封印の旅『ぬらりひょん』 その3
〜百鬼夜行〜
それはあらゆる妖怪が、ぬらりひょんを総大将に街中を練り歩く死の行軍であり、人がこの百鬼夜行に巻き込まれると、その魂は崩壊し百鬼夜行に取り込まれると言われている。
「百鬼夜行に巻き込まれれば、命はないなり!」
「妾達でも、抗うことは出来ないなり!!」
前鬼と後鬼が心配そうに空を見た。
「直ぐにでも逃げ出したいが…狙いが俺たちなら、被害が拡がる可能性が高いな!」
空がつぶやく。
「それに、俺たちを追ってくるなら、逃げきるのも無理かもな!」
優もぬらりひょんがいた場所を見つめる。
「そうね、あの妖怪は不気味よ。現れた時も、消えた時も、全く気配を感じなかったわ!!」
ひらら焼きの石の上で、程よく焼けたアメゴが美味そうな匂いを立ち昇らせていた。
無言で、その様子を見つめる空達に、突然声がかかる。
「これは、美味そうにアメゴが焼けておる。其方達、ワシにもそのアメゴを馳走してもらえんかのう?」
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「ぬらりひょん様、今夜あの修験者達を始末していただけるのでありんすね」
絡新婦がぬらりひょんに撓垂れ掛かる。
「ふん、何のことだ。俺は百鬼夜行を行うだけよ。それに巻き込まれて誰が死のうが、知ったことじゃねえよ」と、絡新婦の胸元に手を忍ばせる。
絡新婦がその掌を抓り、「お楽しみは、全てが終わった後でありんすよ。まあ、百鬼夜行に巻き込まれては、彼奴等の命も今夜限りでありんすね〜」と嫌らしく笑う。
『どうだろうな。あの空とかいう坊やの徳があれば…何かが動くかもしれんな』と、ぬらりひょんがつぶやくが、その声は絡新婦には届いていなかった。
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「そのアメゴを馳走しろ」と、声がした方を見ると、見事な青い毛並の牛を引き連れた修験者が立っていた。
「いつの間に?」と驚く優の隣にドッカと座り、修験者がひらら焼きのアメゴを頭から齧り出した。
その様子をじっと見ていた前鬼が、徐ろに口を開いた。
「修験者よ、ただ喰いは許さないなり!」
すると、その修験者が笑いながら三冊の経典を取り出した。
「そもそも、お前達もただ飯だっただろうに!」
「それはそれ、これはこれなり!!」
後鬼がその経典を手に取り、中を確認した。
「ひらら焼きは、客人をもてなす料理よ。よく考えるんだな!」
美味そうにアメゴを食べ終えた修験者が告げると、青牛を引き連れて去っていった。
「何だったんだ?」と頭を捻る優の横で、空がその経典を見つめながら、修験者の言葉の意味を考え込んでいた。
「野郎ども!夜の世界は我ら妖怪の世界よ。さあ、俺について来い。百鬼夜行の大行進だ〜!!」
ぬらりひょんの号令に、魑魅魍魎の妖怪が従い歩き出した。
そこには、大鬼や小鬼、餓舎髑髏に加え、中天狗や小天狗の姿もあった。
そして、その大軍を率いるのは、ぬらりひょんだった。
そして、その魑魅魍魎の大軍はまるで大河の流れのように、全てを巻き込む濁流となり、夜の街を練り歩く。
やがて、その濁流は被害が拡がることを恐れ、河原で野宿していた空達に襲いかかろうとしていた。
百鬼夜行が空達のテントに襲いかかろうとした時、その動きがピタリと止まった。
そのテントの前では、前鬼と後鬼が仁王像のように入り口を守り、百鬼夜行を睨みつけていた。
百鬼夜行について来た絡新婦が、「たかが小鬼2体が、何を気張っているでありんすか?」と、馬鹿にしたように前鬼と後鬼を睨み返す。
「さあ、あの生意気な小鬼と修験者どもを始末するでありんす!」
だが、ぬらりひょんはその場を動こうとはしなかった。
「どうしたでありんすか?」
絡新婦が慌ててぬらりひょんの腕に縋り付く。
「俺に指図するんじゃねえよ!それに、キサマにはあれが聞こえねえのか?」
ぬらりひょんが、冷たく絡新婦を睨みつける。
それを聞いた絡新婦が慌ててテントの方を見た。
すると、中から厳かな読経の声が聞こえてきた。
「「「ノウボ バキャビテイ タレロイロキャ ハラチ•••」」」
空の滑らかな読経に続き、海と優がぎこちなく経文を唱える声が、夜の静寂に響き渡る。
「あの読経がどうしたでありんすか?」
一向に動こうとしないぬらりひょんに、イライラとした感情をぶつけて絡新婦が詰め寄る。
「あれは、陀羅尼 の最高峰、仏頂尊勝陀羅尼だよ。あれを唱えられたんじゃあ、百鬼夜行とは言え手は出せねえな!!」
「ぬらりひょんよ、厄災様の指示が聞けぬでありんすか?」
「何を言ってやがる。俺は厄災の配下じゃねえし、厄災に義理は通したぜ。これ以上は、俺のやることに口出しするんじゃねえよ!」
ぬらりひょんの剣幕に押され、「後悔するでありんすよ!」と捨て台詞を残して絡新婦が立ち去った。
「流石に、あの坊や達じゃあ酔っ払う 訳にはいかねーからなあ。どこのどいつが入れ知恵したのか、あの坊やの持つ智慧か知らねえが…してやられたぜ!!」
そうつぶやくぬらりひょんは、何故か嬉しそうだった。
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〜翌朝〜
テントの前に立つ前鬼と後鬼の前に、前日の修験者が青牛を連れて現れた。
「よお、前鬼に後鬼。無事に百鬼夜行を乗り越えたようだな」
「小角様のおかげなり!」
前鬼が修験者に頭を下げた。
青牛を連れた修験者は、役小角が変装した姿だった。
「今回の手助けは、この次郎の願いよ!」と、青牛の首筋を優しく撫でる。
それに応えて、前鬼と後鬼を見つめる次郎の眼差しは、深山のように蒼く澄んでいた。
「それに、ぬらりひょんはお前達を受け入れていたよ。そうでなければ、ひらら焼きを囲むはずはないし…ましてアメゴを差し入れるなんてありえないからな。それは、空もわかっていたようだ」
昨夜の疲れから、泥のように眠り込む空達のテントを見て小角がつぶやく。
「そうは言っても、絡新婦の見張りがあったから、仏頂尊勝陀羅尼の経典が無ければ危なかったなり!!」
後鬼も小角に頭を下げた。
「大歩危峡の巡所は、これで封印出来るだろうが…次の剣の里の封印は大変だからな。坊や達をよろしく頼むぜ!」と言い残し、青牛を引き連れて去っていった。
役小角が去った先には、霊峰剣山 が朝日を受けて、蒼く輝いていた。
用語解説 基本的にはWikipediaを参考にしています
(1)陀羅尼
仏教において用いられる呪文の一種で、比較的長いものをいう
(2)酔っ払い
酒に酔った者は、百鬼夜行の害を免れると言われている
(3)剣山
『つるぎさん』とも呼ばれる、四国第2位の高さを誇る名山




