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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~あやかし商会の死にたがりな神様は、過保護な最強従者たちに溺愛され、今日も鳥籠の中から出ることを許されません~  作者: 御崎菟翔
第一部

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33. 蜻蛉商会への侵入者①:side.巽

 翌朝、蜻蛉商会の屋敷は混乱状態に陥った。


 最初に異常を発見したのは、奏太を起こしに行った汐だった。

 

 巽がまだ眠い目をこすっている時間帯。汐が悲鳴めいた声を上げて、巽と亘が共同で使っている寝室に飛び込んできた。


「亘、巽! 奏太様がお部屋にいないの!!」

「……は? 部屋にいない? あの方は、また御一人で屋敷内をうろついてるのか? 不寝番はどうした?」


 亘は眠そうに頭を掻いてから、不機嫌そうにベッドからゆっくりと腰をあげる。しかし、汐は悠長な二人の様子に声を荒げた。


「違うわ! お部屋の窓は開いたまま、バルコニーには血溜まり、それに、お部屋から一番近い陽の気の結界に穴が空いてる。昨晩の不寝番の姿もなくて、本当に行方がわからないの!」


 一気に眠気が吹き飛んだ。

 

 そのまま、寝起きだったことも忘れて、急く気持ちのまま、巽は奏太の部屋に駆け出そうとダンと勢いよくベッドを降りる。

 しかし、すぐに体にズキっとした激痛が走り、巽は妙な声を出しながらその場に蹲った。


「巽、乗れ!」


 亘に手を差し伸べられ、巽は蜻蛉の姿に変わってヨロヨロと飛び、大きな手の上にようやく乗る。

 主の危機かもしれないのに、動くことさえままならない自分自身が情けなくて嫌になる。


 巽を肩にとまらせると、亘は部屋を飛び出し、それを汐が追ってきた。


「汐、本当に屋敷内のどこにもいないのか!?」

「心当たりは見たわ。椿が他の者達にも手当たり次第に声をかけながら庭や屋敷内のほかの場所を探してる。でも、お部屋の状況から考えたら……!」


 ギリっと亘が奥歯を噛んだのが見えた。

 

 主の部屋、開け放たれた扉の向こう。

 大きく開いた窓から風が吹き込み、カーテンがバサリと揺れる。捲れた布団、主を無くした空っぽのベッド、水差しと飲みかけのコップが置かれたサイドテーブル、重石の下で書類が風に煽られている机、無造作に引かれたままの椅子。


 主がいた気配はある。しかし、肝心の主の姿はどこにもない。その事実にゾッとする。


 そこへ、バサリと翼を羽ばたかせ、椿がバルコニーから姿を現した。


「椿、奏太様は!?」


 勢い込んで聞く亘に、椿は小さく首を横に振った。


「いえ、どこにも。それから、結界の穴の付近に、これが」


 椿はそう言いながら、ハンカチに包んだ何かを差し出した。


 巽はそれをよく見ようと人の姿に変わって覗き込む。


 ハラリとハンカチが広げられると、そこには割れたガラス玉のようなものが包まっていた。

 

「……ガラス玉の破片? これ、いつも闇の発生地に残されてると言っていたのと同じですか?」


 巽がそれに手を伸ばして触れようとすると、椿にパチンと弾かれた。


「奏太様は、直接触れるなと」


 椿も相当気が立っているのだろう。思った以上に力が強い。巽はヒリヒリする手をもう片手で撫でながら、今度は触れないようにガラスの破片をじっくりと見つめる。

 

「見た目は、同じだな」


 亘の声に、椿も頷く。


「当のあの方がいらっしゃらないので、闇の女神の力が残っているかはわかりませんが。朱さんなら分かるでしょうか?」


 巽はそれに、首を横に振った。

 

「いや、この前の破片も、見ただけではわからないって言ってた。神の力を感じ取れるのはあの方だけみたいだ。ただ、これにも闇の女神の力があったと仮定すれば、結界が一部解けたのは、このせいかもしれない」


