閑話.白日教会の地下:side.ハガネ
冷たい石の床に、荒い呼吸が反響する。
白日教会の地下牢。光の届かぬその場所で、ハガネは自身の顔を手で覆い、喉の奥でくぐもった笑い声を漏らした。
その赤い瞳は、狂信的な喜びに爛々と輝いている。
焼かれた肌が熱い。ズキズキと脈打つ痛み。しかし、不思議と不快ではなかった。
「……あぁ……あれは……」
脳裏に焼き付いているのは、あの瞬間の光景。
人ならざる金色の瞳。触れるだけで万物を浄化し、焼き尽くす圧倒的な力。
日石などという借り物ではない。あれは、金に輝く神の御力そのものだった。
「ふ、フフッ……そうか、そうだったのか……!」
聖遺物など、もはやどうでもいい。
本物が、あそこにいたのだ。
秩序の神。神話の世界に存在した絶対者が、人の皮を被って顕現していた。その事実に気づいた瞬間、ハガネの口から堪えきれない高笑いが迸った。
「アハ、アハハハハハッ!!」
狂ったような哄笑が地下に響き渡る。
「ああ、我が神!! あの方が、私の手の届く場所に!!」
その時だった。
コツン。
石床を鳴らす冷たい足音。それと共に、幼い少女のような、しかし、底知れぬ冷たさを孕んだ声が響いた。
「ふうん」
影になった場所にいるせいで、そこにいるのが誰かはわからない。
「……誰だ?」
ハガネは、ピタリと笑いを止め、格子の向こうに目を細めた。
スッと進み出て僅かなランプの光に照らし出されたのは、聖教会の衣装を身に着けた、闇で染め上げたような髪と瞳を持つ少女。そして、その隣にいるのは、ハガネごときが逆らうことを許されぬ、聖教会の権力者の姿だった。
少女は、その幼い顔に不釣り合いな真っ赤な唇の端を、綺麗に吊り上げる。
「ねえ、貴方のその願い、叶えてあげましょうか? 手を届かせるだけじゃない。秩序の神を、貴方の手の中に」
それは、ハガネの心に巣食う仄暗い歓びそのものに語りかける、危険な誘い。
どこからともなく、周囲に黒い靄が漂い始め、次第に濃くなっていく。それが持つのは、心の奥底の欲望を引きずり出して増大させていく大いなる力。
格子の向こう側から小さな手がハガネに向かって伸ばされる。細く冷たい指の感触が頬にあたった。
まとわりつく黒い靄は、まるで甘い毒のようにハガネの肌から染み込んでいく。思考が溶かされ、少女の正体も、囚われている現実さえもどうでもよくなっていく。ただ、その暗く甘美な望みだけに、心も頭も支配されていく。
「一緒に行きましょう。彼の方を手に入れるのよ」
―― キイィ……
誰も居なくなった地下牢に、ただ、格子の扉だけが静かに揺れていた。




