深夜2時のインターホン
初投稿作品です。
和んでいただけたら幸いです。
ピンポーン。
……あぁ。
ピンポーン。
ピンポーン。
……あぁ、またか。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
…………あぁっ!! うるせぇっ!!
俺はたまらずベッドから飛び起き、苛立ちを抑えてドアへ向かう。
覗き穴を覗き、目を左右に動かして辺りを確認するが、誰もいない。俺は溜め息を吐いた。
「何なんだよ、毎晩毎晩…………」
****
このところ毎夜、俺の住むアパートの部屋のインターホンは何者かによって鳴らされ続けていた。
時間は決まって深夜二時。
いわゆる、草木も眠る丑三つ時だ。
初めは部屋を間違えた酔っ払いの住民かと思った。だが、眠い目を擦って覗き穴を覗いてみても外には誰もおらず、その場を離れる足音すら聞こえない。
この時点では俺もインターホンが壊れたのかと首を傾げるくらいで、特段このことを気に留めなかった。
しかし、翌る日の夜──。
ピンポーン。
ピンポーン。
「だーっ!! またかよっ!!」
再び深夜にインターホンが鳴った。
イライラしながら時計を確認すると、二時ピッタリの時間だった。
さすがに何かのイタズラかと思い、俺はまた覗き穴を覗く。やっぱり外には誰もいない。勿論足音もせず、ドアを開けても夜闇の静寂だけが広がる。
「………………」
俺は、背中がヒヤリと冷たくなるのを感じた。
──それから毎晩、深夜二時になると決まってインターホンが鳴らされる。そして外を確認しにいくと、誰もいない。
そんな夜を過ごしながら俺は現在に至っている、というわけだ。
(……今日で、ちょうど二週間目か?)
目が冴えて変に寝られなくなってしまい、俺はスマホをいじりながらぼんやりと考える。
正直言うと、最初の三日目までは怖かった。得体の知れぬ何かが俺を狙っているんじゃないかと思い、体を震わせ布団に潜っていたぐらいだ。
だが、その得体の知れぬ何かはインターホンしか鳴らさず、他に何かするわけではない。
しかも、覗くかドアを開けるかすればインターホンの音も止まるから、俺は段々コイツをただの時間を守るタイプの非常識インターホニスト(※インターホンを押す者の意)にしか思えなくなっていったのだ。
今だってほら、小腹が空いたから夜食を食べるくらいには余裕がある。
「うめぇ……」
醤油味のカップ麺を啜りながら、俺はインターホニストについて思う。
そもそも夜なんてどの季節も大体十九時くらいから始まってるのに、何でよりによってど深夜の二時を選んでんだよ。
こっちは昼間働いてぐっすり寝てるってのに、絶妙に嫌な時間に起こしやがって。
モラルがない。圧倒的にモラルが欠けている。インターホニストを元人間の幽霊だと仮定して、お前生前こんな時間にインターホン押すか? 押さないだろ。
段々腹が立ってきた俺は、勢いよく麺を啜った。この時間に食べる背徳感もあってか、いつもより美味く感じる。
「……せめて、時間変えてくれねぇかな」
この際、インターホンは鳴らしてもいい。
だが、深夜はやめろ。
こういうの、どうすれば理解してもらえるんだ? 貼り紙か? ドアに貼り紙でもしておけば読んでくれるもんなのか?
「うーん……」
何も分からないが、これ以上俺の安眠を脅かすというのであれば、何か対策を打たねば。
というわけで次の日の朝、俺はとりあえずドアに貼り紙を貼ってみた。
『インターホン利用可能時間9:00〜21:00』
「よしっ!」
完璧だ。
本当は二十時までにしようと思ったが、宅配の再配達とかがあるかもしれないとの考慮で二十一時までにした。
これなら、夜だけど俺はまだ全然起きてるからインターホニストに対処出来るし、再配達は受け取れる。
皆、Win-Win。よっ! Love and Peace!