 巽が言うと、亘は眉根を寄せる。


「どういう意味だ?」

「陰陽は相克の関係にあります。闇を祓えるのは強力な陽の気だけ。逆に、強力な闇の力があれば、それより弱い陽の気を飲み込めます。奏太様の陽の気で構成された結界を、より強い陰の気で破壊されたのなら、穴の開いた理由も理解できます。界を隔てる結界に穴が空くのも、陰陽の均衡が崩れることが原因ですし」


 闇は、陰の気をこれでもかというくらい、ギュウと濃縮したような状態のものだ。闇の女神の力があったなら、尚の事、強力なものだっただろう。


「しかし、奏太様の気の力を破るほどの力が?」


 椿は懐疑的な声を出す。けれど、それほどの不思議はない。巽はフッと外に視線を向けた。そこには、白く薄い膜を張った様な結界がある。


「そもそも、ここの結界はごく普通の鬼の襲撃を一時的に防げるくらいの強度しかないんだ。攻撃を与えられて、商会に詰めてる武官達が気付いて迎え撃てる時間を稼げれば良い、という程度の。奏太様の陽の気を使うから、あの方の負担をなるべく減らす必要もあるし、金の御力も使われていない。そこに、闇を司る女神の力が一箇所に集中して加えられれば、簡単に破れるんじゃないかな」


 巽の予測に、亘は低く唸る。

 一方で、今まで黙って考え込んでいた汐が疑問の声を上げた。


「結界に触れなければ、結界の性質そのものには気づけないはずじゃない? どうやって入手したかはおいておいても、何者かが闇の力を持ち出してきたのだとしたら、結界が陽の気で構成されていることを知ってたってことになるわ。でも、今の今まで、人妖に手出し無用の法律のお陰で、結界で鬼を撃退しなければならないような事態には陥ったことはなかったはずだけど」


 それは、巽も疑問に思っていたことだ。

 

「それなんだよね。陽の気の結界は、柵の少し内側に張られてるから、柵の奥に手を出さなきゃ触れようがないし……」


 何者かが結界に触れると、ほんの僅かに、奏太にも分かるようになっていると聞いた。けれど、今まで、そんな話を奏太自身から聞いたことはなかった。


「内部の犯行の可能性があるってことか?」

「いいえ。商会の者は、皆、奏太様の力がこもった呪物のおかげで結界をすり抜けられるじゃないですか。わざわざ結界を破る必要はありません。確実に外部犯です」


 亘と巽がそうやりとりしていると、

 

「……まさか、あの子ども?」


と、不意に椿が、ポツと呟いた。

 

「子ども?」


 亘が低く言うと、椿はコクと頷く。

 

「妖界に行く直前くらいだったと思います。奏太様が気分転換したいと仰って共に外に出た時に、子どもが落とし物を拾おうとして結界に触れ、怪我をしたのです。私が簡単に手当てして帰しましたが……」

「うーん……時期的には、可能性はありそうだけど……その時に、何か他に気づいたことは?」


 巽の問いに、椿は思い出すように視線を上にあげる。


「特には……子どもが落としたものは、以前別の人妖が落とした物だったらしく返したいと言っていて……奏太様が落とし主に似ていたようで、始めは奏太様を落とし主と思い込んでいたようなんです。ただ、奏太様には心当たりがなく、それなら、奏太様と似た者は他にこの商会にいないか、と尋ねられて」

「……それで?」

「そのような者は奏太様以外にいないから、他の誰かだろう、と伝えました」


 そこへ、汐が何かに気づいたように、ギュッと眉根を寄せた。


「……ねえ、椿、その子ども、見た目は覚えてる?」

「汐ちゃん?」

「闘技場で闇が広がった事件があったでしょう? あの生き残りの男が言ってたの。奴隷商に売られる前、自分達のことを妙に探ってくる子どもがいたって。最初は、弟と仲良くなりたいだけかと思っていたけど、闘技場の地下にいる時に、たまたまその話を周囲の者達にしたら、売られる直前に似たような子どもに会った者達がいたらしくて……闇とは無関係だったから、流してたけれど……」

