封印の旅『神山編』 その2
『鬼の籠の試練、その娘が代表して受けよ!』
無慈悲な声が響く。
「「待ってくれ!試練ならば俺が受ける!!」」
空と優が叫ぶ。
『貴様らはその娘の試練を見届けよ。それもまた試練よ』
再び声が響くと、海は荒れ果てた荒野に一人で立ちすくんでいた。
そして、その周りには痩せこけて今にも死にそうな子供達が、食べ物を求めて彷徨い歩いていた。
慌てて手を差し伸べるが、その手は子供の身体をすり抜けた。
『ここは死者が落ちる餓鬼の世界。娘…貴様の試練は、この世界に救済を与え、餓鬼を救うことじゃ。貴様の試練が終わらぬ限り、残された二人も鬼の籠からは抜け出せぬぞ』
その言葉を残し、辺りは静寂に包まれた。
周りを見渡しても、草木一つない乾燥した大地が果てしなく続いていた。
その大地をユラユラと餓鬼が彷徨い歩く。
手を差し伸べようとしても、生者である海の手は餓鬼には届かない。
声を掛けようにも、餓鬼は食べ物を探して顔を上げることがない。
どれほどの時が流れたのだろうか?
鬼の籠に囚われた空兄と優兄貴は無事だろうか?
救いなく彷徨い歩く餓鬼を見て、海が涙を流す。
その涙が大地に落ちると、そこには一本の青々とした草が生えていた。
慌ててその草を引き抜き、餓鬼に渡そうとするが…瞬く間に枯れてしまい、餓鬼の世界に生者の世界からの救いは届かない。
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元の世界では、月読が須佐之男に詰め寄っていた。
「それで?…大宜都比売に頼まれたってどう言うことよ??」
「食べ物を行き渡らせるために、自分の身体をこの大地に拡散して欲しいと…」
「はあっ?アンタ、それで高天原 を追放された体を装って、国中を彷徨い歩いてたの?バカじゃない!何で言わなかったのよ!!」
須佐之男が消え入りそうな声でつぶやく。
「だって…彼女の死に関わったのは間違いないし、大宜都比売からも、黙っていて欲しいと言われたから…」
「でも、大宜都比売は死ぬ必要があったの?生きたままでも何とかなったんじゃない??」
「顕国 の大地に作物を根付かせるには…天界の女神の身体を捨てる必要があったんだ」
須佐之男が泣きそうな声で答えた。
「はあー!まあいいわ。今更言っても仕方ないけど、媛巫女にはきちんと説明しなさいよ。詳しい話はその後で教えてちょうだい」
かつての須佐之男の行動に意味があったことを知り、月読はホッと胸を撫で下ろした。
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海が試練を受けている姿を、鬼の籠と呼ばれる暗い結界内に囚われた空と優も見ていた。
「何だよ、この試練!絶対に無理ゲーじゃないか!!」
プリプリ怒る優の横で、空は静かに手を合わせ、海の無事を祈っていた。
やがて、海の涙から草木が生える。
一瞬、光明が見えたかと思われたが、瞬く間に草木は枯れてしまった。
それを見た空が、青ざめた顔で天に向かって叫んだ。
「海の試練を止めてくれ!後は俺が引き継ぐ!!」
『それは出来ぬ。あの娘が試練を乗り越えぬ限り、其方らは先には進めぬ!』
「待て、此処には俺が残る。海と優は解放してくれ!」
あまりの剣幕に優が驚く。
「どうしたんだ空。一瞬だが草木も生えたし…あと一歩じゃないのか?」
「その一歩は…絶対に踏み越えたらダメなんだ!」
空の叫び声が響き渡る。
『流石は『智慧の利剣』を持つだけはあるか。良くぞ気がついたな』
厳かな声が天から降り注ぐ。
「ふざけるな!命を何だと思っている!!」
「え、どう言うことだ?」
優がキョトンと空を見る。
「あの餓鬼がいる世界は死者の世界。あの世界に干渉するには…海も死者になる必要があるんだ」
苦しそうに空が優に伝えた。
「何だと〜!そんなこと許せるか!!」
優も天に向かって叫び声を上げた。
『慌てるな、これは試練と言ったであろう。それに、あの娘…驚くほどの強運の持ち主と見える。間も無く試練は終わるであろう。神領の隠れ郷に向かい、媛巫女と共に八番巡所の封印を成し遂げよ』
その言葉を聞き、慌てて海の姿を見る。
その時見えたのは、海が自分の胸に短剣を刺す姿だった。
「「やめろ〜」」
その時、海の姿がかき消える。
ふと気がつくと、いつの間にか結界が消えており…笑顔で笑う海がそこに立っていた。
ーーーー
自分の涙に生えた草木が一瞬で枯れた時、海はその事実に気がついた。
「死者の世界を救うには…あの世界に行かないとダメなんだわ」
その事実に心が押し潰されそうになる。
しかし、空兄や優兄貴の笑顔を思い出し、あの2人だけでも救い出さねば…と気丈に前を向いた。
そして、飢えに苦しむ餓鬼達を救ってあげたいとの思いが溢れ出す。
その時•••
『よくぞ頑張りましたね。貴女には妾が使いの猪を助けてもらった恩もあります。妾がこの試練を手助けをしましょう』と、優しい声が天に響いた。
「貴女は?」
『妾は摩利支天 。海よ、妾の御力を纏いなさい』
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
そこに顕現したのは、先程助けた猪の上に立つ摩利支天だった。
「我が身体は既に仏身なり、仏身宿りて我となす。
仏身一体 摩利支天纏身」
そして、摩利支天の御力を纏った海が、覚悟を決めて自らの胸に短剣を突き刺す。
『『やめろ〜』』
何処からか、空兄と優兄貴の声が聞こえた気がした。
海は餓鬼の世界に立っていた。
食べ物を求め彷徨う餓鬼。
飢えと渇きに苦しみ、喉を掻きむしる餓鬼。
力なくうずくまり、ただ涙を流す餓鬼。
その姿に海の目に涙が溜まる。
「仏身一体の行 昇泪降雨」
海の涙が天に昇り、雨となって乾いた大地に降り注ぐ。
辺りには見る間に草木が生い繁る。
そして、海の涙が降らせた雨が餓鬼に降り注ぐと、餓鬼の身体が光に包まれ、赤子の姿となり天に昇華していった。
『妾は陽炎。誰も妾を傷つけることは叶わず、ひとときの死も、陽炎の幻惑にすぎません。さあ、生なる世界に戻りない』
そして摩利支天が天に帰って行った。
やがて、天から厳かな声が響く。
『餓鬼達は輪廻転生の輪に戻った。これで鬼の籠の試練は終わりじゃ。其方であれば、媛巫女の説得も叶うであろうな。さあ、仲間の元に帰るが良い』
気がつくと、周りには木が立ち並び…心配顔の空と優が、試練を乗り越えた海を眩しそうに見ていた。
用語解説 基本的にはWikipediaを参考にしています
(1)【高天原】
日本神話における天上界
(2)【顕国】
人々が暮らす地上の世界
(3)【摩利支天】
陽炎や日の光が神格化された女神。 猪に乗る姿で描かれることが多い。陽炎や日の光の如く人々を護る護身の神。




