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宇宙掴み

作者: 市流 望

 


 家への帰り道、ふと空を見上げた。空には雲が浮いていて、私はなんとなく「自分の人生のようだ」と思った。


 私はこれまで19年間の人生で何も成し遂げた覚えがない。他人に流されるまま生きてきた。特にしたいこともない、ありきたりな人生。きっといつかあの雲のように誰にも覚えられることなく消えていくのだろう。


 だから一人になるとつい呟いてしまう。空を見上げながら皆が言うように──


「隕石でも落ちてこないかなあ」


 ──突如空に一点の光が現れた。落ちてきたのだ、隕石が。しかしそれは私が想像していたより遥かに小さい隕石だった。

 期待はずれだ、などと思う暇もなく、そのぴかぴか光る物体は目の前に降りて来た。

 思わず衝撃に備えて耳を手で覆い目を閉じたが、不思議なことに衝撃音が響いてこない。恐る恐る目を開けると、前方5メートルくらいの位置に金属球が浮いていた。金属球はバスケットボールくらいの大きさで、傷一つ付いていなかった。

 隕石というよりUFOである。なんとなく写真でも撮ろうとポケットからスマホを取り出したその時、ガンッという音がして金属球が地面に落ちた。取り落としそうになったスマホを慌てて掴み数歩後退したが、本当に驚くのはそのあとだった。

 なんと金属球の上半分が開き、中から白い煙が湧き出してきたのだ。

 私が警察に通報するべきか迷っていると、煙に続いて黒色のスライムのようなものが球の中から現れた。スライムは球から出ると、むくむくとその体積を増していった。

 やばい。そう思うと同時に私はその物体に背を向ける。このまま警察に行ってこのことを伝えよう。


「──ア、あー……はじめましテ、驚かせテごめん」


 突然私の後ろで声がした。私はギリギリと音がなりそうなくらいゆっくりと首を後ろに向ける。

 そこには私と同じくらいの背丈の女の子がいた。驚いたのは、服や声も私と全く同じこと、そして額に黒光りする石のようなものがついていること。


「あー、言葉通じてル?」


 私は無言で頷いた。彼女(?)は不安そうな表情だったが、私が頷いたのを見ると安心したように胸を撫で下ろした。


「私はフィン。君たちガいうところの宇宙人かナ。あ、でモ危害を加えルつもりハないかラ安心しテ」


 手を慌てたように動かす姿は本当に人間のようだったが、その度に光を反射する黒石がフィンの正体を示していた。どうやら本当に宇宙人らしい。


「その石……」


 私は恐る恐るフィンの額を指さした。すぐに、地雷を踏んだかもしれないと気付き口を閉じたが、フィンは額に手を当てると「アア」と言って答えた。


「これは高性能ナ機械でネ。できルだけ高い位置に付けテおくように言われテるんダ。でモ君たちの……君の名前ハ?」


「……佳奈です」


「佳奈のいル星ではこんなもの付いテいる生物はいないみたいだネ。隠しタほうがいいかナ」


 そう言うと、フィンの手がネチョネチョした黒いスライムに変わり、肥大化し始めた。私は驚いて声も出せない。

 10秒程でフィンの手は元通りになり、その手には黒いパーカーが握られていた。フィンがそのパーカーを着ると、額の黒石はすっぽり覆われて見えなくなった。


「そんなに大切な石なの?」


 どろどろの生物には驚いたが、どうやら敵意はないようなので少し質問してみる。


「うン、人でいうところの脳みたいなものかナ。私がこの星の言葉ヲ普通に話せるのもこレのおかげだし、超高性能の集音機能もあルよ。体の中にもあと2つあるけど見ル?」


「いやいいよいいよ!」


 私が慌てて断ったのは、フィンが自分の腹に手を突っ込み始めたからだ。服も溶けているのを見ると、フィンの衣服は全てスライム製なのだろう。


「それより、フィンの星のことを聞きたいな」


 自分と同じ格好をした人が自分の腹を抉る姿はなかなかにグロかったので、私は話題の転換を図る。


「そう? 話してもいケど……ちょっと場所を変えよう。さっきの墜落で人が集まっテきてル」


 フィンは宇宙船を自身の腹に仕舞いながらそう言うと、そのまま私の手を取って歩き始めた。不思議なことにフィンの手はべとべとすることもなく、本物の人間の手のような温もりがあった。


