封印の旅『つるぎの里』 その2
疲れ果てウトウトとしかけた空を、「油断大敵なり!」と前鬼の棍棒が狙う。
辛うじてそれを躱わした空は、智慧の利剣を構え直し、前鬼の攻撃に備える。
まんじりとも出来ずに夜が明け、再び優と海の攻撃が空に襲いかかる。
一睡もできず、ただ攻撃を躱すだけの空が、何度目かの優の飛斬を避けた時、以前からの違和感を思い出し、木の陰から優に話しかけた。
「なあ優。何で普通に飛斬が使えているんだ?」
その問いにキョトンとしながら、「いや何で使えると聞かれても…使えるから使えるとしか言いようがないな」
「だけど、元の世界でそんな技は使えなかったよな?」
「それはそうだが、こっちに来たら自然に使えているな!」
『もしかしたら、それがあの修験者が言ってた牧牛の悟りのヒントか?』と、空が思いを馳せた。
『それに優は神狐の神力も、違和感なく纏ったよな。仏の悟りと神の御力…どう言うことだ?』
だが、その考えをまとめる間もなく、優と海の攻撃が空を襲う。
「ボーっとしてたら死ぬぞ、空!……飛斬!!」
「空兄避けてね。破魔の魔弓!」
優と海の攻撃が、空の身体を切り裂く……その刹那、空は己の内から何かの力を感じた。
その内なる力に身を委ねた時、自然に身体が動いた。
「神技 破邪斬断」
それは、始まりの巡所の試練で、羅睺羅を纏った時に放った一撃だった。
「仏身を纏わなくても、神技が放てる?」
空が驚いて、自分の手を見つめた。
『いや違う!自分の中に仏身がいる!!』
だが、よほど意識をしないと、その感覚を見失いそうになる。
『それが得牛の悟りよ!』と突然天から声が響き、『我は帝釈天である』と光の道から仏身が現れた。
『空よ。己の中に仏を得たなら、常にそれを感じ続けよ。然すれば、意識をせずとも仏は其方と共にあり続け、牧牛の悟りとなる。更にその先には、騎牛帰家の悟りがあり、忘牛存人の教えに至るであろう』と、空に語りかけた。
『しかし、流石は文殊の試練に応えただけの事はあるか。その若さで牧牛の悟りを得たか……。しかも本地垂迹にも手が届くやもしれんとは』と帝釈天が空を値踏みするように見つめた。
『いずれにせよ、このままでは命を落とすだけであろうな。ならば……那伽に羅刹よ、我が元に参れ!!』と帝釈天がその手を挙げた。
『お呼びでございますか?』
那伽と羅刹が帝釈天の前に跪いた。
『其方らは、海と優に力を貸して、この者の徳を騎牛帰家まで引き上げよ』と、その場に立ちすくむ空を指し示した。
その言葉に、那伽が空を見据え『恐れながら、この者の徳では、我らが手を出せば達観する前に死んでしまうかと…』と頭を下げた。
『構わぬ!これで死ぬ程度であれば、いずれにせよその命はない!!』と冷たく言い放ち、剣山の山頂を睨んだ。
『なるほど、邪に塗れた水神の気配!』
『ヤツが復活しますか!!』
那伽と羅刹が帝釈天の言葉の意味を理解した。
『だが、流石に大鬼までが加わっては無理があるな。鬼共は元の姿に戻るが良い』と前鬼と後鬼をマスコットサイズに戻すと、海が前鬼と後鬼を抱きすくめた。
「剣山に待ち構えるヤツとは何者でしょうか?」
黙ってそのやり取りを聞いていた空が、帝釈天に尋ねた。
『今は、己の徳を上げることを意識しなさい。其方の徳が上がれば、其方の周りには自然に救いが現れるであろう』と、海の髪に刺した櫛を眺め、神力を送っている須佐之男の気配を感じながら、帝釈天が天に返っていった。
後に残った那伽と羅刹が早速動き出した。
『海よ、我を纏いなさい』
那伽の厳しい声に海がビクリとする。
『時間がありません。空の徳を引き上げますよ!』
そして、優には羅刹が声をかける。
海と優が両手を前に出し、九字印を切る。
「「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」」
「仏身一体 那伽纏身」
「仏身一体 羅刹纏身」
那伽の御力を纏い、海が薙刀を振り下ろす。
その一撃を空が躱せたのは偶然に近かった。
『避ける』などと考える余裕はなく、『ヤバイ』と感じた刹那、空は横に身体を投げ出していた。
「え?ナーゴちゃん、今の本気で危なかったよ??」
自分を纏う那伽に海が意識を向けた。
だが、『何をしている、次の攻撃を仕掛けよ!』と冷たい那伽の意思が海に突き刺さる。
優も羅刹を纏い戸惑っていた。
『今の空に、神技なんて仕掛けたら…』
だが、その想いを打ち消すように、羅刹の意思が優の身体を動かす。
「空!避けてくれ〜!!」
優が叫びながら、神技の斬撃を空に放つ。
「神技 速疾抜刀!!」
生身の空では、神技により放たれた斬撃を避けられるはずがなく、その身に斬撃が届くかと思われたその刹那、全ての時間が止まった。
『早くも吾を見失ったか!何をしておる。吾を手放せば死ぬぞ!!』
空の内から、仏身の意思が伝わってくる。
その言葉に導かれ、己の中の仏身を改めて感じる。
その瞬間、優の放った速疾抜刀の軌跡が見え、智慧の利剣が斬撃を弾く。
「行くよ、空兄!」
その声に海を見ると、破魔の魔弓がこちらを狙っている。
『マズい!』
その焦りに、再び己の中の仏身を見失う。
『心を乱してはならん』
内なる仏身から叱責が飛ぶ。
『吾は常に其方と共にある。吾を手放してはならぬ。だが、吾を探そうとしてはならぬ!』
その言葉に空が頭を傾げる。
「どう言う意味だ?」
『其方は呼吸をするのに、空気を探しているか?生きる為に、心臓を動かそうと意識しているか?吾も同じ事よ。其方の中に仏身たる吾は宿っておる。それを認識せよ。されどそれを意識してはならぬ』
『言ってる意味はわかるが……難しすぎる!!』
海の一撃を躱した瞬間、またもや内なる仏身を見失った空が、悟りの難しさに苦笑いした。
もどかしげに帝釈天が天からその様子を見ていた。
『素質はあるが、経験が足りなさすぎる。3人がかりでも、勝ち目は薄いが…送り出すしかないか!』とつぶやくと視線を剣山に移した。
剣山の山頂では、未来を指し示すかのように暗雲が立ち込め、雷鳴が響き渡っていた。




