始まりの章 その2
【空の試練】
何もない空間を漂う空に向かい、何処からか声が響いた。
『其方には、天岩戸を通る徳は備わっておるようだな』
『ならば、其方に問う…』
『仏身一体の悟りとは、如何なるものと考える。確と答えよ』
空はしばらく考え、その言葉を宙に発した。
「色即是空 空即是色 と考えます」
すると、興味深げに声が響く。
『ほう、何故そのように考えた』
「仏身一体により色は顕現しましたが、それは光…即ち空となりました。では仏が空かと言えば、我が身を纏う光として確かに存在していました。そこにあるが、そこには無い。だが、形を変えて存在する…なので、色即是空 空即是色 と答えました」
『ワハハハハ。その齢で真理の一端を語るか!!』と、笑い声が響き渡る。
『見事な答えじゃ。その智慧| (1)に対して、この太刀を授けよう』
と告げると、空が手にする金剛杖が一振りの太刀に変化した。
「では、試練を与える。その『智慧の利剣』で、我を満足させて見せよ」
空はその場で精神統一を行い、徐に「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」と九字印を切る。
「我が身体は既に仏身なり、仏身宿りて我となす…『仏身一体、羅睺羅纏身!!」
その姿は何処にも力みが無く、自然体であった。
いつ、その太刀は抜かれたのか?
緩やかな動きの中に、刹那の煌めきが迸る。
「仏身一体の行 神技 破邪斬断」
その一撃は、邪を斬り払い、空間をも切り裂く斬撃を生み出した。
『ふむ、見事じゃ。其方の徳であれば、まもなく天部を召喚することも出来るであろう。苦難は多いが、仏神の加護は常に其方と共にある』
満足そうな声が、試練の終了を告げる。
『試練を乗り越えた証に、其方の金剛杖に加護を加える。杖、槍、太刀と自由に変化し、長さも思いのままとした。大事に使うが良い』
「貴方様はいったい…?」と尋ねる空に…
『吾はここに有る。だが、ここには無い。色即是空 空即是色よ。道は険しいが…其方ら3人が寄れば、我の知恵 も閃くであろう!!ワハハハハ…』
言葉を残し、その気配が消えた。
気がつけば、空は再び天岩戸の前に戻っていた。
ーーーー
【海の試練】
同じ時、海は海底にある竜宮城にいた。
立ち竦む海に「お姉ちゃんが試練を受けるの?」と、幼い声がかけられた。
「あら、貴女はここの娘かしら?」
「うん、ボクは竜女。この竜宮城の王、娑竭羅竜王の娘だよ」
竜女と名乗った女の子が可愛く笑いながら、海に近づいていく。
「ねぇお姉ちゃん。ボクのお友達になってくれる?」と、あどけなく首を傾けた。
「もちろん!」と海が優しく笑いかける。
「その取って付けたようなボクっ娘設定と、嘘くさい作り笑いを…今すぐ止めるならね!!」
「あれ?外したかしら。那伽に聞いてたのと違うのね!」
ニヤリと笑う竜女の目が鋭くひかり、瞳孔が縦に割れた。
「ナーゴちゃんは大好きよ。あなたと違って、とっても素直なんですもの!」
「今の状況が解ってるのかしら?」
竜女が本性を表す。
海は一歩も引かず…
「あら?竜王の娘だから、敬えと言いたいの?お友達になって欲しいんじゃなかった?」
「フフフ、いいわ…合格よ!」
「竜王が娘の私を前にその態度。地位や状況に負けず、自分を貫くその胆力…試練を受ける資格があると認めます」
「それに…お友達になって欲しいのは本心よ。その証に…その薙刀と破魔の弓を貸して」と薙刀と破魔の弓を手にすると、呪文を唱えた。
すると、薙刀と破魔の弓がイヤリングに変化した。
「これなら、邪魔にならないでしょ!薙刀は杖ににも変化するから!!」
「ありがとう。その笑顔でいてくれるなら、お友達になれそうね」
『あっちの世界から、愛しい須佐之男様も手助けしてるみたいだから…ちょっとサービスしちゃった!』
竜女が海を嬉しそうに見た。
「じゃあ、海お姉ちゃんへの試練だけど…この丸太を真っ二つにしてちょうだい」
海が、大人の胴体ほどの丸太を見て、目を見張る。
不可能とも思える試練だが、何故か海は、その丸太を切り裂けることを確信していた。
目を閉じ念を込めると、イヤリングが変幻し薙刀に戻った。
手にした薙刀に、竜の加護を感じる。
チラッと竜女を見るが、海は更に深く集中を高めた。
