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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~過保護な護衛に怒られながら、鬼の世の闇を祓う~  作者: 御崎菟翔


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13. 闘技場の闇③

 奏太は必死に考えを巡らす。


(陽の気を使うか? いや、それは最終手段だ。できたらコイツらに見せたくない。でも、ここまで来た以上、追い返す口実を作るのは……)


「どうした? 素直に日の力を使ったらどうだい? まあ、その場合、日石なんて不要だろうが」


 愉快そうなハガネの声。


「……奏太様」


(不安そうな声を出すなよ、椿!)


 奏太は、心の中で叫びつつ、ギュッっと目を瞑る。

 どうすべきかと頭をフル回転させる。


(何か手は……)


 身体を巡る陽の気と神力。それ以外に、日石の中の日の力を外に押し出せるもの……

 

 そう考えたところで、奏太は自分の中の奥底に押し込んだままの、もう一つの気の力を思い出した。


(いや、方法はもう一つある。使ったことなんてないし、苦しい言い訳をすることになる。それに、できたら使いたくない。けど、陽の気や神力を目の前で使えば、もっと厄介なことになりかねない)


 奏太は、身体の中に集中する。


 自分の中を循環する、陽の御子の子孫だから持つ陽の気と、譲渡された秩序の神の力。その奥に、三百年封じ込めたまま、今まで決して使うことのなかった力がある。


 人であった奏太を、死に追いやった力。

 闇の女神から直接注ぎ込まれ、未だ奏太の身体に染み付いたままの陰の気。


(……使えないわけじゃない) 


 滅びたはずの者の力を使ったところで、何かが起こるわけじゃない。他の気の力と同じように周囲に溶けて消えていくだけだろう。

 

 そして、身体の中にある以上、陽の気と同じように使えるはずだ。


「……亘、ちょっと離れてろ」


 三百年、亘は一度、闇の女神に支配されている。影響ないとわかっていても、触れさせたくない。


「……何をなさるおつもりですか?」


 亘が低く硬い声で言う。


「俺自身は大丈夫だよ。ただ、お前が心配なだけ。椿、ちょっと亘のこと見てて」

「しかし……」


 椿は戸惑うように亘と奏太を見比べる。


「大丈夫だよ」


 そう言うと、奏太はもう一度、身体の中に意識を向けた。

 

 ずっと奥にある、陽の気と神の力で厳重に封じ込められ、重く沈んだ漆黒の闇。蓋を開けるようにほんの少しを解放すると、それが奏太の身体を巡る。


 身の毛のよだつような感覚。鬼界の空気から時折感じられる残滓の比じゃない。闇の女神の力そのもの。自分を殺した力。


 震えそうになる腕に力を込めて、それを追い出すように日石に向ける。

 

「……これは、妖鬼が持つ陰の力か?」


 ハガネの、驚きの混じった声が耳に届いた。


 日石が眩い光を放つ。

 溢れんばかりの白の光は、周囲に立ち込める黒い靄を隅に追いやり、追いやられた僅かな黒すら飲み込んでいく。サアっと全てを浄化するように、控え室全体を真っ白に染め上げる。


 奏太は闇が消え失せたのを確認してから、再びギュッっと自分の中の陰の気に蓋をした。


 その時だった。突然、背筋にゾクッとしたものが走る。

 底冷えのするような、誰かの視線。まるで、忘れていたはずの何者かが、地の底から自分を見つめ返してきたような……


 慌てて周囲を確認したが、そこにいるのは、唖然としたままのハガネとその護衛、それから亘と椿だけだ。


(気のせい、だよな……?)


  奏太は手のひらに残る嫌な感覚を振り払う。

  

 日石には、まだ半分ほど力が残っているようで、中の光が白くゆらゆら揺れていた。


「……何故、人である君が、陰の力を?」


 ハガネが呆然とした様子で言う。

  

「妖の血が混じってるんです」


 奏太はそう、平然と言ってのけた。


 奏太達の一族、日向家の先祖は、陰の御子との争いで神から堕ちた陽の御子。そして、奏太の代に下るまでの間に妖の血も挟んでいる。そのため、完全な嘘でもない。奏太の代には陰の気なんて誰も感知できないくらい、ほとんど残っていなかったが。