俺はその日、安心して床に就いた。
──が。
ピンポーン。
ピンポーン。
「嘘でしょっ?!」
俺は頭を抱えた。読めねぇのかよ、字。
貼り紙作戦は失敗に終わった。
「何か、次の手を……」
多分、インターホニストは幽霊なんだろうから、塩でも盛ってみるか? 博多の塩とか美味しいし、せっかくだから美味い塩でも盛っておけば、舌も唸るわ鼓を打つわで綺麗に成仏してくれるかも。
「ないっ!!!!」
迂闊だった。塩がない。
こないだ使い切ってから、すっかり買うのを忘れてた。
「じゃあせめて、何か代わりになるものは……」
戸棚をゴソゴソ探ってみるが目ぼしい代替品は見当たらず、俺は己の乏しい自炊事情を恨んだ。
あまり期待せず、一応冷蔵庫も開けてみる。
すると、これが目に入った。
「これ、使えるんじゃねぇか?」
それは、味噌だった。
塩、というか塩分は相当含まれている。
ということは、塩とも遜色ないはずだ。
いや、もう塩です。アナタは味噌ではありません、塩です。今日から塩と名乗りなさい。
俺は早速小皿にたっぷり塩を盛り、ドアの前に置いた。
「今日こそは安心して眠りにつけるぞ!」
ようやく、心から安堵出来──
「野良猫のミーちゃんっ!!!!」
ない、出来ない。俺は迂闊過ぎる。
アパート前に住み着いている地域猫、ミーちゃんの存在を忘れていたのだ。
味噌なんて塩分の高いもの、万が一ミーちゃんが舐めてしまったら大変なとこになる。
「ミイイィィイイちゃああぁぁああん!!!!」
俺はドコドコ走って急いで小皿を回収する。幸いすぐに気付いたので、誰も何にも手などつけていなかった。
「よ、よかったよおおぉ……」
けど、これでは盛り塩など到底出来そうもない。というか、もうこっちとしてはミーちゃんのために猫用パウチとか置いときたい。
──で、その日の深夜二時。
ピンポピンポピンポピンポピンポーン。
「とうとう連打してきてる!!」
アレンジを加えられ、いよいよ俺の我慢も限界だ。でも、どうすりゃいいんだ一体……。
──次の日、深夜一時五十五分。
俺はベッドの上で正座をし、気を鎮めていた。
決めたのだ。腹を割ってインターホニストと話し合おうと。
話が通じるのかとか、危険な目に遭うんじゃないかとか、色々思うことはあるが、こっちだって気持ちよく眠りたいのだ。
良い睡眠のためには、戦うしかない。
(……そろそろ時間だな)
時計の長針が十二時を指す。
二時だ。
ピンポーンピンポーンピンピンピンポーン。
その瞬間、インターホンの音が鳴った。それも、昨日よりも心が弾むリズミカルさで。
俺はゆっくりと、ドアの前に移動する。
「……おい、インターホンを鳴らす人(?)!」
俺はドアの向こうにいるであろうインターホニストに呼びかけた。
「最近ずっとこの時間に俺の部屋のインターホンを鳴らしてるけど、一体何でなんだ! アンタのせいで、俺は毎日寝不足なんだぞ! いい加減にしろっ!!」
周りの部屋に響かぬよう、声を抑えて気持ちをぶつける。
すると、ずっと鳴り続けていたインターホンの音がピタッと止んだ。
『……ア、アナタ、わたしのインターホンのファンではないのですか……?』
ドアの外からか細い声が聞こえる。
その声は不思議なことに、男性なのか女性なのか判別がつかなかった。
いや、今はそんなことどうでもいい。
それより、聞き捨てならないワードが聞こえた。
「何、インターホンのファンって?」
『えっ…………?』
ドアの外の声は明らかに戸惑いを帯びているが、俺の問いには答えてくれた。
『……インターホンのファンって言ったら、わたしの奏でる"インターホンミュージック"のファンか? ってことに決まっているでしょう……?』