すると、何処からか海に力が流れ込むのを感じた。
その力を身体に宿すと、静かに目を開けた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
すると、そこに顕現したのは那伽だった。
「我が身体は既に仏身なり、仏身宿りて我となす…『仏身一体、那伽纏身!!」
「仏身一体の行 神技 竜斬一閃」
その後には、真っ二つになった丸太が転がっていた。
「試練は合格よ!じゃあ、頑張ってね〜!!」と竜女が手を振ると、海の視界が暗転し…気がつけば天岩戸で待つ空の隣に立っていた。
ーーーー
【優の試練】
優は閻魔大王の前に立ち、ガタガタと震えが止まらなかった。
『俺は死んだのか?』
ふと見ると、川の袂に亡者が並び、向こう岸に渡るのが見えた。
『あれが三途の川か?』と怯えながら、閻魔大王の言葉を待った。
「優よ、そんなに怯えんでも良い!其方の事はイザナミから聞いておるし、月読の神力も感じておる!」
「イザナミ様は分かりますが、月読様とは?」と尋ねる優に、「その内わかる時が来るであろう」と言葉を濁す。
「閻魔帳を見る限り、試練を受ける資格に問題はないな。ほう、助けがあったとは言え、仏身一体の行も使いこなしたか!」
「しかも、その懐にある護符は…」
閻魔大王は、豊かな顎髭を触りながら改めて閻魔帳に目を落とした。
「なるほど、可愛い妹に手を焼いておるか」と笑い、「ならば、徳が上がっても、前鬼と後鬼の姿は今のままとしておこう。もちろん、戦いの時は別じゃ」と、護符に手をかざした。
そして、優の持つ剣に目を光らせた。
「その『ガイアの剣』にはイザナミの加護がかかっておる。その剣は常に大地と共にあるであろう」
「では、試練じゃが…」と、10m程離れた木に成っている果実を指差した。
「ここからあの果実を切り落としてみせよ」
小さく見える果実を見据え、優は困惑した。
『まさか、この剣を投げる?いや違う!違うはずだ!!』と小さく首を振った。
気を取り直し、深呼吸をして大地に目を向ける。
すると、手に持つガイアの剣から、何かの意思を感じる。
その意思を我が物とすべく更に集中する。
ゆっくりとガイアの剣を腰溜めに構え、足を開き半身となった。
更に深く息を吸いこむと、大地の力に加えて、何かの力が後押しするのを感じた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
「我が身体は既に仏身なり、仏身宿りて我となす…『仏身一体、羅刹纏身!!」
吸い込んだ息を吐きだし、鯉口を切る。
「仏身一体の行 神技 飛斬」
神速の速さで振り抜かれた刃から、斬撃が飛び出し、果実を二つに切り裂くと、ガイアの剣は大地に還って行った。
「ふむ…空の加護、海の加護、大地の加護に加えて、神界の加護までが揃うか。ならば、厄災の封印を成し、島喰いを止められるやもしれんな」
「優よ、試練は終わりじゃ。四国に渡り、空と海を助け、厄災を封印せよ」
闇が優を包み、気がつけば空と海が隣に立っていた。
天石門別神が3人に目を向けた。
「ふむ、全員が封印の岩戸を通る資格を得たようだな」
そう告げると、軽く手を振る。
すると、天石門別神の後にある石戸が『ゴゴゴ』と動き、石室が現れた。
石室の中には机があり、判子のようなものが置かれていた。
天石門別神が厳かに告げた。
「その御朱印を其方らが持つ納経軸に押すが良い。それが、次の石戸を開ける鍵となる」
空と海は菊理媛に手渡され、優は小角から預かった納経軸に御朱印を押した。
「これで、準備は完了だ!さあ、四国に行こうぜ!!」
3人の笑顔は、一つの試練を乗り越えた喜びに溢れていた。
用語解説 基本的にはWikipediaを参考にしています
(1)【知恵と智慧】
『知恵』とは、知識や教養、学問を通じて得られるもので、人間が未知のものを学び、理解する過程で培われるもの。
『智慧』とは、物事の本質を見抜く深い洞察力や真実を見極める力。
(2)【利剣】
煩悩や邪気を打ち破る智慧や仏の救いの力の象徴
(3)【仏の位について】
本作は四国巡礼をベースとしたフィクションです。
大日如来を最高位として、「如来」「菩薩」「明王」「天部」「羅漢」の順としています。




