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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~過保護な護衛に怒られながら、鬼の世の闇を祓う~  作者: 御崎菟翔


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11. 闘技場の闇①

 白日教会から帰ってきた数日後、奏太は汐から、先日の貴族の館で闇が発生した事件について聞かされた。


「ちょうど闇の発生時に屋敷を離れていた使用人が見つかったそうです。聴取したところ、あの屋敷の主人は、奴隷商から人、妖、鬼を問わず女性を買い上げて随分と遊んでいたとか。闇の発生源となった部屋にいたという虚鬼は、身につけていた宝石類から奥方で間違い無いだろう、と」


 少女の姿に変わった汐は、口にするのも汚らわしいと言わんばかりの表情だ。同席している椿も、眉を顰めている。

 

「また奴隷商? 鳴響商会の時にもそんな話が出てただろ」

 

 汐の話に、奏太は小さく息を吐き出す。

 

「摘発しようにも、尻尾を掴みきれないようですね。以前から、女達を囲い増やしていく主人と奥方との間での諍いが絶えなかったそうです。それに、奴隷を買えばそれだけ財を減らしていくことにもなりますから、奥方は金銭面でも苦労していたようです」


 闇の発生源となった部屋は、思い出したくもないくらい凄惨なものだった。それだけ、奥方は憎悪を抱えていたということなのだろうか。


「闇の餌となった感情の理由は分かったけど、肝心の闇がどこから来たのかは分かったのか?」

「いえ、やはり、確実なことはなにも。関連がありそうなのは亘が見つけた例のガラス玉の破片ですが、光耀教会の一件で持ち帰れなかったでしょう? あのあと、軍の調査が入った時には、既になくなっていたそうです」


 汐の言葉に、椿は首をかしげた。

 

「何者かが持ち帰ったのでしょうか。あるいは、調査に立ち入った軍の者が隠しているとか……」

「今まで他の現場で回収できたものに目ぼしい異常はなかったって聞いたけど」


 汐はそれに頷く。

 

「ええ。王国側の調査結果を聞かされただけですが」


 今までも現場には、ガラス玉をたたき割ったような物が残されていた。しばらくの間は奏太達も気に留めていなかったのだが、あまりに毎回見かけるので、さすがに何かありそうだと調査が入ったのだ。基本的には、現場検証は王国主導で行われるため、奏太達がそのガラス玉を直接調べたことはないが……


「次の現場で同じ物があれば、持ち帰ってみるか。鬼に分からなくても、こっちで分かることもあるかもしれないし」

「あちらには、マソホや(あけ)もいますが……」

「あの二人のところまで、現物がまわってない可能性も高いだろ」


 そんな話をしていると、部屋の扉をトントンとノックする音が聞こえてきた。


「奏太様」


 巽だ。


「どうした?」

「再び、闇が出たそうです」


 汐の開けた扉から入ってきた巽の手には、手紙があった。

 

「場所は?」

「中央区にある地下闘技場です」

「地下闘技場?」


 何ともきな臭い言葉だ。


「娯楽の一種ですよ。殺し合いで賭け事をしてるわけですから、やっていることは結構酷いですが」

「そんな物が、この王都に?」


 奏太が疑問をこぼすと、汐が補足するように口を開いた。

 

「人妖の保護や各種法整備による不満を発散させるのにちょうど良かったようです。今まで合法としてきた上に娯楽として浸透してしまっては、なかなか規制は難しい、と」

「……殺し合いを見物して、賭け事までするなんて、何が面白いんだろう? 闘わされる方はたまったもんじゃないだろうに」 

「僕もそう思いますが、闘うのが趣味のような者もいるので、すべてがすべて、そうでは無いとは思いますよ。まあ、ほとんどが無理やり連れてこられた奴隷か罪人らしいですけど」


 巽は何かを思い出すようにしながら、そう言った。

 奏太自身も、闘うことだけが生きがいのような者を知っている。思い浮かべたのは同一の者だろう。迷惑を被った記憶のほうが多い。 


「そういった場所は、妬み嫉みや、恐怖が生まれやすいですし、日常的に死がばらまかれている、という意味では闇の発生にもってこいな場所ではありますね。闘技場での闇の発生は今回が初めてじゃないみたいですし」


 巽の言う通りだ。

 奏太からすれば、百害あって一利無し、という気もするが、鬼の世の治世に口出しできる立場でもない。今は、粛々と発生した闇を祓うしかないのだろう。


 

 そうして亘、椿と共にやってきたのは、通りに沿って横たわるようにいくつかの家が長く繋がる、古びた建物前だった。


 憲兵に規制されているのはその一角。虚鬼も確認されたらしく、軍の姿も見える。


 普段なら、さっさと中に入って闇を祓って帰るのだが、問題は、あの光耀教会の大司教が建物の前で待ち構えていたこと。


「やあ、奏太君。待ってたよ」


 にこやかな笑みを浮かべて手を上げるハガネに、奏太はあからさまに嫌な顔になった。

 

