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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~過保護な護衛に怒られながら、鬼の世の闇を祓う~  作者: 御崎菟翔


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23. 幻妖宮への滞在①

 夜。幻妖宮、奏太の自室。


「これはまた、随分と絞られたようで」


 亘は今まで積み重ねていた溜飲を下げたように、クッと笑いを零した。


 帝とはどう有るべきか、何を成さねばならないのか、祭祀とは何で、どういう意味が有るのか。そもそも、大人としての振る舞いとは……というようなことを、密室に二人きりで閉じ込められ、燐鳳(りんほう)からみっちり数時間、正座で説教された。

 

 ちなみに、見た目は燐鳳の方が大人だが、年は奏太の方が上である。


『燐鳳様、そろそろ……』と燐鳳の従者が呼びに来なければ、たぶん、夜中まで拘束されていたことだろう。


「……人ごとだと思って……」


 ジロッっと亘を睨むが、当の本人はクツクツ笑いをやめる様子はない。


「だいたい、縁だよ! この裏切り者!」


 八つ当たり気味に睨むと、縁は困ったような顔をした。


「しかし、燐鳳様から逃げ果せるわけがありませんし、他の者に捕らえさせるくらいなら、私が、と」

「あのまま、結界に穴を開けて鬼界に帰っていれば良かったんだ」

「無理ですよ。結界に穴を開けてる間に捕まります」


 亘の言葉に、結局無様に捕まる自分の様がありありと目に浮かび、奏太は深い息を吐いた。


「でも、あれ程、奏太様が逃げたがっていた燐鳳殿の御説教も終わったのです。あとは、妖界でゆっくり過ごされたらいかがです?」


 椿は言うけど、そういうわけにはいかないのだ。

 

「明日からみっちり公務を詰め込まれた。ついでに、(えにし)咲楽(さくら)は見張りだから、逃げようとしても無駄だって脅された。あいつらは、もはや俺の味方じゃなくて、燐の手先なんだよ」

「うっ、うぅ……奏太様、そんな目で見ないでください。僕らだって、やりたくないんですぅ……」


 咲楽は目を潤ませてこちらを見ているが、そんな顔で見たって無駄だ。


(裏切り者めっ)


 そもそも、奏太は鬼界と妖界と人界で、それぞれ別の顔を持っている。縁と咲楽は、あくまで妖界の帝である奏太の臣下。頂点は奏太であるものの、各命令系統は燐鳳を含む四貴族家の当主が奏太の直下で握っている。故に、二人は燐鳳に逆らえない。奏太よりも燐鳳の命令を優先させるのだけは解せないが。


 奏太が睨むと同時に、椿は目をウルウルさせる咲楽をじとっと見たあと、さり気なく咲楽が奏太の視覚に入らないように位置を変えて、奏太に首を傾げた。

 

「公務と言いますが、具体的には何を?」

「視察、交流、晩餐、茶会、式典、宮中祭祀、ついでに、陽の気が不足した土地を回って力を注げってさ。今まですっぽかした分、突っ込めるだけ突っ込まれた感じだ」

「それはそれは。とてもじゃありませんが、帰れませんね」


 亘は心底愉快そうな顔だ。

 

「終わらなくても帰るんだよ。聖遺物の件だってあるんだから」



 そんな会話をした翌朝。

 

「状況はしかと伺っております。あちらの対応は、奏太様のご意思をくみ取って代わりに巽殿が行ってくださることになりました。ですから、御心配なく」

「……は? 巽が……?」


 公務に向かう奏太を迎えに来た燐鳳に、奏太は唖然と呟いた。


「あちらに派遣した者の中に、幻覚が得意な者がおります。きっちり、巽殿を奏太様に見せかける事ができるでしょう」

「いやいや、ちょっと待てよ。万が一、バレたらどうする?」


 いくら幻覚で姿形だけ奏太を装っても、中身は巽だ。


 しかし、燐鳳は澄ました顔のまま。

 

「どう、とは? 巽殿がどうにかするのでは?」

「どうにかするって……あいつが行くって言ったのか?」

「ええ、奏太様が妖界で心置きなく過ごすためならば、と快く」


 燐鳳は綺麗な笑みを浮かべる。


「…………いや、あのハガネ相手だぞ?」 

「幻覚が解けたり見破られたりしない限りは大丈夫でしょう。セキも同行しますし、燐鳳殿の言う通り、自分で何とかしますよ、あいつは」


 会話に割って入られた燐鳳は、少しだけ眉をピクリと動かしたものの、何も言わない。

 

