エピソードZERO 【前編】
短編として公開済みの導入部分を修正しています。
長いので、前後編に分けています。
『第3話 旅立ちの章 その1』からが本編となります。
仏教用語と造語が混在しますので、後書きに用語集を載せています。流れで読んで頂いても大丈夫ですが、気になる方は参考にしてください。
〜それは遥か昔の話〜
その地は四方を海に囲まれた島國であった。
海には巨大な渦潮が来るものを拒み、地には魑魅魍魎が跋扈するその地を、人は死の國『死國』と呼び恐れ慄いていた。
どれくらいの時が経ったであろうか?
死國の海岸に真っ白な法衣に身を包み、金剛杖を手に立つ一人の若き修験者がいた。
「ここが死國か」と感慨深げに呟き、「この地で『徳』を積み『行』を重ね、必ずこの死國を平和な地にしてみせる」と決意を口にして、死國の地に足を踏み入れた。
ある日、修験者が死國の地を歩いていると、山の中から「助けて〜」と声が聞こえてきた。
修験者が慌てて駆けつけると、一匹の子狸が妖狐と小鬼に襲われ、今にも殺されそうだった。
「貴様ら、弱い者虐めはやめろ」と叫びながら金剛杖を振り翳し、妖狐と小鬼を退治して子狸を助けた。
助けられた子狸が修験者の手を握る。
「修験者様ありがとう。オイラの名は金長って言うんだ。御礼に狸の郷に案内するね」
「修験者様、私はこの狸の郷の長『茂右衛門』と申します。この度は邪鬼共から孫の金長を助けて頂きありがとうございました」
「この地に住む者は、皆が妖狐や小鬼などの邪鬼に悩まされておりますが、全ては厄災と呼ばれる九尾の妖狐の仕業にございます。この地が死國などと呼ばれるのも、厄災の支配によるものにございますれば…」と忌々しげに話し出す。
「厄災には88もの能力があり、しかも配下に死天王と呼ばれる強力な邪鬼が控えます…」
「更にはその手下にも妖狐や小鬼などの邪鬼がおり、私らを従えようと攻撃してきます。また、人族の村にも手を延ばしているようです」と、死國の状況を教えてもらった。
その夜は、狸の郷で修験者を歓迎する宴が繰り広げられた。
金長狸が甲斐甲斐しく、鯛や伊勢海老を皿に乗せる。
「修験者様、死國は四方を海に囲まれているから、海産物が美味しいんじょ」
「私は修行中の身故、酒は呑めぬが…これは美味い。酒呑みの気持ちがわかるな〜」と料理に舌鼓を打つ。
やがて、何処からか『チャンカチャンカ チャンカチャンカ』と陽気な鉦に太鼓と三味線、笛の音が響き、『ヤットサー ヤットヤット』と威勢の良い掛け声を掛けながら、郷の狸達が踊りを繰り出した。
「修験者様も一緒に踊ろうよぉ」と手を引く金長狸に、「いや、私は踊れぬが…」と尻込みする。
「決まった形はないんじょ。音に合わせて手と足を出すだけなんじょ」と金長狸が笑いながら手を引いた。
今はまだ名もないその踊りに興じながら、郷の夜は更けて行った。
その頃死國の奥地では、邪鬼の頭領である『九尾の妖狐』が、気配を敏感に感じ取っていた。
「厄介な修験者が、我が領土に入り込んだみたいだね~。ちょっと様子を見ておいで!」
「厄災様を煩わす修験者など死天王が一人、この飫炉血が血祭りにしてみせましょう」
蛇に似た顔から二股に割れた舌を出しながら息巻く。
「おやおや、相変わらず騒がしいでありんすね~」
同じく死天王の一人、絡新婦が茶化す。
「若くて良い男ならば、私の糸で絡め取って可愛いがってあげるでありんすよ」
「くだらん。人族の修験者ごとき…奴も含めて大した事はなかろう」苦々しけにつぶやくのは、死天王の一人酒呑童子だ。
すると暗闇から突然、「厄災様よ。気になるならば、玉藻前 に変化して自ら見てくればよかろう?」と声が掛かる。
