封印の旅『美しの郷編』 その2
「優様、こちらも美味しいですよ」
玉恵が優にしなだれかかり、口元にお菓子を運ぶ。
「いや、一人で食べられるから…」
優が真っ赤になって口籠るが、満更でもない様子で玉恵を見つめる。
「ちょっとア•ニ•キ〜。そろそろ邪鬼を退治に行くよ!!」
海が不機嫌な顔を隠そうともせず、優と玉恵を睨みつけた。
「あらあら、お兄ちゃんを取られて拗ねちゃったかしら」と玉恵が嫌らしく笑う。
優がワタワタと慌て、海の機嫌が更に悪くなった。
「どうやら空様もお疲れのご様子。もう少し休んで行かれては如何ですか?」
「そうだな。空の様子も気になるし、玉恵さんの言葉に甘えようぜ!」
玉恵の誘いに、優が嬉しそうに答える。
「ふん。兄貴が甘えてるのは、言葉じゃないでしょ!!」
海が嫌味ったらしく優を睨みつけた。
「こら、玉恵さんに失礼だぞ!」
海と優がお互いを睨み合い『フン!!』とそっぽを向いた。
「海が失礼な真似をして申し訳ない」
優が玉恵に頭を下げた。
「きっと海ちゃんは優様が大切なのでしょう。私は気にしていませんわ」と、玉恵があざとく優の胸に顔をうずめた。
「それよりも、邪鬼の退治や巡所の封印など、危ないことはおやめ下さい。私は優様が心配で…」
玉恵がよよと泣き崩れた。
優の態度に不満が爆発しそうな海は、その場を離れ縁側で何かを考えこむ空に話しかけた。
「ねえ、空兄からも何か言ってよ!!」
だが、空から返事はなく、いつもと違う空の様子に海は戸惑いを隠せなかった。
「ねえ空兄、一体どうしたのさ。あの灰色の獣を見てから様子がおかしいよ?」
「海はあの灰色の獣に見覚えがないか?」
空が顔を上げて海の目を見据えた。
その言葉に、子供の頃の不思議な体験を思い出す。
「そう言えば、あの時に襲ってきた獣に似てる。え…何で今まで忘れてたんだろう?」
「俺もあの獣を見るまで、完全に忘れてたんだ。もしかしたら、何者かに記憶を消されてたのかもな。だけど、あいつを見た時全てを思い出した。あの姿も、殺されたと思って目をつぶった時の…あの恐怖も」と、震える手に目を落とし空がつぶやいた。
「でも、あの獣なら空が追い払ったじゃない」
海が元気づけようと空に答えた。
「いや、あの時日孁様が現れるのが、少しでも遅れていたら俺は死んでいた。そう思うと、身体が硬直して…あれから上手く動けないんだ。しかも、あの獣の右耳は潰れて無くなっていた。多分だが…俺たちが子供の時に襲われた獣に間違い」
初めて見せる空の弱気な態度に、海の顔が歪んだ。
これまで順調に進んできた空達だったが、ここに来て大きく挫折しようとしていた。
「一人で行くのは危ないなり!」
「空と優に相談するなり!!」
前鬼と後鬼が海を諌めた。
「ダメよ。兄貴はあの女に骨抜きにされてるし、空兄も恐怖で動けなくなってるわ。私があの獣を退治して、先ずは空兄を助けてあげるの!」
前鬼と後鬼を両手に抱え、海は一人で母衣暮露の滝を目指していた。
大好きな空が見せる情け無い姿に加え、見知らぬ女に夢中になっている兄を思うと、海の胸中に黒いモヤモヤしたものが渦巻く。
そのモヤモヤを振り払おうともせず、イライラと海は歩を進めた。
川縁に着くと「グワッー!」と雄叫びが響き渡り、三匹の灰色の獣が現れた。
その中の一匹は一際身体が大きく、その右耳は潰れていた。
「邪狼なり!海よ気を付けるなり!!」
「あのボス狼は手強そうなり!!」
前鬼と後鬼が海に注意する。
「うん。センちゃん、ゴキたん…私を助けてね」
海が薙刀を構えた。
しかし…
「マズいなり!」と前鬼が声を上げる。
「妾達の力が出ないなり!」
後鬼も慌てたように海を見た。
そこには戦闘時にもかかわらず、マスコットサイズにしかなれていない前鬼と後鬼の姿があった。
「優が玉恵に惑わされて、人としての徳が下がっているなり!」
「徳が下がって、徳にまで影響してるなり!」
『こんな所まで、あの女の影が…』
イライラしながら海が叫んだ。
「私がやるから、センちゃんとゴキたんは下がって!」
そして、そのイライラをぶつけるように、九字印を切った。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
だが、その九字印に応えるものはなく、虚しく声が響くだけだった。
『何でよ…。摩耶夫人、ナーゴちゃん、阿那律、娑伽羅竜王、波夷羅、摩利支天、吉祥天…誰でも良いから応えてよ〜』
心の中で海が悲鳴を上げた。
「危ないなり!」
前鬼が飛び掛かってきた邪狼の攻撃を、手にした棍棒で防ぐ。
「コイツら、手強いなり!!」
後鬼も、もう一匹の攻撃を防ぎなら声を上げる。
その様子をニヤリと笑い、ボスの邪狼が牙を向いた。
ボスの邪狼が海に襲いかかる。
薙刀を両手で突き出し、剥き出しの牙を辛うじて躱わす。
反撃を試みるが、仏身の助けがない海の体力では、徳が上がったとは言えボスの邪狼にその切先は届かなかった。
前鬼と後鬼も、小さな身体のままでは邪狼の攻撃を躱わすのが精一杯で、海を助ける余裕がない。
どれほどの攻撃を躱しただろうか?
ついに海の体力が限界を迎える。
『ダメだ、殺られる!!』
絶望感に海がその場にへたり込んだ。
その頬を涙がつたう。
「空兄〜、兄貴〜!助けて〜〜!!」
海の悲鳴が響き渡る。
その時、何処からかボス狼に石礫が投じられ、ボス狼がそれを躱した。
そして「飛斬」「飛斬」と、前鬼と後鬼に襲いかかっていた邪狼に剣撃が飛んだ。
「「待たせたな海!!」」
そこには、慌てて駆け寄る空と優があった。
「遅いよ!空兄、兄貴!!」
膨れっ面の海に笑顔が戻る。
ふと見ると、前鬼と後鬼のサイズが小学生くらいにまで復活していた。
「我は前鬼!前鬼は戦鬼なり!!」
「妾は後鬼!後鬼は護鬼なり!!」
「よし、あの邪狼を退治するぞ!」
何かを吹っ切ったような空の声がコダマとなり、辺りに響き渡った。




