零
遙か昔、平安と呼ばれる頃、式神を従えた陰陽師が都を護っていた。時に安倍晴明は「狐の子」として恐れられ、忌み嫌われていた。彼に仕えた「十二天将」。彼に寄り添い、喧嘩し、笑い合い…
いつの日からか彼に仕えた「十二天将」は、伝説となった。約1300年の時を霊界で過ごす彼らは、未だかつての主を求めている。
「はっつもーでー♪はっつもーでー♪」
時は現世、高校1年生である、緋村れんは、家族と共に初詣に来ていた。
ーしかし、彼女はまだ知らない。自分の運命をー
赤い鳥居が緋村家を出迎える。正月、寅の刻。
「はっつもーでー♪はっつもーでー♪」
るんるん気分で境内を歩くジーンズにダウンジャケットを羽織った黒髪長髪の女の子。
彼女は高校1年生の緋村れん。何気ない日常を送るしがない女子高生、いわゆるJKである。
「なんでこんな時間に来ようと思うかなー。俺が朝苦手なの知ってるよね?」
ぐだぐだ文句を言うこの男、れんの兄、緋村晴武。「将来は警察官で大手柄を取ってみせる!」といつも言っている警察学校に通う生徒である。
「別にいいじゃん。込むまえに来た方が良いよ!ねえ、お母さん。」
「そうね。早めに来て正解だったかもね。」
温厚そうなこの女性、れんの母、緋村恵梨香。緋村家随一の天才であり、天才外科医として活躍している。
「おーい、早くしなさい。お参りをしてから、親父のところに顔出しに行くんだから。」
すっごい強面なこの男、れんの父、緋村晴哉。れん自身も父が何の職業に就いているか分かって居らず、父に尋ねて返ってきた答えが「公務員」だった。
「はーい、今行きまーす。お母さん、お兄ちゃん行こう!」
「なんでそんな元気なんだよ~」
「さすが、運動部ねww警察学校現役生も勝ってこないみたいww」
『主?帰ってきてくれたのですか?』
謎の男の声が風と共にれんの周りを回っていく。
『主、みな、貴方様の事をお待ちしておりました。』
「へ?何言ってるの?」
「れん、何かあったの?体調優れない?」
「ううん、お母さん。大丈夫なんだけど…」
『主、〈騰蛇〉も、〈太裳〉も貴方様に会えるのを楽しみにして居るのです!今すぐお呼び出しください!』
「え、ちょっと、どういうこと?」
「れん、早くしなさい。」
父の声で風と声が止んだ。
「あ、うん…」
「…れん、後で話がある。」
「あ、OK。」
その後私たちはお参りをしてからおみくじを引いた。
「さあて俺の今年の運勢はっと」
「お兄ちゃん、わくわくしてんねww」
「そりゃあ、前回凶だったんだぜ?絶対今年はいいはず!」
《小吉》
「……ありゃりゃ」
「なんで大吉じゃねえんだよーーーーー」
「でも、凶じゃないだけ良かったじゃない。今年は、あら、中吉ね。」
「俺の今年の運勢が…れん、おまえはどうなんだよ!」
「えっと…」
《末吉》
「末吉だって」
兄はニヤリと笑い、れんの背中をさすり始めた。
「末吉かー、俺の小吉よりも縁起悪そうだなー。とうとうれんにもつけが回ってきたか?ww」
「いやいや、小吉の方が小さい吉なんだから、縁起悪そうじゃん!」
「…ちなみに小吉よりも末吉の方が縁起悪い。」
そこまで黙っていた、父が言う。
「え、うそ」
「うーい、やっぱ俺の方が良いじゃんかよww」
また声が聞こえる。
『主に対してそんな言い方をするとは、生かしておけぬ!わが霊術であの世に送ってやる!』
「いやいや、ちょとま…」
れんがそう言いかけた途端、兄は急に立ち止まる。
「ちょっと、晴武大丈夫?」
「いや、なんか足が田んぼにはまったみたいな感じで、抜けねえんだよ!」
「な!?」
父が曇った表情を浮かべ、兄に近寄る。母は、何が何なのか分からず困惑している。
「ちょっとお母さん、大丈夫?お父さん何とかしてよ!」
「うっさい!今は黙ってろ!」
れんは久しぶりに父の怒った顔を見た。でもそれと同時に"お父さん何か知ってるんじゃ"とそう思った。
【我が呼びかけに答え、今ひとたび力を貸せ。我は其方の主にして、陰陽師が一人、緋村晴哉。其方に告ぐ。このものにかかっている霊術を解け、〈青龍〉!】
父がそう叫んだ途端、青い着物を着た女性がれんの前に現れる。
『晴哉様、貴方様の願い聞き届けました。今ひとたび力をお貸しいたします。』
彼女がそう言った途端、れんの周りはまるでお花畑のような優しい風に包まれた。
「綺麗…」
〈青龍〉と呼ばれた女性はれんを見た途端、驚いた顔をしたが、その後黙って微笑んだ。
近くの草木が揺れる。
気づけば、その女性と優しい風は消えていた。
『…青龍…なぜ…このお方こそ、我らの主であらされるのに…』
「え、ちょ、どういうことなの…」
謎の声と共にあったはずの風が止んだ。
「晴武、大丈夫?」
困惑が収まった母が兄に聞く。
「おう、なんかよく分かんねえけど、大丈夫だと思う。」
「よかった。」
「…今の術は、もしや…〈勾陳〉の土霊術か…ならば、今までの声は…」
ブツブツと父がよく分からないことを話す。〈勾陳〉に〈青龍〉や〈騰蛇〉、〈太裳〉。
彼らは誰なのか、れんには分からなかった。
れんの青いカバンに付いているお守りの鈴が風に吹かれ、ちりんちりんと鳴っていた。