厄災が暗闇に向かい、「おや、気になるのは其方の方ではないのかえ?同じ修験者として捨ておけぬか?」
「貴様、顔も見せず厄災様に不敬であるぞ…」と、酒呑童子が声を荒げると、「はいはい、大した事のない人族の修験者は退散いたします。では皆さん頑張ってね〜」と、薄笑いの混じった声が遠ざかっていった。
「厄災様、何故あのような得体の知れぬ修験者を、死天王に…。多少は妖術が使えるとは言え、所詮は人族にございますぞ」と、忌々しげに酒呑童子が厄災に詰め寄る。
「まあ、奴はあれで良い。好きにさせておけ」と暗闇の奥に目を向け、「妾が気配を感じ取れぬとはねぇ…役小角、喰えぬ奴よ」
狸の郷に別れを告げた修験者は、山谷に分け入り、海岸線を南下しながら修行を積み、徳と行を高める修行に明け暮れていた。
死國の最南端が近くなる頃、金長狸を思い出す。
『可愛い子狸だったな~。大事な郷の長の跡取りだからと、皆の感謝も驚くほどだったし・・・』
その時天を裂くような大声が響く。
「修験者よ、見つけたぞ!!」
「我が名は飫炉血。死天王にして厄災様の第一の家臣である。厄災様の憂いを断つ為に貴様には此処で死んでもらう」と、引き連れた邪鬼を嗾けた。
修験者は金剛杖を振り翳して防戦するが、邪鬼の数が多く、徐々に傷が増えていく。
修験者の命は風前の灯かと思われた。
その時、「修験者様を守れ〜」と狸の軍勢が現れ、邪鬼に挑みかかった。
それは、狸の郷の皆が修験者の危機を知り、助けに来たものだった。
「修験者様、今のうちにお逃げ下され。飫炉血は私が引き受けます」と茂右衛門狸が現れた。
「茂右衛門殿かたじけない・・・」
修験者が逃げ切ったのを確認し、「皆よくやった。我らも逃げるぞ」と茂右衛門狸達は山に帰って行った。
飫炉血から逃げだすことに成功した修験者が、傷ついた身体に鞭を打ちながら歩いていると、『その先に洞窟がある。其処に隠れて御仏の悟りを学ぶが良い…』と、何処からか声が聞こえてきた。
その声に導かれ、疲れ傷ついた身体を癒すように、御厨人窟と呼ばれる洞窟に身を寄せ、自らの徳と行を見つめ直す。
そこに朝日が一筋の道を示しながら降り注ぐ。
「これは・・・大日如来の御導きか」と、御厨人窟の奥から一面の海と空を眺めると、その道は海を越え、空を巡り天界へと続いていた。
「あぁ、この果てしない空と海、決してこれを忘れてはならぬ…吾はこれより空海と名乗る」
その姿を、死天王の一人であるはずの役小角が物陰から見守っていた。
「やれやれ、やっと悟りの一端に至り、真如 を体得したか。素質はありそうだが、仏身一体 は羅漢が精一杯と言ったところか」
「天部、明王、菩薩そして如来 に至るまでの悟りの修行は厳しいぜ・・・坊や」
御厨人窟を出て水平線を見つめる空海。
すると、そこに再び邪鬼の軍勢が押し寄せ、「無様に逃げ回るのが貴様の修行か?」と、嘲笑うような飫炉血の声が響く。
「この前は狸供に邪魔されたが、今回は助けは来ぬぞ。死ぬ覚悟は出来たか?」
修験者が飫炉血を真っ直ぐに見つめ、「吾が名は空海。飫炉血よ、吾が悟りの一端を受けよ」と九字印を切る。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前 」
すると、天界への道が開け、一体の仏身が空海の前に顕現 した。
『我は帝釈天。我を召喚せし者は且方か?天部である我を呼び出すには、徳も行も足りておらぬようだが…』と首を捻り、『ふむ、何やら忌々しげな奴が蔭から手引きしておるようだな』と岩陰を睨んだ。
