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3. 貴族の館①

 夜、大きく茶色の翼を広げた巨大な大(わし)に乗って、奏太(そうた)はランタンの明かりに浮かび上がる街並みを見下ろしていた。

 

 身分証明のために着た白の衣装と、それを隠すための重たく黒いマントが邪魔で仕方がない。


 奏太はトントンと大鷲の背を叩く。


(わたり)、あの辺りだろ。西区大通り三番地」

「ええ。現場は、憲兵が複数で守っている場所でしょう」


 亘が鷲の頭をクイッと動かした。


 (うしお)が青い蝶の姿に自在に変われるのと同様、亘は人が一人乗れるほどの茶色の大鷲に、椿(つばき)は白い(サギ)の姿に変わることができる。二人は、奏太の護衛であるとともに、大事な移動手段だ。

 

 今は亘が奏太を乗せているため、椿は人の体に白く大きな翼を生やし周囲を警戒して飛んでいた。

 

 辿り着いたのは、一軒の豪邸。

 地上に降り立ち、普通の人の姿に変わった亘と椿と共に屋敷の門に近づけば、その建物の大きさがよくわかった。


 商会の建物よりも一回りは大きいだろうか。商会が借りている屋敷は、元下級貴族の住まいだったもの。つまり、現在規制をされているこの建物もまた、貴族の屋敷と思って間違いないのだろう。

 

「おい! ここに近づくな!」


 門前まで行くと、憲兵の制服を着た二本角の若者がこちらに駆け寄ってきた。


「ここで闇の発生が確認されたんだ。万が一にも飲み込まれれば、ひとたまりもないぞ。恐ろしい化け物だって出るんだ。さっさと帰った、帰った!」


 『恐ろしい化け物』という言葉に、奏太は眉を顰める。

  

「……虚鬼(こき)が出たんですか?」

「は? お前の様な小僧が、何故、その存在を知っている? しかも、人妖だろう?」


 奏太の問いに、若い憲兵は訝るように眉根を寄せた。

 

 虚鬼とは、普通の鬼が闇に飲まれて心を失った、虚ろな存在だ。意思はなく、誰彼構わず襲いかかってきては食い散らかす。


 昔は、皆が虚鬼を恐れて警戒していたが、何百年も前から少しずつ姿を消していき、今やその存在すら知らない者も多くなってきているらしい。

 

 それが近ごろになって、街の至る所で闇の発生が確認されるようになると共に、虚鬼が姿を現すようになってきた。

 

 鬼を喰う鬼なんて、今まで捕食者であった者達には悪夢。存在が公になって混乱を招かないよう、民にはひた隠しにされていると聞いた。 


「まあ一応、仕事なんで」


 奏太はそう言いつつ、後ろで様子をうかがっていた亘と椿を振り返る。それに応じるように、黒いマントを椿が後ろから外してくれた。


 純白に金の刺繍が施された祭服は、この国の主神に仕える者の証。


「せ、聖教会の司祭様でしたか! 失礼しました! 人妖の司祭様がいるとは思わず、失礼を……」


 慌てたように言う憲兵に、奏太は答えずニコリとだけ笑って見せた。


「中、入っても良いですか? 闇を祓ってくるので」

「しょ、少々お待ちください。上に確認を取ってまいります。中にはまだ虚鬼がうろついていますし、討伐に軍が派遣されてくる予定でして……」


 憲兵はそう言いつつ、チラっと門を守っている別の憲兵を振り返った。

 

 この王国には、所謂、警察機構と軍がある。街の治安を守るのは憲兵の仕事だが、王国を揺るがす重大事や、今回のような特殊な対応が求められるものは軍が派遣されてくる。

 

「軍、ですか。初心者が来て、ミイラ取りがミイラにならないと良いですがね」


 奏太の後ろにいた亘がボソッと言った。奏太はそれを、肘で突いて黙らせる。

 

 ただ、亘の言いたいことは理解できた。

  

「許可が必要なら、俺たちはここで待ってますよ。ただ、軍の方が日石(ひせき)をお持ちか、一応確認したほうがよいかと」

「……日石、ですか?」

「ええ。日の力を込めた水晶玉のようなものです。闇へ対抗する力があるので」


 太陽が出ない世界に住む普通の鬼にとって、日の力は凶器になる。そのため、日石は聖教会が管理する場所でしか手に入らない貴重品だ。しかし一方で、闇や虚鬼を相手にするなら必須の持ち物になる。


(ちゃんと国経由で支給されていればいいんだけど)


「何もなしに闇に耐えていられるのは余程強い意思を持つ者だけです。闇に取り込まれでもしたら大変ですから」 


 奏太がそう言ったところで、目の前の憲兵は表情を青く変えて、奏太達の更に後方に視線を固定した。

 

「おや、司祭様は、我らの意思が闇に耐えられぬほど、弱いとでも?」


 低く唸るような声のした方を振り返れば、筋骨隆々の上にも横にも奏太の1.5倍は大きな鬼が、不機嫌そうにこちらを見下ろしていた。


 大男の後ろには、揃いの鎧を身に纏った者達が、十数名ついている。憲兵の言っていた軍の者達だ。


 亘と椿の空気がピリッと警戒するものに変わる。国から派遣されて来た者達が人妖に手出しするわけがないが、それでも、護衛としては警戒せざるを得ないのだろう。これだけの数の鬼に囲まれては。


