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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~過保護な護衛に怒られながら、鬼の世の闇を祓う~  作者: 御崎菟翔


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17. 朱の来訪

 翌日、なんとなく、屋敷の中にこもっていると息が詰まるような気がして、フラリと外に出た。

 

 鳴響商会の副会長に襲われかけた件もあるので、椿も一緒だ。

 ちなみに亘は休憩中。のはずだが、きっと中庭で刀でも振って鍛えている最中だろう。


 ぼんやりしながら庭を歩いたあと、ストンとベンチに腰を下ろす。


「……あーあ、妖界かぁ……」

「奏太様は、鬼たちよりも、燐鳳(りんほう)殿の方が怖いのですね」


 奏太の呟きに、椿は商会長室での話を思い出したように、フフっと笑った。


「あいつ、育ての親に似て、しつこいんだよ」

 

 奏太はそう言いつつ、どんよりと薄暗い空を眺めて、深く息を吐いた。


「御説教の一時間や二時間で済むではありませんか」 

「一時間や二時間で済むわけないだろ? それに、ここぞとばかりに仕事を詰め込まれるに決まってる。しかも、滞在期間のほとんどを小言を聞かされて過ごすことになるんだぞ? こっちの身にもなれよ。汐の比じゃな……」


 そう言いかけたところで、視界に青い翅がヒラリと入ってくる。

 

「あら、奏太様。そんなにお小言がお好きでしたら、お望みの通りにして差し上げましょうか?」


 思わぬ姿と声に、奏太は背もたれからバッと跳ね起きた。いつの間にか帰ってきていたらしい汐が、奏太の膝にピタとまる。

 

「い、いえ、結構です。ごめんなさい」

「一日中、奏太様の為にあちこち飛び回っていたのに、そんな風に仰られているだなんて、思いもしませんでした」

「ごめんって!」


 不満気な汐に奏太が声を上げると、別の方向から、クスクスと笑う声が聞こえてきた。


「お元気そうで、何よりです。奏太様」


 声がした方を見れば、白にところどころ赤が混じった長い髪を一つにまとめた老婆がこちらに歩いてくる。

 

 昨夜、汐にも闘技場での簡単な事情を伝え、別の場所で仕事をしていた仲間達の間を飛び回ってもらった。最後にこの老婆を連れてきてくれたのだろう。


「忙しいところ呼び出してごめん、(あけ)

「いえ、我が君からの御用命とあらば、何を置いても参ります」


 そう言いつつも、奏太に向けられる朱の目は孫でも見るようなものだ。

 

「マソホのところは大丈夫そう?」

「ええ、(げん)が代わりに」


 朱の言葉に、汐は疲れた様な声を出した。


「塔へ玄を呼びに行った際に、(あお)が、自分だけが塔で留守番かと喚いて大変だったのですよ。奏太様の御顔もしばらく見ていない、人界の者たちばかりズルい、と」

「ふふ、どうやら、行き先が増えたようですね、奏太様。妖界に加えて鬼界の塔です」


 椿が言うと、朱が首を傾げた。


「おや、妖界へおいでで?」

「できたら行きたくないけど、そういうわけにはいかなそうだ。巽の圧がすごくてさ。妖界で燐に捕まらなければ塔に行く時間も確保できると思うけど、無理じゃないかな」

「ああ、それで燐鳳殿の話を」

 

 再び低くなった汐の声に顔を引きつらせながら、奏太はすうっと視線をそらす。

 

「だから、お前を引き合いに出して悪かったって、汐」

 

 そう謝りつつ朱に目を向けた。


「それより、朱にこれを頼みたかったんだ」


 奏太は自分のポケットの中に入れたままだったハンカチの包みを取り出して朱に差し出す。中には割れたガラス玉の破片。


「闇の御方様の力が残っていたとか」


 朱は、闇の女神を『御方様』と呼ぶ。先代秩序の神の妻だったから、という理由だ。


「毎回、闇の発生地に残されてるんだけど、何故これに闇の女神の力があったのか少しでも手掛かりがあれば探ってほしいんだ」

「大元があるなら、奏太様に祓って頂かねばなりませんね」


 朱はコクとうなずく。


「汐、闘技場の闇の件、聴取はどうだった?」 

「奏太様が把握されている以上のことは、特には……」


 闇からの生き残りの男は白日教会に送り届けて保護を頼み、聴取は汐に任せていた。

 