「……どうやら、今回は光耀教会が対処にあたる日だったようですね。連絡が行き違ったようで。私は用なしのようなので、これで失礼いたします」


 奏太はくるりと踵を返す。

 

 しかし一歩を踏み出そうとしたその時。

 

 タンと地面を蹴る音が聞こえたかと思えば、すぐ横から奏太の顔をのぞき込む蛇のような赤い目と、それにかかる銀の髪が目の前に現れた。

 

 まるで、初めて遭遇したあの時のように。

 ドクンと心臓が大きく鳴る。


 すぐ近くで、チッと舌打ちが聞こえ、咄嗟に前に出た亘に乱暴に腕を掴まれて背後に押し込まれた。


「恐れ入りますが、主に気配を消して近づくような行為はお止めください」


 亘は緊張した表情で言う。

 

「前回もそうだったが、護衛の態度がどうにも過敏で過保護過ぎるね。今までに何か実害でも?」

 

 鬼による被害で言えば、実害なんて今までいくらでもあった。ただ、今、亘が警戒しているのは、このハガネという男の言動がどうにも不気味だからだ。


「先日のことも、実害と言えるのではありませんか?」

 

 奏太が言えば、ハガネは口元をニヤっと薄気味悪く歪めた。


「あれは、勧誘だと言っただろう?」

「監禁と脅しの間違いでは?」

「誤解を招く言い方だ。ただ、君と話がしたかっただけだというのに」


 ハガネは事も無げに言う。


「ところで、例の件について、セキ猊下の同行を願ったらしいね。嫉妬を買うと言ったのを聞いていなかったのかな?」

「人妖の司祭ごときに貴重な物の扱いを任せるのは御心配だと、猊下自ら同行してくださると仰ったのです。何かがあれば、白日教会側にも迷惑がかかりますから」


 正確には巽がセキにそう言わせた訳だが、光耀教会側には、教会間の大事に一司祭には荷が重すぎる、という言い訳が通っているはずだ。


「たとえ何かあっても全て光耀教会で責任をとる、とお伝えしても、頑なに同行を主張されて押し切られたそうだよ。随分と大事にされているようだね」


 ハガネの瞳が探るように光る。


「白日教会の名に傷をつけない為、ですよ」


 巽からの圧力でセキが胃を痛めていないといいなと思いつつ、奏太はもう一度、そう言い切った。


「それで、ご要件は? 本当に闇を祓いに来てくださったなら、光耀教会にお譲りしますが」

「君が闇を祓うところを見たくてね。見学に来たんだ」


 ハガネはそう言いつつ、愛想の良い笑みを浮かべた。

 しかし、断固としてお断りだ。

 

「そういう事でしたら、お引き取りください。日石を取り上げられ、虚鬼の群れに放り込まれてはたまりません」


 先日の脅しを繰り返すと、ハガネは少しだけ目を丸くしたあと、ククっと笑った。


「ああ、確かにそんな冗談を言ったね。随分と根に持つ性質のようだ」 

「冗談で流してよい言葉ではなかったかと」

「ならば、謝罪をしよう。すまなかった。君とは良い関係を築いていきたいんだ」


 ペラペラした紙のように薄い謝罪の言葉を述べられたところで、警戒が解けるわけがない。


「良い関係をと仰るならば、どうぞ、この場はお引き取りを。ひ弱な人の身であればこそ、周囲には一段と気をつけねばならぬのです」

「それなら尚の事、私が共に行こう。これでも、うちの護衛は腕が立つ。君のことも護らせよう」

「こちらにも護衛はいますので結構です。それに、虚鬼なら軍の方が対処してくださるでしょうから」

「護衛が多いに越したことはないだろう? それとも、やはり見られたら困るものでもあるのかな? まさか、私が信用できないとは言わないね? 白日教会と光耀教会の間に、君が更なる溝を開けることになりかねない。拒否する意味を、慎重に考えた方が良い」

「…………」


 奏太は取り繕う事なく表情を歪めた。

 一方のハガネは上機嫌に奏太の返事を待っている。


(……面倒だなぁ。ただ白日教会の陰に隠れて闇を祓っていられればいいだけなのに。いつの間にか、俺が教会間の争いの種に仕立て上げられるなんて……)


 奏太はチラと椿の持つバッグに目を向ける。

 今回は万が一の時のために、大きな日石をセキから預かって来ていた。持ち歩いているのはただの偽装の為だったのだが。


(使わずに済めば良かったけど、日石を使って誤魔化すしかないか……)


 奏太は諦めの色を浮かべ、ハアと息を吐き出した。


「……わかりました」


 奏太の視線の意味に気づたからか、亘と椿は眉根を寄せて不快そうにハガネを見ただけで、何も言わなかった。

 

 この際、直接陽の気を使わず闇を祓って、これから先の言い訳にも使おう。奏太はそう決意し、言い込められた悔しさを心のうちに押し込んだ。

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