「……奴隷……商?」


 椿が青褪めた顔で呟く。

 けれど、状況だけを考えれば、その線が濃厚なように、巽には思えた。


「こんなこと考えたくないけど、もし、その子どもが関連してるんだとしたら、他の誰かを探してたんじゃなく、逆に、その条件に当てはまる者が奏太様以外にいないことを確認したってことはないかな?」


 最初から奏太を探していて、その特徴を把握した上で、その特徴に当てはまる者が他に居ないか確認しようとしたのだとしたら?

  

 まるで嫌な想像を形にするための部品が、一つ一つ集まっていくような感覚に、巽は額に手を当てる。


「奴隷商の関与があるのだとすれば、その裏に、鳴響商会が関係している可能性もあると思う」

「鳴響商会って、奏太様を手に入れたいと言ってきていた、あの……?」


 椿の言葉に、巽は頷いてみせた。

 

 鳴響商会の会長は、好みの者を奴隷商から買い漁っていると聞いた。そして、執拗に奏太を手に入れようと手紙を送ってきていた。最後の手紙にあったのは、どうなっても知らないという、捨て台詞のような言葉。


 それに……


「朱さんが、闘技場で拾ったガラス玉の調査をしたでしょ。ガラス玉のガワの方を商会のほうで調べてみたけど、販売仲介業者に鳴響商会の名前があったんだ。闇と繋がりは確定してないけど、これは偶然かな?」


 巽は、もう一度、主を失った室内を見やる。


「……これはあくまで、仮説だけど……」


 そうであってほしくない。けど、口にせずにはいられなかった。


「……鳴響商会が奏太様を手に入れようと画策して奴隷商に話を持ちかけた。奴隷商が奏太様の特徴を把握して商会まで確認に来た。結界の状態を確認した上で、鳴響商会との繋がりで闇の力のこもったガラス玉を得て、結界に穴を開けてこの屋敷に侵入した。そして、奏太様を連れ去った。全部想像だけど、話が繋がっちゃうんだ」

「けれど、あの方のお力があれば、少なくとも素直に連れ去られるような事にはならないんじゃない?」


 汐が疑問を口にすると、亘がググっと拳を握りしめて、唸るような声を出した。

 

「寝込みを襲われて、抵抗する間も無ければ、話は変わる」


 視線の先にあるのは、バルコニーの血溜まり。誰のものかはわからない。けれど、主のものだったら? 体が傷つき、力を削られ、また長い眠りにつくようなことになったら?


 奏太は死なない。人の体から、そう作り変わった。本人が望まぬうちに。

 

 けれど、死ぬ事はなくとも、体は人と同じように傷つく。結果、力を大きく削られて眠り続ける。それは、十数年前にも経験済みだ。

 

 大きな事件だった。あの方の孤独を埋めて未来を支えると誓ったのに、二度と目覚めなかったら自分はどうしたら良いのかと、ピクリとも動かない主を見て、あの時、何度も途方に暮れた。

 いつか目覚めてくださる、そう願ってはいても、もしもそのまま目覚めることがなかったとしたら、それは失うということと一体何が違うのかと、怖くて仕方がなかった。


 嫌な想像ばかりが頭を巡る。


「ともかく、国の保護対象である商会での事件です。国からの捜索応援も取り付けられるように、動きましょう」

「私は、もう一度、白日教会に行って話を聞いてくるわ。奴隷商のところに乗り込んで、命からがら弟を取り返して来たって聞いたの。場所がわかるかも」

「鳴響商会にも、行かなければ」


 巽、汐、椿がそれぞれ言う中、亘だけは、眉根を寄せてその場の三人を見回した。

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