 男が言うには、奴隷商に売り飛ばされて闘技場の地下に閉じ込められていたところ、本当に唐突に、複数人がやってきて、何の前触れもなく、手前の牢屋から闘士達を殺していったらしい。

 

 悲鳴が一番端から上がり、それがどんどん近づいてくる。次は自分たちの番かと怯え恐慌状態に陥っていく者たちで周囲が阿鼻叫喚に包まれた。

 

 自分もそのうち殺されるのか、そう思いながら、母親の形見の日石を握りしめて震えていると、不意にパリンと何かが割れる音が小さく聞こえた。

 

 それからあまり時間をおかず、地面を這うようにして黒い靄が自分達の牢屋の前に流れてきたそうだ。


 『毒だ!!』『毒で殺される!!』そんな声が響き、男は息をなるべく吸わないように心がけた。

 

 その頃には、周囲の音が変わっていて、『やめろ! なんでお前が!』とか、『正気に戻れ!』『目を覚ませ! やめてくれ!』などという声が聞こえてくるようになる。一体どうなっているのかと思っているうちに、黒い靄は自分達の牢屋にまで入って来て広がりはじめた。

 

 同じ牢屋にいた者のうち、最初におかしくなったのは、最も怯えていた男だった。狂ったように笑い出したかと思えば、ふっと表情を消して、近くの者に襲いかかった。長い爪で体を引き裂き、傷口に口をつけて血をすする。

 

 鬼同士では絶対にありえない光景に、皆が震え上がり、その男を被害者から引き剥がして、自分たちを守る為に殺した。


 けれど、黒い靄が広がるのに比例するように、同じように狂った者たちがでてきて、そいつらに、普通の者たちがまた殺されていく。

 

 このままでは、自分もきっとどちらかになってしまう。そう怖くなり、生き残りの男は、日石の御守りだけを頼りに死体の山の中に隠れた。


「最初に、牢へ来て闘士達を殺していた者達は、気づけば居なくなっていたそうです」

「……割れたガラス玉の中に、闇が込められていた、ってことか」

 

 汐の説明を聞き終わると、奏太はぼそっと呟く。

 

「破片に闇の御方様の力があったのなら、そうなのでしょうね。先に鬼たちを殺して回ったのは、闇を効率よく広めるため、でしょうか」


 朱もまた、難しい顔をした。

 奏太は闘技場の様子を思い出しながら、額に手を当てる。


「ガラス玉に込められた力が何処から来たのか、誰がそれをガラス玉に込め、誰が闘技場に持ち込んだのか、それは一体、何のためか、か。頭が痛くなりそうだ」

「過去の現場では、ガラス玉の破片を持ち帰った者たちも居たはず。その者達は、何のために持ち帰ったのでしょう?」


 椿の言葉に、汐も頷く。


「同じように、闇を調べようとした者か、それとも闇を持ち込んだ者か。現場への立ち入りは軍の者と聖教会の者に限られます。何者かが忍び込んだ可能性もないことはありませんが……」

「聖教会って、白日教会の方は俺が対応してるんだぞ? 光耀教会か国の内部が関係してる可能性があるってことか?」

「どちらの目的か、は分かりませんが」


 奏太は、ハガネを思い出す。今までの言動から、闇に直接関連するような様子はなかったはずだが……

 

「汐、帰ってきたばかりで悪いけど、マソホと玄に軍内部を調べるように伝えて」

「私は光耀教会のほうを?」


 奏太は朱に首を横に振って見せた。

 

「いや、そっちは俺が探る。司祭の立場をうまく使うよ。朱はそのガラス玉の調査を頼む」

「奏太様、くれぐれも、無茶なことは……」


 汐の声音が曇る。

 

「わかってるって。大丈夫だから、今は、マソホのところに飛んでくれる?」

「…………かしこまりました…………」


 何か言いたげな間があったが、一応、汐はヒラリと再び灰色の空に舞い上がった。

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