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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~過保護な護衛に怒られながら、鬼の世の闇を祓う~  作者: 御崎菟翔


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22. 商品仕入れのお仕事③

 先ほどの店主の言い方からすれば、中年男はどこぞの店の大旦那。この店もある程度の大きさがあるが、その店主が謙るのだ。下町では結構な権力者なのだろう。

 しかし、そうは言っても一介の商人。

 

 一方、その商人が、目が腐ってると吹っかけた相手は、正真正銘、この妖界の頂点に君臨する四貴族家のうちの一つ、雉里(きじさと)家の当主だ。


「店主、検非違使を呼べ。不敬罪で捕らえさせる」

「は、はい、承知しました!」


 店主は青白い顔をして、近くにいた店の者に声を掛ける。言われた通りに、検非違使を呼びに行かせたのだろう。


「お、お待ちください! 貴方様の御顔を存じ上げず無礼を働いたことはお詫びいたします! ただ、私は、ぶつかってきたこの若造に、身の程を分からせてやりたかっただけでして!」

「そうか。確かに、己の身の程を分からせてやるのは重要だろうな」


 雉里の当主は納得したような声を出す。それに、中年男はホッとしたように表情を緩めた。


「は、はい! それに、この者共は、雉里の御当主様の御前で武器をしまうことすらしておりません。咎めるならば、どうか、この者共に罰を……」

咲楽(さくら)、その男の耳を切り落とせ。身の程を分からせるには、ちょうどよかろう」

「はい」


 まさか、自分に苦無(くない)を突きつける少女から、雉里の当主への返事がかえると思わなかったのだろう。


「はぁ!?」


 中年男は声を裏返した。

 

 咲楽はそんな男の様子を無視して、苦無(くない)を振り上げる。男は自分の耳を両手で覆って喚き立てた。


「や、やめてくれ!! 何故この小娘が、貴方様に……い、いや、それより、どうか、お助けをっ!!」

「其方は勘違いしているようだが、赦しを乞うべき相手は私ではない。赦しを乞うたところで、其方の罪は変わらぬが。やれ、咲楽」


 貴人の声は無慈悲だ。

 

「ねえ、おじさん、手、放さないと、手首ごとなくなっちゃうよ」


 咲楽が可愛く言ったかと思えば、苦無がまっすぐに振り下ろされる。


「ヒィィィッ!!」

「やめろ、咲楽!」


 思わず奏太から、制止の声が出た。

 咲楽はピタリと動きを止め、戸惑うように奏太と指示者を見比べる。

 

「おや、止めますか」


 雉里の当主は、意外そうな声を出した。

 

「汚らわしい無礼者など、さっさと処分してしまったほうが良いかと思ったのですが、やり過ぎでしたでしょうか。ああ、とある御方のお陰でどうにも気が立っているのかもしれませんね。そうは思いませんか、奏太様」


 急に自分の名を呼ばれて、ドキーッと心臓が大きく鳴った。


「……は、はは…………物騒なことを…………」


 奏太がから笑いをしながら、そうっと雉里の当主の方を見れば、紫紺色の髪を束ねた若い男が、愛想の良い笑みを浮かべて奏太を見ていた。ただし、その瞳は一切笑っていない。


「ところで、その御方が何故、このようなところに?」

「…………え、いや…………商会の発注業務で…………?」


 取り繕うように言ってみたが、凍りつくような目に、じわりと嫌な汗が浮く。


「そうやって、また、御顔を見せずに帰るおつもりだったので?」

「ま、まさかぁ〜……」


 雉里の当主は、目を細くし笑みを深めた。

 

「私が、どれほど貴方様のお帰りを心待ちにしていたか、お分かりになりますか? 時間をかけて祭祀の準備をしたのに、当の主が帰って来ないという事態に二度も見舞われたときの気持ちが、貴方様にお分かりで?」


 中年男は、顔を青白くさせたまま、わけがわからないという顔で、貴人と奏太を見比べている。

 けれど、奏太としては、それどころではない。笑顔のままに凄まれて、背筋にダラダラと汗が流れる勢いだ。

 

「……り、燐? 燐鳳(りんほう)、ちょっと落ち着こうか。な?」

「落ち着いていますとも」


 どんどん深まっていく笑みに、奏太は、うっ、と息を呑んだ。

 

「あ、あの、祭祀の件は、本当に申し訳なかったと思ってるよ。けど、こっちもこっちでいろいろ立て込んでて……」 

「ほう。事前連絡もなしに御約束を破らねばならぬほどの大事が? 貴方様の身に何かがあっては困りますし、詳しくお話をお伺いせねばなりませんね」 

「い、いやぁ〜、残念な事に、今もなかなか忙しくてさ。必要な発注だけしたら、さっさと鬼界に帰らないといけなくて……」

「おや? 巽殿からは、鬼界のことは気にせずどうぞごゆっくり、と連絡がありましたが」


(あ、あいつ、余計な事を……っ!)