「…………インターホンミュージックの、ファン…………?」
俺は、止まりそうな思考を必死でフル稼働させる。
『略して"インターファン"。……何つってね』
ああ、余計なことを……。
「…………違いますよ…………」
『…………違うんだ…………』
俺は、嘘は付かない。
ドアの向こうのインターホニストに、しかとそう伝えた。
『アナタ、毎晩ドアの前に来てわたしを覗いてくれるものだから、てっきりわたしのミュージックを楽しみにしてくれているのかと思っていました。だから』
「違いますよ」
『ちょ……まだ、話してる途中なのに……。で、でも、だからわたし、覗かれると恥ずかしくなってミュージック中止しちゃってたのを申し訳なく感じていたんですよ』
インターホニストの哀愁の溜め息が、俺の部屋の中にまで響き渡る。
『でも……真相は違うんですね。なら、アナタに迷惑はかけられない。わたしは違うお部屋に向かいます。さようなら……アディオス・アミーゴ……』
「え? ちょちょちょ、ちょっと待てっ!!」
一歩的に情熱的な別れを告げられ、去られる前に俺は慌ててインターホニストを引き留めた。
『まだ、何か?』
「ありまくりだっ!! 違う部屋に行くって、アンタもしかして他のとこでも深夜二時にインターホン鳴らす気じゃないだろうな?!」
『もしかしなくても、そうです』
「やめなさいっ!!!!」
災厄か、お前は。留めてよかった。
『えーん……。じゃあ、わたしはどこでミュージックを奏でればよろしいのですか……?』
インターホニストはおいおいと泣き出してしまった。さすがにちょっと可哀想だな。
「俺の部屋でいいよ……。他に被害者を出すわけにもいかないし」
『ぐすん、ありがとうございます……』
普通に嫌だが、泣かれると弱い。
俺は渋々、インターホンミュージックとやらの継続を受け入れた。
「ただし、今までの深夜二時スタートはやめてくれ! 読めてなかったっぽいが、前に貼り紙にも書いた九時から二十一時までの時間なら俺も我慢してやる!」
『ああ。あの貼り紙全然読めてたんですけど、読んだうえで無視してました』
「くそーーっ!!!!」
──その後、俺は必死でインターホーニストに説得をして、何とかインターホンの利用時間を守らせることに成功した。
『うふふっ。ではミュージック、スターッツ!!』
ピンポンピンポンピンピンポン。
インターホニストは、今日も朝から楽しそうにインターホンを奏でる。以前よりも、リズムに幅が出てきたようだ。
「……そういえば、お前の正体は結局何なんだ?」
ずっと聞きそびれていた最大の疑問を、俺はインターホニストに尋ねた。
『え? うふふっ、決まっているでしょう。わたしはただのインターホンミュージック好きの幽霊です!』
「あ、そう……」
俺は心の中で呟いた。
(思ってたよりそのまんまだったな……)
そのまま心にしまっておこう。
それにしても、何か眠くなってきたな……。
『おや、お休みですか?』
「ああ、ちょっと横になる。そうだ、よく眠れるリズムでインターホン押したりなんて出来るか?」
『そんなの、お安い御用です。ほいっ』
インターホニストの奏でる音楽が軽快に、だけれど眠りに誘う心地よいリズムへと変化する。
「あぁ……。これ、昼寝にいいな……」
『アナタ、すっかりわたしのミュージックを聴いて眠れるようになってるではありませんか。また深夜に奏でてさしあげましょうか?』
「それは勘弁して……」
微睡む意識の中、俺は緩く抵抗しながらやがて眠りについた。
遠くに聴こえる楽しげなインターホンの音楽が、夢の世界に彩りを加える──
〜おわり〜