「気を悪くされたなら、すみません。貴方がたの意思の強さを疑っているわけではありませんよ。ただ、闇がそれだけ強力だ、というだけで」


 奏太が言うと、軍の先頭にいた大男は眉を少しだけ上げた。

 

「まるで、闇に足を踏み入れた事がある様な言い方ですね」

「ええ、まあ。職業柄」


 奏太の言葉に、大男は訝るような顔をする。


「貴方のような若い司祭様が? そのブローチを見るに白日(はくじつ)教会ですか」

「年は関係ないでしょう?」

「いえ、そうではなく、光耀教会は大司教様がいらっしゃるのに、白日教会は司祭様が来るのか、と」


 この国には、日の女神と秩序の神の二柱の夫婦神を祀る聖教会があり、国を動かせるほどに絶大な権力を持っている。その聖教会は更に、日の女神を祀る白日教会と、秩序の神を祀る光耀教会という、二つの派閥に分かれていた。

 

 奏太の装いは、白日教会の司祭のものだ。

 一方、光耀教会が闇を祓う際には、司祭の上の階級である大司教が来るらしい。


 でも、大男は鼻で笑っているが、正直、階級だって奏太にとっては関係ない。闇を祓う力を持っているというだけで、奏太は司祭ですらないからだ。奏太自身の役割を全うする為に、白日教会から特別に祭服が支給されたにすぎない。

 

(この場でわざわざ、そんな事、言うつもりはないけど)


 奏太は大男に、精一杯、愛想の良い笑みを向けた。 


「御心配なく。仕事はきっちりやりますので」

「しかし、虚鬼も出ますし、人妖のお若い司祭様には荷が勝つのでは? 闇に関することは、光耀教会の方が慣れておいででしょうし」


 闇がこの都に現れ初めた頃、表立って処理をしていたのは、奏太とは全く関係のない光耀教会の方だった。

 

 しかし本来、闇を消し去るには強力な日の力が必要で、日石程度の力では祓えない。奏太が司祭の身分を偽ってまで現場に来ているのは、唯一、奏太が持つ力であれば祓えるからだ。


 あちらがどうやって闇を消し去っているのかは不明なまま。ただ、動き出しが遅れた白日教会は、光耀教会に権力を奪われないため、後追いに必死であると揶揄されている。


「光耀教会に頼らなくても、護衛もいますし問題ありませんよ」


 奏太が言うと、大男は、奏太の後ろに目を向けて嘲笑した。


「たかが人妖が護衛、ですか」

「人妖でも、腕は立ちますから」

「腕が立つ、ねえ。そのように世間知らずでは、この鬼界で生きていけないのではありませんか? 今回は我らが虚鬼を始末しますが、いずれ、どこかの無法者に食い尽くされないことを祈ります。お若い人妖の司祭様」


 随分な言い草である。

 

 あと、さっきから、椿のほうから痛いくらいの殺気が流れてきている。黙っていればキレイで仕事のできるお姉さん風だが、奏太の事となると我慢効かない事がある。


 さっと椿の前に小さく手をかざし、万が一にも食ってかかったりしないように制する。

 

「お気遣いいただき、ありがとうございます」


 奏太が言えば、大男はフンと鼻を鳴らした。

 

「我らが虚鬼の始末を終えねば、非力な人妖では闇に辿り着くどころか、中に入る事もかなわないでしょう。我らの邪魔とならぬようここでお待ちください」


 先ほど奏太が、軍の者が闇に捕らわれるのを懸念したことへの当て擦りのようだ。


 奏太が肩を竦めて見せると、大男とその部下達は、無愛想に奏太達の直ぐ側を抜けていった。


「なんて無礼な」

「まあ、虚鬼を始末してくれるって言うんだ。手間がなくていいだろ。こっちは闇を消すことに集中できる」


 憤慨する椿に奏太が言うと、亘は苛立つでもなく、ただただ面倒そうな顔をした。


「仕事を増やさなければいいですけどね」

「あれだけ自信満々なんだ、大丈夫だろ」

「日石を持っている風でもありませんでしたが」

「闇にわざわざ入っていくような真似でもしなきゃ大丈夫だよ」


 奏太が言うと、亘は無言のまま、少しだけ眉を上げる。

 

 その目に、止めた方が良いのでは? と言われているのが分かった。


 あの大きな身体を持つ軍の者達が全て虚鬼になったら、確かに、護衛二人だけで対応するのは大変かもしれない。しかし。

 

(ああいう奴らには、あんまり関わりたくないんだよなぁ……)


「……俺は、見守ることも大事だと思うけどな。何事も経験って大事だと……」

「…………」

「…………」


 無言でじっと見つめてくる亘の圧に、奏太は耐えられなかった。

 

「……わかった、わかったよ。あいつらを追いかければいいんだろ」


 闇を消すのを優先した方が良いのは確かだ。虚鬼が増えれば厄介だし、一度虚鬼に変われば、元には戻せない。

 放置して目覚めが悪くなるのも嫌だし、と奏太は自分に言い聞かせる。


「でも、たかが司祭の言葉に従うとは思えないんだけど……」

「許可を頂ければ、力尽くで従わせますが」


 平然としてると思っていたのに、嘲るように発せられた亘の声音に、奏太は目を瞬いた。

 

「……え、まさか、お前までさっきの奴らに苛ついてんのか?」 

「主を侮られて腹を立てない者など居ませんよ」


(……いや、普段、お前が一番、俺のことを侮ってるのに?)


 心の中に浮かんだ言葉を、奏太はグッと奥底に押し込んだ。

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