリリッ! という、けたたましい警報音らしきものが鳴り響いた。


 亘はチッと舌打ちをする。


「汐! 椿! 周囲を警戒しろ!」


 そう声を張り上げながら、警報音を無視して駆け出した。何も無い部屋を突っ切り、バンと扉を開く。左右に廊下が伸び、部屋がいくつかあるが、誰かがいる様子はない。


 自分の後ろからバタバタと妖界の武官達が入ってくるのを、シッと手を広げて黙らせた。


 耳をすませば、右の廊下の先から、ほんの少しだけ声が聞こえる。亘は迷わず、そちらへ走った。向かった先にあったのは、上下に伸びる階段。物音が聞こえるのは下方だ。


 翼を広げ、階段を全て飛ばして、下階の廊下に出ると、白い服を着た何者かの姿が突き当たりの廊下を曲がるのが目に入った。

 

 再びバサリと羽ばたき、出せる限りの速さで飛ぶ。獲物を狙う鷲そのものの姿に変わり空気を切るように飛び廊下を曲がったところで、鷲の爪をむき出しにして白い服の背を掴んだ。そのまま人の姿に戻って、ダンと背から、その何者かを押さえつける。


「キャア!!」


 甲高い悲鳴が真下から響く。亘はそれを無視して、自分を追ってきた者達に

 

「他にも誰か居ないか探せ!!」


と怒鳴った。


 亘と同じように飛べる者は、翼や翅を頼りに亘の頭上を越えていき、翼を持たぬ者達も、亘の横を猛スピードですり抜けていく。残った者達は、後方の扉を次々に開けていった。


 廊下の先、更に曲がった辺りから、

 

「クソっ!」

「やめろ、放せ!!」

「ウワアー!」

「キャア! 助けて!」


などという混乱の声が響く。


「いったい、何なの!? 民家に突然押し入ってきて!! しかも、こんなか弱い女相手に乱暴するなんて!!」


 亘の下にいたのは、若い女。それが、金切り声をあげて喚く。


「何が、か弱い女、だ。コソコソ隠れ潜む奴隷商が」

「はっ、何を証拠に! わけのわからない事を言わないで! 婦女子暴行で訴えてやるんだから!」


 そんな脅しに、亘が怯む訳が無い。主の安否がかかっているのだ。相手が女であろうと、形振りなど構っていられない。

 

「証拠なら、これから探す。それより、痛い目を見たくなければ私の質問に答えろ」


 亘は手だけを鷲の爪に変え、バタバタと暴れる女の顔に突きつける。グッと頬に押しつければ、女はヒッと息を呑んだ。


「数日前、奴隷の競売が行われただろう? 目玉にされた、黒目黒髪の人間の購入者は誰だ?」

「だ、だから、奴隷なんて知らないって言ってるでしょ!?」

「あくまで白を切るつもりか? 命が惜しくないようだな」


 亘の爪の先がプツっと頬の白い肌を破り、血があふれる。女の顔が、サアっと青褪めた。


「ま、待ってよ! 私、本当に知らないの! 雑用ばっかりで、奴隷の世話だって、他の奴らがやってたし!」

「奴隷がいた事は認めるんだな?」


 更に爪を食い込ませると、女は悲鳴を上げる。それから、ようやく、慌てたように思い出せる限りの情報をよこし始めた。

  

「は、話だけなら、聞いたわ! ここにある中で一番、良い鳥籠に入れられた、黒目黒髪の人間の話!」


 亘がピタリと手をとめると、女はここぞとばかりに捲し立てるように喋り始めた。

 

「久々に高値を更新できそうだって皆が噂してたの! 実際に見た奴は、商品じゃなきゃ、とっくに手籠めにしてたって言ってたわ。我慢できなくて実際に手を出した奴がいて、その血がとにかく美味しかったみたいで、夢中で啜っていたんですって。それをきっかけに競売の直前までたくさんの者達が味見だと言って血を啜り始めたって聞いたの。でも不思議なことに、いくら肌を切り裂いても、どれ程血を啜っても、傷が勝手に治っていって、競売の時には綺麗な状態に戻ってたって。自力で動けないくらい弱ってたのに随分高く売れたって皆喜んでたわ! どこの誰に売れたかまではわからないけど、でもそれだけの金持ちが……」


 亘は、それ以上、聞いていられなかった。ざわりとしたものに全身が支配され、鷲爪を怒り任せに振り上げる。


 ここに連れてこられた主が、どんな目に遭わされたのか、想像しただけで悍ましい。


 主の体は傷つかないのではない。傷ついた体を、自身の力を使って修復しているのだ。傷ができれば痛みもあるし苦しみもある。力が無ければ体を修復できないし、力の回復が間に合わなければ、眠って回復させる必要がある。だから十何年か前に、一年以上も眠ったまま目覚めないような事態に陥ったのだ。


 自力で動けないほど弱っていたということは、それだけ体を傷つけられ、それだけの力を使ったということ。


「お前らは、あの方を何だと……!!」


 唸るように言いながら、ヒュっと鷲爪を振り下ろした。


 瞬間、パシッと腕を何者かに掴まれた。 


「亘、殺すな。ここは、私たちが引き継ぐ。軍の肩書があった方が、話が進みやすかろう」


 後ろから話しかける邪魔者を振り返ると、そこにいたのは、白に茶の混じる髪の大男だった。


 軍服を着た男の頭に角はない。その男の後ろには角の生えた軍の者たちが数名並び、更にその後ろでは、妖界の武官達に協力するように動く軍服の姿が複数見えた。

 

「…(びゃく)か。軍は軍でも、王の直轄軍ではないか」

「汐が直接、苦情を入れに来たからな」

「だとしたら、遅すぎだ」


 亘は苦虫を噛み潰したように言う。


「これでも急いだ方だ。国の下にいる以上、正規の手順を踏む必要がある。ちょっとしたことが国を荒らすことになるからな。あの方の事を考えれば、無闇に事を荒立てられぬ」

「聞こえなかったのか? その方が、どんな目に遭わされたのか!」


 白は先代の眷属であり、奏太に力が移譲された時に引き継がれてきた眷属だ。あの方自身よりも、秩序の神としての役割ばかりを優先させる。それが、亘は以前から気に入らなかった。

 

「聞こえたさ。だからこそ、残りはこちらでやると言っているのだ。同じ眷属に私刑まがいの真似をさせるわけにはいかぬからな」


 白はギリリと亘の腕を掴んだまま、冷静な表情を崩さない。


「頭を冷やせ、亘。その鬼を殺して何になる? 貴重な情報源を失うばかりか、今も危機にあるかもしれぬあの方の足を、更に引っ張るだけだぞ」


 悔しいのは、白の言葉が至極正論であること。

 ここでこの女を殺したところで、利などあるわけがない。相手はただの雑用係。亘の気すら晴れないだろう。それどころか、ここで亘が殺せば、主に課された制約に触れる可能性がある。

 

 亘は思い切り舌打ちをしたあと、白の手を力いっぱいに振り払った。


「ここを調べ上げれば、購入者も確定するはずだ。国が入れば、合法的に家宅捜索を進めることもできる。もう少しの辛抱だ。あの方は、必ず助け出す。少し落ち着け」


 白は苛立つ亘を気にした風もなく、ポンポンとその肩を軽く叩いた。

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