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転生先がナーロッパだと誰が言った?

 薄暗い部屋の中、小学校の入学祝いに買ってもらった学習机に置かれたパソコンの前でいつものように推しのVtuberであるスアマたんの配開始を待っていた。


 高校を中退して自室に引きこもるようになってからというもの、友人もおらず家族からも腫物扱いされる日々。

 俺を肯定してくれるのはスアマたんだけなのだ。


「皆、今日も配信始めるよ~」


 画面の向こうのスアマたんが俺に語りかけてくれる。

 この時間だけが現実を忘れて楽しめる唯一の時間だった。

 そんな至高の時間を部屋の扉を叩く音が邪魔をした。


「タカシ、あんたそろそろ30才だろう。いい加減働いたらどうなの?」


 部屋の外からババアの声がする。

 推しによってもたらされた小さな幸福感は嘘のように消え失せて、どす黒い感情が一気に湧き上がる。


「うるせえ、ババア!!! 殺すぞ!!!」


 目の前の学習机を力いっぱい叩きながら部屋の外のババアにその感情を思い切りぶつける。


 そもそも働けと言われても俺には無理なのだ。

 数年前、一度だけハローワークに行ったことがある。


 その時に面接の練習や履歴書の書き方を教わったりしたが、対応した職員から


「君、本当に20歳を超えているの? 履歴書の文章なんて小学生の作文以下じゃない?」


 などと言って嘲笑された。

 あれ以来就職活動はしていない。


 そんな俺の苦労など知ろうともしないババアが悪いのだ。

 もう少し俺の気持ちに配慮してくれれば働いてやろうという気も起きるのに。


 大きな音に驚いたのか、部屋の前から感じた人の気配はどこかへ消えた。

 この程度で逃げるようなら最初から話しかけないでほしいものだ。


「はあ……はあ……」


 最近は運動をしていないから少し息が上がってしまった。

 だが、これで改めてスアマたんの配信に集中できる。


「うっ…………」


 そう思っていたのだが、いつまで立っても動悸が収まらない。

 そればかりかどんどん呼吸が苦しくなる。


「きゅ、きゅうきゅう、……しゃ」


 か細く絞り出した声は誰にも届かない。

 俺はそのまま意識を失った。


 ……………………

 …………

 ……


『おめでとうございます。あなたは転生者として選ばれました。もう一度だけ人生を謳歌できます』


 頭の中にシステム音のような無機質な声が響く。

 ここはどこなのだろう?

 さっきは息が苦しかったのに、今は何ともない。


『おめでとうございます。あなたは転生者として選ばれました。もう一度だけ人生を謳歌できます』


 同じ案内がもう一度聞こえた。

 …………転生?


