旅立ちの章 その2
指定してなければ、基本的には空がしゃべっています。
煌びやかな仏間で、一人の少女が一心に般若心経を唱えていた。
その祈りはすでに何日もの間繰り返され、少女を見守る者たちは口々に少女を気遣っていた。
「菊理媛様、もうお休み下さりませ。このままでは、媛様のお身体が・・・」
その時、仏間に神々しい光があふれだした。皆が目を伏せて再び仏間を見た時、おかしな身なりをした2人の男女が、きょとんとした顔で周りを見回しながら現れた。
「おお御仏様、我が祈りが届きました」と菊理媛と呼ばれた少女がひれ伏し、「妾は菊理と申します」
2人にあてがわれた一室で、「状況を整理してみようか」と空が切り出した。
ここまでに分かった内容は・・・
・この世界は地球のパラレルワールドである。
・国の名は和の国と言い、都は京都にあり将軍が統治している。
・本能寺の変はこの世界では起こらず、織田信長が和の国を統一してそれが続いている。
・科学の発達がほとんど無いが、魔石を使った魔道具による文化が発達している。
・自動車のような乗り物はないが、魔石を使った魔道列車の交通網が整備されている。
・邪鬼と呼ばれる魑魅魍魎が出現し、被害を与える時がある。
・人里と離れた場所には獣人と呼ばれる亜人がいる。
「これって異世界転移ってやつか?マンガや小説の話と思っていたが…」
「獣人がいるのね。猫獣人はいるのかしら?会ってみたいな~」
その時、襖の外から菊理媛の声がした。
「修験者様、よろしいでしょうか」と部屋に入った菊理媛が、「修験者様、妾の呼びかけに応じていただきありがとうございます・・・」と話を切り出した。
改めて、和の国の危機を救うため、御仏の導きに従い修験者の召喚を祈願したことを伝える菊理媛。
「俺は佐伯 空、こっちは高野 海。正直言って突然のことで、何がなんだかわからないんだが」
菊理媛の説明によると・・・
•1200年前に、弘法大師と言う修験者が、厄災と呼ばれる魔物の能力を88に分けて四国に封印した。
•しかし、徐々にこの封印が弱まり、その影響で和の国に厄災の力による災いが降り注ぎ始めている。
•このため四国に赴き、再度厄災を封印してもらうため、御仏の導きに従い修験者を召喚した。
と言うものだった。
「言い伝えによりますと、厄災が再び活動を始める時、この世界だけでなく連なる異世界にも災いが起こるとのこと。この為、厄災の封印には異なる世界の力が必要と言われております」
「それで、俺たちの世界でも地震や異常気象が頻発していたのか」
「私達はその厄災を封印したら、元の世界に戻れるのですか?」と、それまで黙って話を聞いていた海が菊理媛に問いかける。
「皆様が現れたこの屋敷の仏間は、皆様の世界と繋がっております。定めた日に、道導の法要が行われているので、厄災を封じれば迷わずに帰れる筈にございます」
「なるほど。それで8の日に護摩行をしていたんだな」と空が納得する。
「5パーセントオフの日じゃなかったのね」
それを無視して空が、「話はわかりましたが、俺達は普通の学生です。その厄災を封印する力などありませんが…」
すると菊理媛が、「妾の枕元に御仏様が顕現し、修験者の召喚が叶えば、これを与えよと託されました」と二組の装備を空達に渡した。
「これを着て祈りを捧げれば、御仏様の御力を纏い、仏身一体の悟りが開かれる」とのことでございます。
それを聞いて、しばらく考え込んでいた空だが、「海…俺はこの願い聞き遂げたいのだが…いいかな?実は親父は、こうなることを知っていた気がするんだ」
「そうね、空兄がいいなら私もお手伝いする!」