「私の星は世界が統一されてから数千年絶対王政が続いてルんだけど、クローン技術が発展してから下級国民の扱いが酷くなってネ。宇宙探査のためにいつ死ぬか分からない旅に放り出されタり、使い捨ての労働者にされたり。かくいう私もクローンなんだけどネ」


「フィンがクローン?」


「そう、でも私なんかまだマシなほう。他のクローンの中には、食用にされるものもあっテ……あ、ごめん。気分悪くさせたかナ」


 フィンは心配そうな顔で私の方を見る。しかし私はフィンの置かれた境遇の方が心配に思えた。


「フィンこそ大丈夫なの? そんな奴隷みたいな扱い受けてて」


「私は大丈夫! 宇宙探検は比較的自由だかラ。亡くなった仲間たちには悪いけど、楽しくやってるヨ」


「そっか」


 私はそれ以上何も言えずに、しばらく無言の時間が続いた。フィンは特に変わった様子もなく歩いていたが、突然思いついたように言った。


「そうダ佳奈、こんなのはどう?」


 途端にフィンの体が溶けて黒い粘液に戻り、ぐねぐねと動く。


「ちょ、何してんの! あんまり派手にやったら見つかる!」


「ダイジョウブ。マワリニヒトハイナイ」


 合成音のような音でフィンは返事した。


 待つこと約20秒、そこには一頭の巨大なユニコーンがいた。真っ白な体に鋭い一本角。それは御伽噺に出てくるユニコーンそっくりだった。


「ユニコーンだヨ。これなラ頭に石がついてても違和感なし!」


「違和感はともかく、問題は大ありだよ! ていうか、声私のままじゃん!」


「注文が多いなあ。じゃあこレでどう?」


 フィンは再び姿を変えると、今度は私と同じくらいの背丈の少女になった。パーカーを着ているのは変わらないが、服装も私とは違ってお洒落な感じだ。そしてなんといっても顔がいい。少し幼さを残しながらも、私とは比べ物にならないほど整った顔立ちに仕上がっている。


「あ、あー。こんな感じデどう」


 フィンが少し声色を変えた声で言う。


「うん、いい感じ! ……ん? また女性の姿だけど、フィンって女の子なの?」


「いや、私たちには性別がないんダ。でも私は女性の方が好き。特に体のフォルムが」


「……変態」


「やだナあ、確かに私はよく変態するけどそれをあだ名にするのは──」


「おい! とぼけるなあ!」


 フィンに掴みかかろうとしたところで私はあることに気が付いた。周りの風景が見慣れたものだったのだ。


「あれ、ここって……」


「そう、佳奈のマンション」


 そこは私のマンションの真ん前だった。私は大学へ通うためにこのマンションの一室で一人暮らしをしているのだ。しかしフィンには何も教えていない。


「なんで……」


「可哀想に、私に会った時に佳奈のプライバシーはほぼ無くなっテしまったんだ……」


「よくそんな他人事みたいな顔できるねえ!?」


「まあまあ。取り敢えずさ、部屋に入ろうヨ」


「なに自分の部屋みたいに……ああ! ちょっと待って!」


 さも当然のようにパスワードを入力してマンション内に入っていくフィンのあとを慌てて追いかける。フィン、恐ろしい子である。


 4階に着くと、フィンは迷いなく私の部屋の前に向かった。私が鍵を取ろうと鞄の中を探っていると、隣でガシャという音が聞こえた。見ると、フィンの手が鍵型から元に戻るところだった。


「あ、入っテいい?」


 フィンは思い出したように言った。私はがっくりと項垂れる。

 フィンはそれを見ると、楽しげな足取りで部屋に入って行った。別に頷いたわけではないのだけれど。


 フィンは部屋を順に回っていき、最後にリビングに置いてあるソファーにダイブした。


「今更だけド、佳奈は私のこと怖くないの?」


 フィンはソファーで寝転びながら話しかけてくる。いつの間にかパーカーはなくなって元の服装に戻っていた。


「……まあ確かに最初は怖かったけど殺すつもりならとっくに死んでるだろうし大丈夫かなって」


 私は台所で珈琲の準備をしながら答える。


「へー、佳奈って変わってルね」


「それに、私なんとなく分かるんだよね。相手がどんなこと考えてるのか。超能力とかじゃないけど」


 そこまで言ってフィンの方を見ると、フィンはニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「……何?」