 亘、椿、巽、汐、それから朱達は、界関係なく奏太自身に仕えている為、妖界の四貴族家との間に上下関係がない。だから、燐鳳としては、多少不快でも咎めようがないせいだ。


 亘は燐鳳を無視して続ける。

 

「巽は陽の気にも問題なく触れられますし、先日貴方がしたように陰の気も使えます。そして、陽の気は使えません。あのハガネとかいう大司教に説明した設定通りです。何より、貴方自身が危険に飛び込まずに済みます。巽は機転が利きますし、名案だと思いますよ」

「……まるで俺が、機転が利かないみたいな言い方だな」

「その通りですが?」


 亘のしれっとした返答にググッと拳を握りしめていると、燐鳳がゴホンと咳払いを一つした。


「ともかく、奏太様にはこちらの用事を全て済ましていただくまで、鬼界には帰しませんので、そのおつもりで」

「……それって、いつになったら帰れるわけ……?」

「せめて、ひと月後の祭りまで、でしょうか」

「いや、勘弁してくれっ!!」


 奏太は思わず声を上げた。


「帝位は継いでも名前だけの帝だって約束だっただろ。だから、四貴族家に権限をほぼ委譲してるし、俺が居なくても回るようになってるんだ。今は鬼界でやらなきゃならないこともあるし、一月も妖界に拘束されちゃ困るんだよ」

「ですから、常々から拠点をこちらに置いてくださるよう、お願い申し上げているではありませんか。柴川が政治を取り仕切っているとはいえ、本来、祭りの後にもご対応いただきたいことは定期的にあるのです。こちらを拠点にし、必要に応じてあちらへ行けばよいでしょう?」


 ちなみに、このやりとりは、拠点を人界に置いていた時に、鬼界に拠点を置かせたがった朱ともしたことがあった。つまり、あちらを立てればこちらが立たず、の状態だ。


「今は無理だよ。鬼界で起きてる問題が、思ってた以上に深刻かも知れないんだ。まずはそっちを解決しないと。そのうち拠点をこっちに移すのも検討するから、少し待っててくれよ」

「そのうち、とは?」

「鬼界のいろいろが片付いたら」


 燐鳳はそれに眉根を寄せる。


「……私が生きてお仕えできる間にお願いします」

「お前、まだ若いだろ? さすがにそこまでかからないよ」


 奏太が言うと、燐鳳は小さく息を吐いて目を伏せた。


「……燐?」

「いえ、なんでもありません。さあ、御準備を。まずは、烏天狗の山からですよ」



 そこから数日、燐鳳にあちこち連れ回された。朝早く起き、燐鳳に遣わされてきた者たちに、その日の予定に応じて束帯、祭服、直衣などを言われるがままに着せられる。動きにくいことこの上ない。


 誰かに会っても基本的に受け答えは燐鳳がするので、奏太は人形のように座っていることが多い。姿勢を崩すわけにもいかず、退屈な話をボケっと聞いている状態。もはや、人形を置いておけばいいのでは、とすら思うけど、燐鳳はなんだか生き生きとして見えた。


 人形然として座っているだけではなく、時々、妖界の鬱蒼とした大森林を飛び越えて、土地の枯れた場所にも数カ所駆り出された。陰の気が濃くたまった土地に陽の気を注いで陰陽の気を整え蘇らせるのだ。


 枯れた土地だけでなく、そうならないように妖界の主要な場所で祈祷もさせられる。こちらは、陽の気など関係なく、妖界に居るどこぞの神に祈りを捧げるだけだ。意味があるのか、という気になるが、奏太がやることに意味があるのだそうだ。


 それから、人界や鬼界との間の結界に綻びがあれば、それを塞ぐのも奏太の仕事。陰陽の気で保たれている結界が崩れるのは、ほとんどが陽の気の不足。

 通常、人界との綻びは、人界側にいる奏太と同じ血筋の者が対応し、鬼界との綻びは奏太が鬼界から塞いでいた。今は、奏太が妖界にいるため、発見された綻びは妖界から塞いでいる。


 と、こんな具合に、六日ほど毎日休みなく仕事を詰め込まれ、ヘトヘトになって自室に戻る日々を送ることになった。


「……もう、鬼界に帰りたい……」


 鬼界では、奏太の仕事はあまり無かった。闇を祓い、結界の綻びを塞ぎ、闇の調査を進めるくらい。暇を持て余すこともあったくらいだ。


 布団の上にパタリと倒れ込んで泣き言を漏らすと、


「奏太様が、長期間留守にしたりしなければ、ここまで予定を詰め込む必要もなかったのですよ」


と、ここぞとばかりに燐鳳に小言を聞かされた。


 くぅっ、と小さく呻いて、奏太は枕に顔を埋めた。

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