「まさか、これは異世界転生!?!?」


 異世界転生という言葉は俺にとっては馴染み深い言葉だ。

『小説家になろう』というサイトで様々な異世界転生物の小説を読んでいたからだ。

 俺が愛読していた小説ではチート能力を持って転生し、転生先の異世界で無双するのが定番のストーリーだった。


 そうすると、日本での俺は死んだのかもしれないが、あんな下らない人生のことなどどうでもいい。

 それよりもどんな風に転生するかが肝心だ。


『あなたは望むものを3つだけ選んで取得した状態で新たな世界に降り立ちます。何を望みますか?』


 再びシステム音が聞こえる。

 どうやら好きなものを3つも持ち込めるみたいだ。


「最強の力がほしい!」

『最強、というのは曖昧で定義付けができません。もう少し具体性を持たせてください』

「融通が利かないな。それならまずはソードマスターのスキルがほしい!」

『ソードマスター、とは何でしょう?』

「どんな剣でも自在に操れる能力だ」

『了解です。一つ目の希望は剣を自在に操れる能力とします』


 好きな能力を選ぶことができるとはいえ、主人公であれば剣は外せないだろう。

 ポンコツな音声ガイドに説明を加えつつ一つ目の能力を手に入れた。


「次は……剣士には剣が必要だな。聖剣をくれ!!」

『聖剣、とは何でしょう?』

「聖剣は聖剣だ。強い剣のことだ」

『了解です。二つ目の希望は強靭な強度を持つ剣とします』


 剣士として活躍するならば相棒となる剣は必要不可欠だ。

 転生先で都合よく聖剣と巡り合えるか分からない以上、剣も持ち込んだ方がいいということに気づけたのは大きい。

 我ながら自分の頭の良さに感心する。


「そうなると……最後の3つ目には魔法の力をくれ!」

『魔法の力、とは何でしょう?』

「炎とか氷とかで敵を攻撃できるんだ。そのくらい分かれ!」

『了解です。三つ目の希望は炎や氷で敵を攻撃する能力とします』


 いくら剣士といえど、剣がないと戦えないのは不便だ。

 一応魔法も使えるようにしておこう。


 魔法も知らないガイドのせいで属性は炎と氷の二つになってしまったのは残念だ。

 本当は全属性の魔法が使える方がかっこいいのに。

 まあ、二属性でもよしとしよう。


『それではあなたの希望を反映し、転生先の世界へお送りします。良きセカンドライフを』


 全ての希望を伝え終わると、意識が朦朧としてきた。

 ここから俺の物語が始まると思うと、ワクワクが止まらなかった。


 ……………………

 …………

 ……


「ここは、どこだ……?」


 目が覚めると俺は公園のベンチのような場所で目が覚めた。

 周囲を見渡すと日本の風景とあまり違わない光景が広がっていた。


 石畳の広場の中心にある噴水を囲むように等間隔にベンチが置かれている。

 遠くには大きなビルも見えるので、ここが本当に異世界かどうかも怪しいものだ。


 しかし、頭に耳を生やした獣人がいたり、空を飛んでいる人を乗せた怪鳥が飛んでいることがここが日本でないことを主張している。

 俺が思っていた異世界とは全く違う様相を呈しており、腰にぶら下がっている聖剣を生かせそうな場面が全く想像できない。


 とにかく、探索をしなければ何も始まらない。

 そう思い、歩き出そうとしたところで不意に声をかけられた。


「君、こんなところで何をしているの? その剣は本物? 見せてもらうよ」


 声をかけてきたのは二人組の男……だった。

 正確には二人とも獣人で見た目から性別は分からないが、少なくとも声をかけてきた方のやつは男らしい声をしていた。


 まったく同じ服装をしており、一人は俺と会話し、もう一人は数歩離れた距離からその様子を黙って見ながら無線と思しき道具で誰かとやり取りをしている。

 何となく日本に住んでいた頃の警察に近い印象を受ける。


「あ……俺、転生してきたばかりで……」

「転生? 訳が分からないことを言ってないでその剣を見せて」


 目の前の獣人は苛立った声で俺の聖剣を奪うと、鞘から刀身を抜いて注意深く観察した。

 そしてさらに声が険しくなる。


「これ、本物の剣だよね? どこで手に入れたの? こんな危ない物持ってたらダメだよね?」

「あ……はい……」

「ちょっと署まで付いてきてもらおうか」


 俺は獣人に腕を掴まれ、されるがままに連行された。

 獣人の高圧的な態度に腹が立って仕方がないが、ここで逆らって問題を起こすべきではないと自制し、黙って獣人に従った。


(俺が本気になれば魔法を使っていつでも殺せるんだぞ)


 連行されている間はそんなことを考えていた。


 ……………………

 …………

 ……


 その後、警察署と思われる施設に連れていかれて様々な質問を受けた。

 氏名、住所、年齢、聖剣の入手方法、入手目的、その他細かいことも含めて数日間拘束された。

 答えられることも答えられないこともあったが、どうやら住所不定の無職がたまたま剣を拾ったものとして処理され、聖剣は没収、そして俺は生活支援を受けることが決定した。


 警察署から役所と思しき場所に移動させられ、様々な書類に記入をしてようやく俺は転生先での生活を始めることができた。

 アパートの一室を借りることができ、食事は定期的に保存食が届くらしい。

 ただし、労働をする意欲を見せなければこの支援は打ち切りになるらしいので、就職活動はしなければならない。


 だが、俺がかつて『小説家になろう』で読んだ小説の中にはスローライフ系の話や職業系の話もたくさんあった。

 冒険者になれればベストだが、それが無理でも可愛いヒロインたちに囲まれて楽しく生活できればそれでいい。


 日本では中卒という肩書が大きく足を引っ張ったため、まともな就職先がなかったが、ここは異世界だ。

 学歴だけで差別される不当な扱いは終わり、俺の真の実力を発揮するチャンスが待っている。

 想定外の始まり方ではあった異世界生活だが、ここから今度こそ俺の物語が始まるのだ。


 ……………………

 …………

 ……


 あれから2か月ほどが経過した。

 俺は今だに無職のままだった。


 日本と似ているとはいえ、異世界にやって来たという新鮮さで最初の内は就職活動にも積極的に取り組んでいたが、結局誰も俺を採用はしなかった。

 そもそも仕事を調べても冒険者をはじめとした戦いで生計を立てる職業は存在せず、平和な世界のため軍人の一般募集すらない。


 また、魔法についても調べてみたが、この世界で重宝されている魔法はエネルギーとして活用可能なものであり、俺も火属性の魔法でそれができないか確かめたが、結果は不発だった。

 理由は後から分かったのだが、俺の魔法は攻撃対象がないと発動しないからだった。

 転生の際のポンコツガイドのせいで、せっかくの魔法能力が戦いでしか使えない仕様になっていたのだ。


 役所の職業支援窓口のやつは、飲食店での接客や、工事現場での仕事を紹介してきたが、そんな仕事では俺の持つ剣や魔法の才能は生かせない。


 それでも就職活動をする振りだけでもしないことには生活支援を打ち切られるかもしれないので、渋々面接に行ったこともあったが、どいつもこいつも履歴書を一目見たり、俺と少し話しただけで不採用を言い渡した。