「私も分かルよ、佳奈のこと。銀行の口座番号は(プライバシー)デしょ? あとクレジットカードの──」


「もしもし警察ですか? 今家に犯罪者が──」


「ごめんごめん! もうしない! 私が悪かったかラ!」


 次やったら本当に警察に突き出してやろうと思いながら、私は沸かした珈琲をフィンの元まで運んだ。フィンが地球の飲み物を飲むのか分からなかったが、フィンは躊躇なくコーヒーカップに口をつけた。コーヒーを飲んでも平然としているので味覚が作用しているかは不明である。


「フィンはこれからどうするの?」


「そうだな……数日したラまた旅立つよ。あんまりサボるとお叱りがとんでくルから」


「そっか……」


 私は自分のコーヒーを一口飲んだ。


「あの、お願いがあるんだけど、私も一緒に連れて行ってくれない?」


 やはり言ってみるべきだろう。私は意を決してフィンに頼んだ。


「いいけど、多分死ぬヨ? 私だっていつ死ぬか分かラないんだから」


「大丈夫、覚悟はある」


「……」


 どうせ死ぬのであれば宇宙の神秘を見てからがいい。

 意外にあっさり許可を貰い、第一関門はクリアした。


「じゃあ私にできることがあったら何でも言ってね。手伝うよ」


「ありがとう佳奈。じゃあ一緒にこの星ノ遊びをしよう! 佳奈の好キな遊びは何?」


「私の好きな遊び? てか、今日はもう夕方だから遊びには行けないよ」


「えーー」


 私は壁の時計を確認して言った。フィンの騒動で色々なことがあったはずだが、意外と時間は経っていなかった。


「代わりにご飯作ってあげる。食べる?」


「食べるーー!」


 そのあとはフィンと一緒に夕飯を食べたり、風呂に入ったりしたが、特別変わったこともなく、人間の友達とお泊まり会をしているようだった。



 ☆★☆★☆★



 次の日は土曜日だった。私は午前中にアルバイトが入っていたため、フィンに家から出ないよう言いつけて出かけた。フィンは遊びたさそうにしていたが、明日遊んであげると言うと納得したようだった。なんとも聞き分けのいい子供──ではなく宇宙人である。

