封印の旅『美しの郷編』 その1
「暗くなってきたな〜」
山間の山道を駆け抜ける空達は、神山村を出発し、次の巡所がある市場村を目指していた。
「無理して夜道を走るより、近くの村で一泊しようか」
空が、優と海に提案した。
「そうだな。無理して夜に邪鬼に襲われたら危ないかもな」
「私も、お風呂に入りたいな〜」
海が呟き、戦鬼と後鬼を抱きしめる。
その呟きに、前鬼の顔が強張り、後鬼の顔からは表情が抜けた。
そんな微妙な空気を払拭するように、空が声を上げる。
「皆んな…見てごらん!」
「綺麗〜!」
海がうっとりと川縁を眺める。
「これは見事だな!!」
優もその幻想的な光の乱舞を眺めた。
「光が大きいからゲンジボタルだな!」
空も、川縁を舞うホタルを神秘的な気持ちで暫し眺めていた。
「ようこそ、美しの郷へ」
宿屋の女将さんが明るい声で空達を迎え入れた。
神山から山道を超えてきたと告げると
「よう無事に来られました。最近、この辺りに邪鬼が現れて、村人も外に出られず難儀しているんですよ」と、女将さんが顔を曇らせた。
「それは心配ですね。それに、折角ホタルが綺麗なのに見に行けないのは残念ですね」
先程の幻想的な景色を思い出し、他に人が居なかった理由がわかった。
宿に入った空達は、先ずは食事を取ることにした。
「田舎料理で、お口に合いますかどうか?」と、並べられた料理は、アメゴ(アマゴ)の塩焼きに山菜やキノコが添えられた素朴なものだった。
「このアメゴって言う魚、身がホロホロで美味い!」
空が初めて食べたアメゴに感嘆の声を上げた。
「アメゴは清流にしか住まない魚なので、臭みも無くて食べやすいのですよ」と女将さんが自慢する。
「俺、梅干しって苦手だったけど、この梅干しはジューシーで食べやすいな!」
優がピンポン球程もある大粒の梅干しに感動していた。
女将さんが嬉しそうに優に応えた。
「この梅干しは、蜂蜜を使って食べやすくしているんですよ」
「このお汁に入ってる粒々って何ですか?食感が面白くて、美味しいわ」と、前鬼と後鬼を膝に抱いた海が女将さんに尋ねた。
「これは、そば米ですよ」
「そばって、麺以外で食べるの初めてだけど、ヘルシーな感じでとっても良い感じ」と、前鬼と後鬼に笑いかける。
「前鬼は、散らし寿司に入っている豆が、甘くて気に入ったなり!」
「後鬼は、スダチの香りが好みなり!」
前鬼も後鬼も、出された食事に舌鼓を打つ。
決して豪華な食事では無かったが、心のこもった料理に空達は大満足だった。
食事を終えた空と優は、何とか海から前鬼を勝ち取ると、汗を流しに温泉に入っていた。
「しかし、前鬼を取り上げられた時の海の悔しそうな顔は凄まじかったな!」
空が笑いながら前鬼を抱き抱えた。
「我は閻魔大王のせいで、勝手に護符に戻ることも出来ず、戦闘がなければこの身体のまま故、其方らが頼みなり!」
前鬼が頭を下げた。
その可愛い仕草と姿を見て優が笑う。
「しかし、海が執着するのもわかるな〜」
「ところで…」と、空が話しだす。
「この村に現れた邪鬼だが、俺たちで退治しないか?」
「そうだな。村の人も困っているし、俺たちなら問題なくやっつけられるだろう!」
「我は前鬼!前鬼は戦鬼なり!!戦いなら我に任せるなり!!!」
「私も行くわよ!」
隣の湯船から声が響く。
「ところで空兄。前鬼を取られた私の顔がどうしたのかな?兄貴も死にたいのかな?」
と温かなはずの温泉に、冷やかな空気が…いやブリザードが吹き荒れた。
「邪鬼が出たのは『ぼろぼろの滝』の辺りらしい」
女将さんに邪鬼の出る場所を聞いた空が地図を広げた。
「ボロボロって!」と海が笑う。
「母衣暮露の滝な」
優が地図を見て訂正した。
「いや、海も間違ってないみたいだぞ。修験者が衣服がボロボロになるまで修行した場所だからこの名が付いたらしい」
空が女将さんから聞いた情報を伝えた。
「そう言えば」と海が自分達の着ている白衣を見た。
「この白衣って、全く汚れたり破れたりしないのよね」
「弘法大師の加護のおかげだろうな」
「俺のはガイアの加護かな?」
「元の世界に戻ったら、私の服にこの加護を付けてくれないかな〜」と、海が罰当たりな発言をする。
空が苦笑いをしながら前方を指差した。
「滝が見えたぞ!」
「キャー!」
その時、滝の轟音に紛れて、甲高い悲鳴が響いた。
慌てて空達が走りだすと、川縁で若い女性が灰色の大きな獣に襲われていた。
その獣の姿を見て、空が一瞬戸惑い立ち止まった。
「飛斬!」
「破魔の魔弓」
優と海が、その獣に攻撃を仕掛けると、その獣は女から離れて逃げて行った。
優が「どうした空?らしくないぞ」と声を掛けた。
「すまない。きっと気のせいだ」
空はやや青ざめた顔で、気丈に応えた。
「俺が見てくるから、空はここで休んでろ。海も空を見ていてくれ!」と言い、優が女の方に掛けよって行った。
「修験者様ありがとうございました」
助けた女性は自分を玉恵と名乗り、優に礼を言った。
「玉恵さんは、何故一人でこんな山奥へ?」
優が問う。
「山菜を集めていましたら、あの獣が現れて逃げていましたが、この川原まで来たところで足を痛めて追いつかれてしまいました」と科を作った。
その時、少し斜めに身体を傾けた玉恵の胸元が開き、白い双丘とその先にある桜色の物が優の目に飛び込んできた。
慌てて目線を下に向けるが、今度は少しはだけた裾から覗く白い脚が若い優を誘惑する。
雑念を振り払うように頭を振った優が、少し赤く腫れた玉恵の足首を眩しげに見て、「よし、俺がおぶって行こう!」と膝を折った。
「まあ、修験者様ありがとうございます」と玉恵が優に身体を預ける。
背中に感じる柔らかな感触と先程見えた画像を思い出し、玉恵を背負いながら優は再び雑念を振り払うように、頭を激しく振った。
だが、耳元で玉恵が吐息を吹きかけながら…
「重くはありませんか?」
「修験者様は強くてたくましくですね!」
と、腕を回して胸元を擦り付ける。
「何よあの女。何だか怪しいわ!」
デレデレな優の顔を不機嫌そうに見ながら海がそっと呟いた。
「何だか臭うなり!」
前鬼も続く。
「そもそも優がモテるのが怪しいなり!!」
後鬼は容赦ない。
そんな様子を見ながらも、空の表情は曇ったままだった。
やがて、郷の外れに建つ一軒家に空達が着いた。
「ここが私の家にございます。お礼を致しますので、修験者様、どうぞお立ち寄りくださいませ」
玉恵が優の背から降りると、優に手を絡めて家の中に誘った。
その足取りは軽やかだったが…のぼせ上がった優はそれに気がつくことはなく、空と海も優を追うように家の中に入って行った。
アメゴとアマゴで迷いましたが、徳島県では一般にアメゴが多いようなのでこちらを採用しました。
イワナか鮎でも良かったのですが、アメゴの持つ上品な語感と柔らかさからアメゴを使っています。
※あくまでも個人の感覚です