『少しばかり手を貸したが…召喚したのが帝釈天とはね〜。見どころがある坊やだが、センスがイマイチだな〜』とつぶやきながら、行小角は闇に消えていった。
『ふん、大人しく地中に籠っておれば良いものを・・・。まあ良い、空海とやら、我の御力を纏い、飫炉血とか言う邪鬼を祓うが良い』
すると空海が「吾が身体は既に仏身なり、仏身宿りて吾となす…『入我我入』 」と、両手を合わせ呪文を唱える。
それこそが、仏身と身体が一体となり、即身成仏 に至る悟りの境地だった。
「帝釈天よ、吾に御力を授けたまえ…仏身一体、帝釈天纏身 !!」
すると空海の身体から後光が広がり、帝釈天が光となり、空海の身体を纏った。
そこには空海の姿をした帝釈天が…いや帝釈天の御力を宿した空海が、飫炉血を真っ直ぐに見つめていた。今この時、帝釈天は空海であり、空海は帝釈天であった。
「出でよ金剛杵」と空海が叫ぶと、手にした金剛杖が金色に輝き、両端が雷の形で三又に分かれた金剛杵に変化した。
「『雷帝釈放!!!』」と空海が唱えると、金剛杵の先端から稲妻が迸り、邪鬼共を祓っていく。
「残るは貴様だけだ」
「天部を纏った程度で、死天王に勝てると思うな」と、飫炉血がその舌をチョロチョロと蠢かす。
「そこまでだよ飫炉血。今日の所は帰っておいで」と何処からか声が響く。
「厄災様、この様な若造を一捻りにするのは簡単でございます」と、納得のいかない顔で飫炉血が応えるが、「妾の言う事が聞けぬと申すのかえ…」と声が響くと、飫炉血が悔しそうに空海を睨みつける。
「空海よ、次に会うときには覚悟しろ」
「厄災様、何故呼び戻した」と、飫炉血が厄災に詰め寄る。
「帝釈天ごときに我が遅れを取るとお思いか」
「仕留めそこなって、徳が上がると厄介だからねぇ。殺るなら確実に殺らないとね」と飫炉血を下がらせる。
厄災が、『小角の動きも気になる故、奴が尻尾を出すまでは、空海は泳がせておこうかねぇ』と、誰もいないはずの暗闇を睨みつけ呟いた。
あれも書きたい、これも入れたい…と詰め込みすぎて、収拾がつかなくなっていますが、何とか書き切るため頑張ります。
10話までは毎日更新します。
以降は3日おきペースでの更新予定です。
用語解説 基本的にはWikipediaを参考にしています
『宗派により差がありますが、本作は基本的に四国巡礼をモチーフにした創作のため、真言宗を基本としています。但し、あくまでもフィクションであり、筆者が素人のため詳しい宗派の差などはわからない部分もあり、この点はご理解ください』
~用語集~
(1)【玉藻前】
妖狐の化身。若い女性でありながら大変な博識と美貌の持ち主であり、天下一の美女とも、国一番の賢女とも謳われた、九尾の妖弧が人に化けた時の姿。
(2)【真如】
ありのままの姿。万物の本体としての、永久不変の真理。宇宙万有にあまねく存在する根元的な実体。
(3)【仏身一体】注)造語
仏の身体を取り込み一体となること。
(4)【仏の位について】
仏の位は『大日如来』を最高位とし、『如来』『菩薩』『明王』『天部』『羅漢』の順としています。
(5)【臨兵闘者皆陣列在前】
九字護身法で、災難除けや戦勝などを祈る作法。
意味は「臨む兵、闘う者、皆 陣烈(裂)れて(きて)前に在り」。
(6)【顕現】
目に見えない存在が、姿を現すこと。
(7)【入我我入】
仏の三密(身(身体) 口(言葉) 意(心))が自身に入り、自身の三業(身(身体) 口(言葉) 意(心))が仏に入ることで、仏と一体の境地になること。
(8)【即身成仏】
人間が現世の肉体のままで仏になること。生きたままで仏になること。
(9)【纏身】注)造語
仏神の御力を身体に纏うこと