 奏太の言葉に、ハガネは「ハッ!」と声を上げた。


「陰の力を使えるから、日石を使える、か。どうにも、一筋縄じゃいかないね」


 余裕そうだったハガネの顔に、忌々しげな苦い表情が交じる。


 奏太が表情を変えずにハガネを見返すと、ハガネはパッと踵を返した。


「今日のところは帰るよ。また、別の機会に」


 去っていくハガネ達の背を見送ると、奏太はハアと息を吐いて、その場にしゃがみ込んだ。


「……何とかなって良かった……」

「奏太様、あの御力は……?」

「闇の女神の力だ。三百年前から消えずにずっと残ってたやつ」


 奏太が椿に答えようと顔を上げると、同時に不機嫌そうな亘の顔が見えた。


「……未だ、私が闇の女神の力に囚われると思っておいでで? 存在すら消えた者の力に?」

「怒るなよ。念の為、だよ」


 奏太が闇の女神の力から亘を遠ざけようとしたのが気に入らなかったらしい。

 

「それに、あれは貴方を――」

「陽の気を見せるよりいいだろ。俺は大丈夫だから」


 奏太はニコリと笑って見せると、重たい体をぐっと立たせる。


「それより、あれ。まだ闇が残ってる。むしろ、あっちが本命だろ」


 奏太が腕を上げ指し示した方向には、薄汚れた小さな扉が隅にひっそりとあった。その扉の向こうから、この控え室に立ち込めていたものよりも数段濃い闇が漏れ出している。


 亘が先行して動き、真っ黒な靄に包まれた扉に手をかける。そこには、更に地下へ繋がる狭い階段。虚鬼の姿は見えない。


「……いったい、どこまで続くんだよ」


 思わず、奏太はうんざりした声を出した。

 地下というだけで息が詰まりそうなのに、闇はどんどん濃くなっていく。


「下に降りますか?」

「いや、一回、ここで祓おう。椿、念の為、誰も来ないか見てて」


 奏太はそう言うと、今度は日石ではなく、目の前に広がる漆黒の闇に向かって直接両手をかざす。


 自分の中にある力を手のひらに集め、ぐっと押し出せば、眩い白の光があふれ、地下への階段全体を照らす。光が黒い靄を追いやり、追いやられた僅かな黒さえ飲み込んでいく。更に力を込めれば、光は前が見えないほどに、地下階段を真っ白に染め上げた。


「こんなもんか?」

  

 ピタリと陽の気の放出を止めると、狭い地下の濃い黒からじわじわと広がっていた闘士控えの闇も綺麗に消え去っていた。


「強めに陽の気が注がれたようなので大丈夫だとは思いますが、下を見に行きますか?」


 闇の消え去った地下階段。見える範囲に、闇の原因となるようなものは見られない。つまり、原因はその更に奥。


「うん。万が一闇が残ってたら困るし、行ってみよう。ガラス玉の破片があれば回収したいし」

 

 奏太はそう言うと、亘と椿と共に闘士控え室の下へと降りていく。


「……あの大司教、あのまま行かせて良かったのですか? この際、強めに躾けて立場を思い知らせても良かったのでは?」


 椿は憤然としながら、鼻息も荒く言う。

 

「……強めの躾……?」


 奏太は思わず間の抜けた声を出した。


「ええっと……殺すのはダメだし、大司教に何かあれば、光耀教会が黙ってるはずないだろ。大問題だよ」


 奏太が言うと、亘が首を傾げた。

 

「むしろ、聖教会そのものが内部から腐っているのでは? 無くて困るものでもありませんし、聖教会ごと潰した方が早いかもしれません」

「……何に早いって?」

「主を愚弄する者の一掃に、ですが」


 亘は亘で、淡々と不穏なことを口にする。二人が怒っていることはよくわかった。けど、万が一にも実行されたら困る。


「鬼の世の理には手出ししないルールだぞ。組織を潰すのは絶対ダメだ」

「直接手を下さずとも、方法くらい、いくらでもあるかと」

「こういう事を考えるのは、巽が得意ですよね」


 椿まで、ニコリと笑って身を乗り出す。

 

「やめろって! ちゃんと穏便に済むように頑張ってるのに!」


 亘はチラっと奏太を見ただけで応えない。


「いや、聞けよ! 絶対ダメだからな!? 巽にだって協力させないからなっ!?」


 思わず声を荒げたが、結局、亘の了承の声は返って来なかった。

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