始まりの章 その1
「ここが淡路島か〜」と、優が背伸びをした。
「こちらの世界では、自凝島だから!兄貴、間違えないでね!!」と、ご機嫌な声の海が注意した。
「ここから世界が始まったのか」
そんな2人を見ながら、感慨深く空がつぶやいた。
熊童子達を滅した空達は、始まりの巡礼地を目指し、自凝島を訪れていた。
そして…ご機嫌な海の腕には…前鬼と後鬼が抱きすくめられていた。
「センちゃん〜、ゴキたん〜…ダメな召喚主でちゅね〜!!」
赤ちゃん言葉で、海が前鬼と後鬼に話しかける。
呼びかけられた前鬼と後鬼が、腕の中からゴミを見るような目で海を睨んだ。
何故、そんなことになっているのか?
それは、優がこの世界に来た経緯を、空と海に説明した時の事。
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「へー、兄貴は黄泉の国を通って、この世界に来たんだ。でも、その小角って人は何者なのかな〜?兄貴にセンちゃんとゴキたんの護符を渡して、仏身一体も教えてくれるなんて」
「センちゃんとゴキたん?」
「そっか!空は会ってないもんね…。ねぇ兄貴、ちょっとセンちゃんとゴキたんを呼び出してよ!!」
「我は前鬼!前鬼は戦鬼なり!!」
「妾は後鬼!後鬼は護鬼なり!!」
優の召喚により、前鬼と後鬼が顕現するが、周りの様子を確認する間もなく、その手が伸びる。
「いらっしゃ〜い!センちゃん、ゴキたん!!一緒にケーキを食べましょうね〜」
有無をも言わせずに、海が前鬼と後鬼を抱きしめテーブルに座った。
「なるほど…優の徳が上がれば、本来の姿の大鬼になれるのか」と空がうなずき、海の腕の中で、モグモグとケーキを頬張る前鬼と後鬼を見る。
「センちゃんとゴキたんはこのままでいいから、兄貴は徳を上げないで!ほらほらセンちゃん、クリームがついてまちゅよ〜」
前鬼の口元に付いた生クリームを拭いながら、海が優を睨みつける。
「そ、そんな〜」と優が絶望的な声を上げる。
「ところで、小角って何者?」
海に口元を拭かれる前鬼と後鬼に、空が尋ねた。
「小角様は、人の身において仏の称号を冠された、神変大菩薩様なり」と前鬼。
「役行者とも、役優婆塞とも呼ばれる偉大な行者なり」と後鬼が答えた。
そう言えば…と、優が手に持った剣を空に見せた。
「小角と一緒にいた、イザナミと言う女神から、この剣を預かった!」
「なるほど…、お膳立てはされているんだな。ならば、『始まりの巡所』と言うのに、行ってみようか!!」
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そして3人は菊理媛に見送られ、自凝島の地を踏み締めていた。
「しかし、鬼がスイーツ好きとはな〜」
「ふん。古の時代には、甘味は無かったなり!」
前鬼が空を睨む。
「これ、海よ。黙って抱かれてやるゆえ、早う新しいスイーツを買いに行くなり!」
後鬼が海に催促する。
この世界にコンビニは無いが、駄菓子屋があり、スイーツを含めて、お菓子類が充実していた。
自凝島にある駄菓子屋に入ると、厳かに前鬼と後鬼が宣言した。
「我は前鬼!前鬼は苺ショートなり!!」
「妾は後鬼!後鬼はチーズケーキなり!!」
「支払いは兄貴なり!!」
優が半泣きで、菊理媛から預かった路銀からスイーツ代を支払った。
そんなやり取りを繰り広げながら、3人と2体の鬼は自凝島から漁船に乗り、沼島という小さな島に降り立った。
島の中腹にある、鳥居の前に立つ3人は「ここが始まりの巡所か!」と感慨深く小さな祠を見た。
「あの祠の裏にある洞窟から地下に入るみたいね」
海が指差した先には、洞窟が口を開けていた。
「とりあえず、入ってみるか…」
空を先頭として海が続き、優が後ろを警戒しながら洞窟内に足を踏み入れる。
しかし…
「む…我は結界に邪魔されて入れぬなり!」
「妾も無理なようなり!!」
と、前鬼と後鬼が護符に戻った。
3人が洞窟を進むと、大きな石の扉があり、その前に石像が一体建っていた。
「まるで生きているみたいだな〜」と優がその石像を見上げる。
「怖い事言わないでよね、兄貴」
その時、『ギョロリ!!』とその石像の目が開き、3人を見据えた。
「吾は天石門別神。吾が試練を乗り越えし者にのみ、封印の石戸が開く」
そう告げると、天石門別神が手を振った。
その瞬間、空の身体は何も無い空中に浮かんでいた。
そして、海の身体は深海の底にあり、優は闇に包まれた世界に飛ばされていた。
そして…それぞれの試練が始まった。
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同じ時、元の世界の淡路島に、須佐之男と月読の姿があった。
「面倒くさいな。同じ場所からでないと神力が送れないのか?」
「文句を言わないの。あちらの世界では、神力が弱まるんだから、空様達に合わせて、私達も移動するのよ」
「やれやれ、頼むから天岩戸の試練くらいで、つまずいてくれるなよ!」と須佐之男が呟きながら連絡船に乗り、沼島の中腹に辿り着く。
しばらくすると、異世界で空達の試練が始まった気配を感じた。
「須佐之男、祓詞 を上げて、海様に神力を送りなさい。私めは優様を手助けします」
「空はどうするんだ?」
「空様は日孁姉様が見守っていますが…恐らく空様に手助けは必要ないでしょう」
月読も優に神力を送るため、膝を折り手を合わせて、祝詞 を上げた。
『掛けまくも畏き伊邪那岐大神…』
やがて2人は立ち上がると、遥かに見える高野山に一礼し、四国に向けて歩み出した。
用語解説 基本的にはWikipediaを参考にしています
(1)【祓詞】
神事の初めに唱えられる禊の言葉
(2)【祝詞】
神道の祭祀において神に唱える言葉