 

「幻妖宮にお戻りいただけますね?」

「…………え? えぇっと…………」

「お戻り、頂けますね? 陛下(・・)


 有無を言わさぬ声圧は、文字面だけが質問形であるだけだ。


「…………陛下?」


 誰かがポツと呟いた。

 瞬間、その場が一気に凍りつく。


「それにしても、誰も彼も頭が高いですね」


 燐鳳(りんほう)が静かに言えば、やじ馬達や何も知らなかった店の者、客らが顔を真っ青にして、地面に頭を擦り付けんばかりの勢いで平伏した。


 奏太に喧嘩を売ってきた中年男とそれに付き従っていた二人は、顔色を無くしすぎて、もはや土気色だ。


 そこへ、店の者が呼びに行ったであろう検非違使達が駆けこんできた。異様な光景に目を丸くしたあと、検非違使達は燐鳳を見て全てを察したように膝をつく。


「そこの三名を連れて行け」

「燐鳳様、この男は、主上に手を上げております。処分をお許しいただきたく」


 奏太を地面に押し付けようとした男に刀を突きつたまま(えにし)が言うと、男はヒッと小さく悲鳴を上げた。


「縁、検非違使に引き渡すだけでいいよ」

「しかし、奏太様」

「いいから。流血沙汰は避けたいし、俺も見たくない。それに、ここは蜻蛉商会からしたら、大事な取引先だぞ」


 奏太が言えば、縁は納得いかなそうな顔で刀を引いた。普段は優しく穏やかだけど、こういう時には容赦がないのが縁だ。


 奏太は小さく息を吐いて燐鳳に目を向ける。


「燐、こいつらの処遇は任せるけど、あくまで法の範囲内で頼むよ。こっちの制約に触れても困るから、やり過ぎは厳禁で」

「心得ております。ただ、貴方様に手を出したのです。既存の法の範囲であっても、重罰になることは御了承ください」

「理の内であれば、口出しはしないよ」


 奏太の言葉に、燐鳳は恭しく頭を下げた。


「承知いたしました。御心のままに。我が君」


 一応、男達の対応は燐鳳に任せられたので、奏太は今度は店主に目を向ける。


「店主、これ、発注書。いつものように準備ができたら、幻妖宮経由で知らせを。蜻蛉商会から数人見繕って取りにこさせるから」


 懐に入っていた、巽に押し付けられた発注書を取り出すと、店主は慌てて奏太の元に駆け寄り恭しく紙を受け取った。


「確かに、御承り致します」

「それじゃ、発注もしたし、顔も見せたし、俺たちは鬼界に帰ろう……か……」


 どさくさに紛れてそう言いかけると、先ほどと同じ笑顔の燐鳳と視線がぶつかった。


「陛下」


 奏太はスゥっと視線を逸らす。しかし、燐鳳は一切表情を変えずに奏太を見据えている。


「い、いや、俺は幻妖宮に帰るとは一言も言ってないし……お前だって、さっき、御心のままにって言ってたし……」

「陛下?」


 燐鳳の視線に耐えきれず、奏太はグッと奥歯を噛んだ。それから、入り口に向かって脱兎の如く一目散に逃げ出す。


「あ、奏太様!!」


 椿が声を上げたが、奏太はそれを無視して、京の群衆に紛れ込むべく外を目指す。しかし、その前に、

  

「縁、私が許可する。陛下を捕らえて幻妖宮にお連れしろ」


という燐鳳の声が背後から追ってきた。


「はっ」


 歯切れよくそう返事をしたかと思えば、縁はバサリと背に翼を生やして羽ばたき、やじ馬の間を縫って駆け抜けようとする奏太の胴をあっという間に捕らえて持ち上げる。


 そのまま抱え込まれ、奏太は逃亡虚しく、あっけなく燐鳳の前に連れ戻された。

 

「ふ、不敬だぞ! 放せ、縁っ!!」

「しかし、燐鳳様には逆らえません」

「燐より俺の方が立場が上だろ!?」


 縁の上でバタバタしてみるが、意外なほどにガッシリしていて力が強く、全くビクともしない。

 

「縁、そのまま宮まで御運びしろ」

「かしこまりました」

「縁っ! この、裏切り者〜っ!!」


 燐鳳と縁は奏太を無視して淡々とやり取りを交わし、椿と咲楽は困ったように顔を見合わせるだけで助けてくれる気配はない。


「い、嫌だぁぁぁ〜 助けて、亘いぃぃ〜!!」

「……年貢の納時、という言葉は、こういう時に使うんですかね」


 亘は馬鹿を見る目で奏太を見ながら、そう呟いた。

 

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