封印の旅『神山編』 その1
高野山秘の院では、七番巡所の封印を終えた日孁が、直公と向かい合っていた。
「狐尾娘に苦戦して以降は、空様達は順調に進んでおりますよ。安心してください」
「ありがとうございます。これも、日孁様、月読様、須佐之男様の御尽力のおかげに御座います」
日孁がうなずくが、ふと顔を曇らせた。
「しかし、次の八番巡所は難所、神の山にあります。鬼の試練を越え、隠れ郷に辿り着き、媛巫女様に御尽力を願う必要があります」
「我が子空も、海様も天部の御力を纏うようになり、優様の徳も上がっております。必ずや、神の山の試練も乗り越えるでしょう」
直公が力強く日孁を見た。
「心配事は他にもあります…」
日孁が暗い顔でつぶやく。
「媛巫女様が、須佐之男の加護を受ける海様を受け入れて、御尽力下さるかどうか。それに、隠れ郷に僅かですが邪の気配を感じます」
日孁が祈るような目を、遠く四国の地に向けた。
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「あらあらセンちゃん、ほっぺにアンコがついてますよ〜」
海が前鬼の頬をハンカチで拭いながら、「おいちいでしゅね〜」と笑い、後鬼の目が冷ややかに光る。
そんな海と前鬼•後鬼を見ながら、空もおはぎを一口頬張る。
「本当に美味いな。しかし、この『お接待』って言うの、嬉しいな!」
「ああ、見ず知らずの旅人に、お茶やお菓子をタダで提供してくれるんだからな。だけど、いきなり『【はんごろし】はどうですか?』と言われた時は驚いたぜ!!」
「前鬼は、控えめなアンコの甘味が気に入ったなり!」
「後鬼は、この粒々感が残る餅米の食感が気に入ったなり!!」
「海は、食べすぎて太るのが怖いなり!!!」
と、3人と前鬼、後鬼は『お接待』を受けていた。
こちらの世界でも、四国の寺院を順番に廻る巡礼の風習があり、巡礼者をもてなす『お接待』があった。
「確かに【はんごろし】は凄いネーミングセンスだよな」
「餅米を半分潰したのが【はんごろし】で、完全に潰したら【ぜんごろし】か。上手いこと言うよな」
温かなお接待の【はんごろし】を食べ終え、お茶をすすると、七番までの巡所を封印してきた疲れが一気に取れた気がして、3人は元気に立ち上がった。
「よし、行くか!」
「次の八番巡所は神山の神領村だな」
それを聞いて、空達のお接待をしていたお婆さんが、
「お前様達、神領村まで行くのかえ?ならば、鬼籠野の難所に気を付けなされよ。あそこには鬼の棲家があると言われておってな、鬼の棲家を抜けたら、神領の隠れ郷が姿を現すと言い伝えがあるでな」
と、心配そうに声をかけた。
「ご馳走様でした」
空達はお接待の御礼を言って、山道に足を向けた。
「凄い山道だな」
「普通の人なら行き来するのも大変だろうな」
「でも、空気が美味しいわね」
空達は徳が上がり、今では普通に歩くスピードが、一般人が全力で走る程の速さになり、疲れも全く感じていなかった。
「しかし、三番巡所から七番巡所までは楽勝だったな〜。空と海は天部の仏を纏えたし、前鬼と後鬼も小学生くらいの大きさになったもんな!」
「兄貴…変なフラグが立つから、あんまり調子に乗らない方がいいよ」
「優、油断大敵だぞ!」
「そうなり、優はすぐ調子に乗るなり!」
「優は気を引き締めるなり!」
「そ…そんな〜!!」
全員から責められ、優は涙目だった。
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「ぐずぐずしないで。ほら行くわよ」
「わかったよ。そんなに急かすなって」
元の世界では、月読と須佐之男が同じく神山を訪れていた。
「貴方が嫌がるのも分かるけど、いつまでも逃げてちゃダメでしょ」
「別に逃げてる訳じゃ…」
月読の鋭い指摘に、須佐之男の反論は消え入りそうになっていた。
「媛巫女様に、大宜都比売 の事を謝って、きちんと説明するチャンスでしょ!」
「謝れって言っても…あれは大宜都比売の方から•••」と尚もモゴモゴ言う須佐之男に、「男ならウジウジしないの」と月読が『バシン』と背中を叩いた。
「いて〜」と言う須佐之男の叫び声がコダマとなり、神山に響き渡った。
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奥深い山道を歩いて(走って?)いると、何かの物音が聞こえてきた。
『ブヒッ…』『ブッ…ブッ』
海が耳に手を当て「何か声が聞こえない?」と周りを見渡す。
「あそこなり!」
「猪が怪我をしているなり!!」
そこにいたのは、怪我をしてうずくまる猪と、その子供のウリボウが猪を心配そうに取り囲んでいた。
「もう大丈夫だからね」と海が猪とウリボウに優しく声を掛けて、傷ついた猪に手を当てる。
「行 癒光慈界」
すると、たちまち猪の傷がふさがり、元気に立ち上がった。
ウリボウも嬉しそうに、猪と海の足元を走り回る。
前鬼と後鬼も、同じくらいのサイズのウリボウに抱きついて「可愛いなり!」などとはしゃいでいる。
やがて猪は名残惜しそうに頭を下げ、ウリボウと共に山奥に帰って行った。
「もう、癒しの行を使うのに、手助けは必要ないみたいだな。仏身一体で御力を纏わなくても、発動が出来ているし」
空が猪が去っていった方を見ながら、海に話しかけた。
「うん。徳が上がって、簡単な傷くらいなら、行が使えるようになったみたい。空兄も兄貴も、怪我をしたら私が治してあげるからね」
海が可愛いらしく、力こぶを作る真似をした。
その後、しばらく山道を進むと…
•••••• ヌルリ ••••••
と、何か透明の膜を抜けたような感覚が肌を刺した。
「気を付けるなり!」
「結界の中に入り込んだなり!!」
前鬼と後鬼が海の腕の中から叫んだ。
すると、何処からともなく声が聞こえてきた。
『修験者達よ。貴様らは鬼の籠に入り込んだ。そこから抜け出し、神領の隠れ郷に進みたくば、鬼の試練を受けてもらう!』
用語解説 基本的にはWikipediaを参考にしています
(1)【大宜都比売、又は大宜都比売命】
阿波の国の女神であり、阿波(粟)から食物の女神と言われる。※諸説あり
注)須佐之男が大宜都比売を斬り殺した理由は、作者の(こうであって欲しいと言う)恣意的な考えを入れています。




