封印の旅『ぬらりひょん』 その4
夜も明けて、テントから空達が起き出して来た。
「前鬼も後鬼も、見張りをありがとうな」
「たやすい御用なり!」
「後鬼は護鬼なり!!」
前鬼と後鬼が空に答えた。
『しかし、その若さで仏頂尊勝陀羅尼を唱えるか〜!』
突然の声に空達が驚く。
そこには、ぬらりひょんが頭を掻きながら空達を睨んでいた。
『百鬼夜行のかわし方を、良く知っていたな』
ぬらりひょんが空に笑いかけた。
「牛を引き連れた修験者殿から授かりました」
『牛…もしかして、黒牛と青牛か!』
「いや、青牛だけでしたが?」
それを聞いたぬらりひょんが、『そうか…次郎が願ったか。と言うことは、太郎が動けないのかもな!』と、首を捻る。
「あの、太郎と次郎とは?」
戸惑う空に『次に行けば分かるさ。だが、少し急いだ方が良いかもな!』と空達を巡所に案内した。
『ここは俺たち妖怪が門番だから、百鬼夜行を切り抜けた坊や達に試練はない。さっさと封印を強化してくるんだな』と、空達を巡所の奥に送り出す。
「ぬらりひょん殿、ありがとうございました」
空が頭を下げると、『百鬼夜行を切り抜けたご褒美よ』とぬらりひょんが手を振る。
「いえ、あなたは最初から、俺たちを助けるつもりでしたよね。そうでなければ、アメゴを差し入れたりしません!」
頭を下げたまま、空が感謝を告げる。
『ふん、礼なら僧正坊に言うんだな。それにお前さん…ガチに殺りあえば、俺に勝てる自信があっただろ?』
ぬらりひょんが片目を瞑ると『じゃあ、次の巡所も頑張りな!』と声を掛けた。
その言葉に空達が顔を上げた時…ぬらりひょんの姿は既にどこにもなかった。
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〜高野山秘の院〜
「直公殿、大歩危峡の巡所は再封印されました」
彼の世界で巡所を封印し、こちらの世界に戻った日孁か直公に話しかけた。
「これも偏に直公殿が僧正坊様に願っていただいたおかげにございます」
頭を下げる日孁に「勿体無いお言葉にございます」と頭を下げながら、直は公鞍馬山での修行時代を思い出していた。
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「こんな一本下駄を履いて、素早く動けるはずないだろ〜!」
『まだ、口を開く余裕があるか。ならば、弓の数を倍にしても大丈夫かのう?』
僧正坊と呼ばれる大天狗が右手を上げると、弓矢を構えた小天狗の数が倍に増えた。
一斉に射掛けられる矢を、辛うじて躱わす直公が、その矢を見て叫んだ。
「馬鹿やろ〜!普通に鏃が付いているじゃないか。殺す気か〜!!」
『仕掛ける方も、仕掛けられる側も、本気でなければ修練になどならぬ!さあ、小天狗達よ、ニ射目を放つがよい!!』
「死んだら化けて出てやるからな〜」
叫びながらも、雨のように降り注ぐ矢をことごとく躱わす直公を見つめる僧正坊の目は、優しさに溢れていた。
『ほう、850年ほど前に修行した、牛若丸よりも筋が良いな。鍛えれば、いずれ我とも対等に戦えるようになるであろうな』
そんな僧正坊のつぶやきは、僧正ヶ谷の深い渓谷にかき消えていった。
「次はいよいよつるぎの里、剣山です」
日孁の声に直公が我に返る。
「ここでは、かつて須佐之男が手にした天叢雲剣 を、空様には再び手に入れてもらう必要があります。そのためには、八岐大蛇を退治してもらわねばなりませんが…命懸けの戦いとなるでしょう」
日孁が直公の目を見て、悲しげに告げた。
「何の!この為に空を鍛えて来ました故、日孁様が御心を砕かれることは御座いませぬ。それに、剣山を太郎笈 殿が抑えている限り、仮に島喰いが目覚めても、自由には動けませんからな」
直公が気丈に振る舞うが、その顔は若干強張っていた。
「八岐大蛇は、落ちたとは言え元は水神です。今のままの仏身一体では、力及ばぬでしょう」
「鍵は優殿に御座いますな」
「ええ、空様も薄々感じでいるようですね。それに今回も、海様の役割が重要になりそうです。須佐之男の力が届けば良いのですが…」
日孁が御簾から遠く四国山脈を見つめ、祈りを捧げた。
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「この素朴な味わいが美味いなり!」
「やっぱり山里は蕎麦が美味しいなり!!」
大歩危峡の封印を終えた空達は、次の巡所である剣山に向けて歩き出していた。
その途中で立ち寄った飯屋の祖谷そばに、前鬼と後鬼は夢中だった。
いつものように、前鬼と後鬼に蕎麦を食べさせながら、「私はあのかずら橋が怖かったわ」と道中の吊り橋を思い出して海が言った。
「今の海の徳なら、問題ないだろ?」
と、かずら橋で抱きついてきた海に、空が怪訝な顔で聞き返す。
「それでも、怖いものは怖いの!」
膨れっ面で海が言い返した。
そんな2人を生暖かい目で見ながら、「このデコ回しって言うのも美味いな」と、串に刺したこんにゃくと丸芋を優が頬張る。
「人形浄瑠璃の頭に似てるから、その名前が付いたらしいぞ」と、空もデコ回しに手を伸ばした。
「焼けた味噌の香ばしさが美味なり!」
「こんにゃくの歯応えがたまらないなり!!」
決して豪華なご馳走ではないが、田舎でしか味わえない素朴な味と、それが醸し出す雰囲気が、これから厳しい試練が待ち受ける空達を癒してくれていた。
つるぎの里に向かい山道を歩いていると、「これ、そこの兄さんや」と、不意に空を呼び止める声がした。
見ると行商のおばあさんが、空を手招きしていた。
「お前さん、あの可愛いお嬢ちゃんにプレゼントはどうだい」と、細やかな細工が見事な柘植の櫛を手渡した。
その見事な細工に目を見張り、「いや、こんな立派な櫛を買うお金は…」と顔を上げるが、そこには誰もおらず、お地蔵様が佇むだけだった。
「空兄、いきなり立ち止まってどうしたの?」
怪訝な顔で、海が話しかける。
「いや、行商のおばあさんが…」と言いかけ、何かを悟ったように、「いや、何でもないよ。ところで、海にプレゼントがあるんだ」と、不思議な行商のおばあさんから渡された柘植の櫛を海に見せた。
「綺麗な櫛!」
うっとりとその櫛を見つめ、前鬼と後鬼を優に預けると、「空兄が付けてよ」と髪を束ねて空に背を向けた。
真っ赤に照れた空が、ぎこちなく海の髪に櫛を刺すと、海の顔も真っ赤に染まる。
「大宜都比売に吉祥天と、海は豊穣の神に愛されているなり!」
「しかし、櫛名田比売までもが現れるなら…次は厳しい戦いになるなり!!」
前鬼と後鬼のつぶやきは、空達の耳には届いていなかった。
用語解説 基本的にはWikipediaを参考にしています
(1)三種の神器
「「天叢雲剣」、「八咫鏡」、「八尺瓊勾玉」という三つの宝物を三種の神器と言う。
天叢雲剣は、八岐大蛇の尻尾から出て来たとされる。
(2)太郎笈 :次郎笈
太郎笈 は剣山の別名で、次郎笈は兄弟山とされている。