 もしかしたら俺が異世界人だから差別されているのかもしれない。

 この世界のやつらは碌でもないやつしかいないのだろうか。

 そう思うと、急にこの世界で誰かの奴隷みたいに働くことが馬鹿らしく思えてきた。


 就職活動を始めて最初の三日が過ぎた頃には、俺はすっかりやる気をなくしていた。

 そうしてなんとなく就職活動の振りだけ続けて、生活支援を頼りに生きている。


(俺は何のためにこんな世界にいるのか……)


 役所から指定された住処である部屋はとても狭く、また室内には娯楽になりうるものは何もない。

 ただ寝て起きるだけの空間。

 部屋の隅には味気ない保存食の入った箱があるだけだ。


(旨いメシが食いたい……ゲームがしたい……スアマたんの配信が見たい……)


 何もない部屋の中で思い出されるのは、かつての日本の生活だった。

 失って初めて有難みが分かる。

 当たり前に享受していたあの生活は全然当たり前ではなかったのだ。


 気が付くと目から涙があふれていた。

 30才近い男の本気の涙だ。


 ……………………

 …………

 ……


「…………夕方か……」


 泣き疲れて眠っていたのか、気が付くと太陽は傾き、夕方になっていた。

 結局今日も何もせずに一日が終わる。

 ため息を吐きつつ、小腹が減ったので部屋の隅の保存食に手を伸ばす。


 その時だった。

 ピンポン、と音が鳴りインターフォンが来客を告げた。


 この部屋を訪れるのは役所からの生活調査員くらいのものだが、この時間に来るのは珍しい。

 居留守を使うと支援の打ち切りになる可能性があると釘を刺されているので、仕方なく玄関に向かい扉を開ける。


 しかしそこにいたのは生気のない生活調査員ではなかった。


「こんにちは。いきなり押しかけてごめんなさい。あなたが異世界人のタカシ?」


 目の前に現れたのは夢かと見紛うほどの獣人の美少女だった。

 日本人離れした金髪をなびかせ、ぱっちりとした目元は愛嬌ばっちりで、ピコピコと動く猫のような耳は可愛らしく、しかもおっぱいが大きい。

 絶妙に谷間が見えやすい服を着ているので、自然と胸元に引き付けられる視線を何とか持ち上げ、彼女の顔を見て答えた。


「あ……はい。俺がタカシです」

「やっと会えた!! 私、あなたを探していたの。私の名前はトラコ。よろしくね!」


 トラコと名乗る女の子は自己紹介をすると、無言で立ち尽くす俺の手を取って握手してくれた。

 女の子の手を握ったことなど小学生の時以来だが、こんなに柔らかいものなのかと感動した。


「えっと、その……どうして、俺を……?」

「そうだった。ごめんね、一方的に話しちゃって。タカシは今、仕事って決まってる?」

「それは……その……まだ決めてない」

「なら丁度良かった! タカシにしかできない仕事があって、それをお願いしたかったの!」


 どうやらトラコは俺に頼みたいことがあるようだ。

 突如現れたヒロインからの依頼。

 これは激アツだ。


「もちろん、トラコ……ちゃんの頼みなら、聞くよ? けど、俺でできることなの?」

「ありがとう、タカシ! 仕事っていっても全然難しくないから大丈夫。私の仲間がね、個人のお客さん相手に商売をやってるんだけど、契約が決まった相手に商品を渡して、代金を受け取る仕事をする人が足りてないの。だからタカシにも手伝ってほしいなって思って声をかけに来たの。もちろん、役所で紹介されるような仕事なんかよりも何倍も稼げるよ!!」

「それくらいならできそうだけど、どうして俺に?」


 トラコの説明する仕事の内容は確かに俺でもできそうな内容だった。

 こんな美少女と一緒に仕事ができるなんて願ってもない話だが、心のどこかで引っかかりを感じる。

 どうしてこの子は俺なんかのところにわざわざ訪れたのだろう。


「そうだよね。やっぱりそこが気になるよね」


 トラコはそんな俺の疑問にも笑顔を絶やさずに答えてくれた。

 天使のような子だ。


「実は、知り合いからこの辺りに転生者を名乗る人が引っ越して来たって聞いたの。転生者ってことは慣れない世界で一人孤独に生きているってことだよね? それってすごく大変なことだよ。だから私はそんな人の助けになりたくてあなたを探していたの。今まで頑張ったね。タカシの苦労はすごく分かるよ。だから今、報われる時が来たんだよ!」


 トラコの言葉は俺の心にスッと入り込んで来た。

 そして、今までの苦労は今この時のためだったのだと確信した。


(そうか。俺はこの子と出会うために生まれてきたのか)


 俺の脳内には既にトラコから紹介された仕事で稼いで、トラコに告白し、結婚し、子供を設けて幸せな家庭を築いているところまで想像できた。


「ありがとう……ありがとう」

「タカシ、泣いてるの? 大丈夫、明日からは幸福の精算が始まるんだから」


 長く、苦しい人生だったが、これほど幸せな気持ちになったことはない。

 俺の物語は今度こそ、本当にここから始まるのだ。

ゴールドタイガーには気を付けよう!!

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