海の返事に頷いた空が、「菊理媛、私達でよければ四国に赴き、厄災の封印をおこなうよう努力しましょう。ところで、仏身一体の悟りとは、どのようなものなのでしょうか?」
「申し訳ありませんが、妾も詳しくはわかりません。言い伝えでは、御仏様の御力をその身に纏うことが出来るとしか…」と、申し訳なさそうに菊理媛が目を伏せた。
その言葉を受け、与えられた装備を確認する2人。
「これって、お寺を巡礼する時の衣装じゃない?」
「白衣に金剛杖、納経軸に和袈裟って、間違いなく四国のお遍路さんグッズだな」
海の装備には、金剛杖の代わりに薙刀と、破魔の弓矢が置かれていた。
「つまり、お遍路さんになって、こっちの世界の巡礼地めぐりをするんだな。と言うことは、最初は鳴門の『霊山寺』ですか?」
すると、菊理媛がキョトンとした顔で「霊山寺ですか?いえ、そのような寺院はこの世界にはございません」と戸惑いながら、「始まりの巡所は…自凝島にございます」
「自凝島とは、淡路島のことでしょうか?」と戸惑う空たちに、菊理媛が地図を見せて説明をおこなう。
「やはり淡路島のことか」と空がつぶやき、「そう言えば、明治時代初期までは淡路島は徳島藩だったな~」と、うろ覚えの歴史を思い出す。
改めて地図を見ると、四国の全体に満遍なく巡所が設置されていた。
その地図を見ながら、「四国って…自凝島の下にある小さな島に飛びかかる獣のように見えるわね」と、海がつぶやく。
「沼島のことですね。沼島は始まりの島とも、この世界を支える基点とも言われております」
海のつぶやきに応え、菊理媛が語りだす。
「そのため、沼島を襲うように見える四国は、島を喰らう化身が変化した姿であり、世界を滅ぼす死國と呼ばれていました」
「そして、言い伝えでは…厄災が三種の神器を壊す時、死國が真の姿を現し世界は破滅する…」
「このため自凝島全域は、神と仏が共に見守る聖域とされており、『沼島にある始まりの巡所で認められた者だけに、四国巡所の真門が開く』と言われております」
その時、外から大きな声が響いた・・・
「邪鬼の大軍が攻めてきたぞ~!!」
あわてて外を見る、菊理媛と空と海。見渡すと千を超える小鬼や魔狼、骸骨など邪鬼と呼ばれる魑魅魍魎の群れが現れ、迎え撃つ警護の者と激しい戦いを繰り広げていた。
警護の者たちは懸命に対抗しているが、邪鬼は数の力で警護の者を圧倒しようとしていた。
「ここは妾たちがくい止めます。空様達はどうかこのまま旅立ちを・・・」
菊理媛がその言葉を言い切る前に、また一人警護の者が妖狐の手にかかった。
「ここで邪鬼共を止められず、厄災の封印なんてできるのか?俺たちも戦おう!!」と、空が海に力強く見つめると、海がそっとうなずいた。
白衣を纏い、金剛杖と薙刀を振りかぶりながら、邪鬼に立ち向かう空と海。
その前に一際大きな赤鬼が立ち塞がった。
「お前らが異世界から召喚された修験者どもか。我は飫炉血様より名を与えられし邪鬼、『熊童子』なり。厄災様の復活の邪魔はさせん」と手に持った棍棒を振りかぶる。
「そんな、飫炉血は弘法大師様が倒したはず」
「バカめ!!死天王は厄災様がいる限り、何度でも復活するのを知らぬのか?」と厭らしく笑った。
「こいつは俺が引き受ける。海と菊理媛は邪鬼の方を頼む」と空が熊童子に向かい金剛杖を構えた。
異世界に来て初めての実戦が、今始まろうとしていた。
四国88ヶ所を周りたかったのですが、距離が近すぎる霊場や、大歩危の妖怪伝説を入れようとすると、どうしても話がまとまらず…やむを得ず異世界の霊場は四国霊場とは別物としました。




