封印の旅『神山編』 その5
庭先に飛び出した玉藻が海を睨み、「野狐達よ…我が元に集まり、皆を喰い殺しておしまい!」と叫ぶ。
その声に応え、野狐が庭園に雪崩れ込んできた。
媛騎士達が薙刀で対抗するが、野狐の素早い動きに翻弄されていた。
真っ先に庭先に飛び出していた海が、破魔の弓を野狐に射掛け、媛騎士を援護した。
海に続いて庭先に飛び出したのは、前鬼と後鬼だった。
「我は前鬼!前鬼は戦鬼なり!!」
「妾は後鬼!後鬼は護鬼なり!!」
前鬼も後鬼も、小学生くらいのサイズとなり、嬉しそうに野狐を迎え撃つ。
「やはり、大きくなれば動きやすいなり!」
「優はもっと徳を上げて、妾達を元の大きさにするなり!!」
空と優も前鬼達に続き庭先に飛び出すと、剣を構えて野狐を迎え撃つ。
今回は、邪魔になる木がないため、空も優も剣を振りかざし野狐に斬りかかる。
優の徳も上がり、前鬼と後鬼も野狐を軽々と退治していた。
そして、海も破魔の弓で次々と野狐を射抜いていく。
全ての野狐を退治すると
「おのれ〜!覚えておれよ!!」と捨て台詞を残して、玉藻が隠れ郷から逃げ去っていった。
久しぶりに大暴れしてご機嫌の前鬼と後鬼が、再びミニサイズとなり、海に抱き抱えられる。
その海に媛巫女が深々と頭を下げた。
「海様、貴女様のおかげで、大宜都比売様の御心に触れることができました」
その時、海の頭に声が響いた。
『海よ、少しの間その身体を貸してくれ』
前鬼と後鬼を優に手渡すと、海の身体を通じて須佐之男が語り始めた。
『媛巫女よ、俺は須佐之男だ。あの日の大宜都比売とのやり取りを伝える』
その言葉に、静かに媛巫女がうなずいた。
『この顕国が出来た時、大地は荒れ果て人が口に出来る作物はなかった。大宜都比売は、それを憂いて、自分の神力をこの大地に広げ、作物を生み出す手助けをして欲しいと俺に頼んできた。だが、高天原の女神たる大宜都比売の神力を顕国に広げるには、その命を断ち身体を貶める必要があった』
海の身体より発せられる須佐之男の言葉が、哀しげに辺りを包んだ。
『そこで、大宜都比売が俺に言ったのが…』
と一息つく。
『この身体を糧とすれば、顕国の大地に我が豊穣の実りが栄えます。我は消滅するわけではありません。逆に、我が神体が顕国全体に広がり、この大地の繁栄を支えるのです。何を躊躇うことがありましょう…』だった。
『その言葉を受けて、俺は大宜都比売を手にかけた』
誰も口を開けることが出来ず、ただ風に戦ぐ梢の音だけが、優しく辺りを包み込んでいた。
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元の世界では、神山村の神領にある神社の一角で、月読と須佐之男が話し合っていた。
「媛巫女に伝えることができて良かったじゃない。でも、何でさっさと言わなかったのよ?」
「俺は高天原の鼻つまみ者だったからな。言っても無駄だと思ってたんだ…」
須佐之男が再びモゴモゴと言い訳する。
「だからって!」
「それに、滅私衆生 は仏界の考えだから、正直俺には理解出来なかった。大宜都比売が諸法無我 諸行無常 よと、俺に笑いかけてきたけど、その気持ちが分からなかったんだ」
思いを吐露し、つきものが取れたように穏やかな顔になった須佐之男が前を向いた。
「終わったことはもういいじゃないか。さあ、巡所の封印を続けようぜ!八番巡所は難所と言われる焼山寺山の頂上だな。ぐずぐずしてたら置いて行くぞ!!」
「待なさい。そんなに慌てても、空様達が封印の間に着くのはまだまだ先よ!」
慌てて須佐之男を追いかける月読の声も、どこか明るく、弾んでいるようだった。
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座敷では深々と媛巫女が頭を下げていた。
「海様、そして皆様、この度の御尽力誠に有難う御座いました」
「しかし、大宜都比売様と言うのは、凄い女神様だったんだな」
優が海の顔を見ながらつぶやいた。
「その大宜都比売様と同じく、鬼の籠の試練を滅私の気持ちで乗り越えた海も、素晴らしいよ」
空も海を誇らしげに見た。
「ホーホホホ!やっと妾の偉大さに気がついたか。兄貴よ空兄よ、もっと妾を褒め称えるが良いぞよ!!」
海が真っ赤な顔で照れ隠しの軽口を叩く。
前鬼と後鬼が生暖かく、そんな海をみつめていた。
空が媛巫女に向き直る。
「ところで媛巫女様。我らは厄災の封印を強化する為、巡所を巡っています。焼山寺山にある巡所をご存知でしょうか?」
「焼山寺山の頂上近くに、代々の媛巫女だけが立ち入りを許された祠がございます。恐らくは、そこが巡所なのでしょう。明日、ご案内しますので、本日は温泉に入られて、ごゆるりと御寛ぎください」
「温泉があるのね!!」
海の目が怪しく前鬼を捉えると、前鬼は蜘蛛の糸に捕らえられた蝶々のように怯え…後鬼の顔からは表情が抜け落ちた。
前鬼が救いを求め、空と優に目配せを送る。
「あー…前鬼は俺たちと•••」
「兄貴は黙ってて!!」
優が救いの手を差し伸べるが、海の剣幕に敢え無く撃沈する。
「今回は私が頑張ったんだから、センちゃん達と一緒に温泉に入るの〜!!」と、海が前鬼と後鬼を抱きしめて離さない。
空が諦めと憐れみのこもった目を前鬼に向けた。
その瞬間、前鬼は全てを悟る。
『これが滅私の悟り…なりか?』
その崇高な前鬼の魂は…遂に仏陀 の境地に達した。
「ほらセンちゃん、耳の後ろもしっかり洗おうね〜」
「ほらほら、肩までしっかり浸からないとダメでちゅよ〜」
「ゴキたんも、お肌がすべすべになって、気持ちいいでちゅね〜」
そこに「妾もご一緒させてください」と、媛巫女が乱入してきて…
その夜、甲斐甲斐しく前鬼と後鬼の世話をやく海と媛巫女の声が神山の温泉に響き渡り、村の夜は賑やかに更けていった。
この章を書くにあたり、徳島県神山町にある「上一宮大粟神社」を訪れ、筆者の勝手な解釈につき説明と謝罪の意味を込めて手を合わさせていただきました。
用語解説 基本的にはWikipediaを参考にしています
(1)【滅私衆生】注)造語
自らを犠牲として、大衆を生かすこと
(2)【諸法無我】
この世のあらゆるものは因縁によって生じたものであり、永遠不変の実体(我)は存在しないという考え
(3)【諸行無常】
この世のすべてのものは常に変化し、同じ状態にとどまることはないと言う仏教の教え
(4)【仏陀】
「悟りを開いた者」を意味する言葉