 アルバイトを終え、私が家に帰ると、家の奥からドタドタと足音が聞こえてきた。

 私はちゃんと部屋で待っていたことを褒めてやろうと待っていたが、玄関まで来たフィンはおかえりも言わずに慌てた様子で叫んだ。


「佳奈! 大変なんだ!」


「?」


「いいから来て!」


 フィンに言われるままリビングに行くと、そこにはあの黒い金属球が置いてあった。


「これってフィンの宇宙船?」


「そう、佳奈が出かけてる間点検をしてたんだけど、その……燃料が足りないみたいなんダ」


 フィンがぽんと宇宙船を叩くと一瞬金属球が赤く光る。


「燃料ってどんな物質?」


「えーとね、──って物質」


「ん? 何?」


「──っていう……ああ、地球には存在しない概念だかラ多分翻訳されてないね」


「な、なるほど……」


 私は宇宙の神秘に触れた気がして一人戦慄する。まだまだ宇宙には無限の可能性が広がっているのだ。


「私も作り方は知らないよ。材料をこの球に入れたら勝手に生成してくレるんだ」


「材料?」


「うん、色々あるけど、今切れてルのは金かな」


「金?」


 金といえばとてもお高い貴金属である。簡単に手に入る代物ではない。と、そこまで考えて私は何か悪い予感がした。


「それで調べたんだけど……佳奈、ちょっと遊びに行かない?」


 そう言うフィンは、恐ろしいほど無邪気に満面の笑みを浮かべていた。



 ☆★☆★☆★



「ねえ、ここって……」


「うん、銀行」


 先のやり取りから約20分後、私たちは近くの銀行の前に立っていた。


「一応聞くけど、何する気?」


「最もスピーディーで確実な方法で金を手に入れル」


「簡単に言うと?」


「強盗する」


 私は無言でフィンの首根っこを捕まえ、近くのベンチに引きずって行く。


「何するんだ!」


 足をバタバタさせながら抵抗するフィンを怒りの力で無理やりベンチに座らせる。


「それはこっちの台詞! 何普通に犯罪しようとしてんの!?」


 フィンは不貞腐れた顔をしていたが、それも少しのことで、すぐにニコッと笑顔を浮かべた。普通の人が見たら心を掴まれてしまいそうな笑顔だ。


「佳奈さ、昨日なんでも手伝ってくれるって言ったよね?」


「"私にできることなら''ってちゃんと言ったけど?」


 フィンの笑顔が凍りつく。奇想天外な出来事の連続で私の精神は一段階成長していた。


「とにかく、今日は帰って他の方法を……」


「佳奈、言い忘れてたけど佳奈に選択権は無いんだ」


 フィンの手を引いて家に帰ろうとしていた私は、そのいつもより低いフィンの声に思わず足を止め、フィンの方を振り向いた。


「私は昨日この星に着いた時からずっと情報を集めてるんだよ。自動的に情報を収集するこれのせいで集めたくない情報まで強制的に頭の中に入ってくル」


 フィンは額の石を指さして言った。


「うん……?」


 何か実力行使をされるのかと思っていた私は、フィンの言う意味が分からず首を傾げる。


「国家機密相当の情報が1万1180件、そのうち公開した場合世界に多大な影響を及ぼす可能性のあるものが247件。……分かるよネ?」


「まさか……!」


 私は漸く事の重大性に気がついた。フィンはニヤリと悪魔の笑みを浮かべる。


「そう、サイバーテロ。今挙げたのは日本だけだけど同じように他国の情報も掴んでル。これを然るべきところに送り付けたら世界はどうなるかなあ」


 完全に油断していた。目の前の少女は宇宙人で、地球がどうなろうと知ったこっちゃないのだ。あるいは本気で言っていないのかもしれないが、私の情報が筒抜けになっていることからも、フィンにそれを実行できる能力がないとは言いきれない。


「っ…………ああもう! 手伝えばいいんでしょ!」


「さすが佳奈! 私の親友! 世界を救ったヒーロー! でも安心して! 佳奈が捕まるようなことには絶対ならないから!」


 フィンは一転して目を輝かせると、私の手を握ってブンブンと振る。


「超不安なんだけど。……まずどうやって盗む気? 超現実主義の私から見ると、2人で強盗なんてそうそう成功しないと思うけど」


「超現実主義者さんは『隕石でも落ちてこないかなあ』なんテ言わないよ?」


「……」


 『』の部分を私の声で再現するフィン。私はフィンの可愛らしい顔を力いっぱい殴りたいという衝動を抑えつつ、もう二度と変な独り言は言うまいと心に決める。


「それにね佳奈、この星は検索したら何でも分かるんだよ。金塊が保管してある場所とか、警備情報とか、パスワードとか」


「それはもう検索の範囲超えてるよ……」


 もはや情報セキュリティシステムが可哀想になってくるほどである。


「まあ私天才だし? 黙って私についてくレばいいよ。じゃ、レッツゴー!」


 調子に乗り始めたフィンを見て、私はますます不安になるのだった。



 ☆★☆★☆★



 2時過ぎの銀行に1人の男が現れた。スーツを身にまとい、いかにも仕事ができそうな風貌である。そして手の甲には黒い石。そう、この男はフィンが変身した姿なのだ。


「ねえその石、頭に付けなくて大丈夫なの?」


 私はフィンと共に銀行に入ると、小声で尋ねた。


「五感が働きづらくなるけど、体に支障はないよ」


 フィンは一直線に窓口に向かうと、受付のお姉さんに向かって、


「本部のものですが、金庫の点検に伺いました」


 開口一番真っ赤な嘘をついた。


「本部の方ですか? そのようなことは聞いておりませんが」


 当然の反応である。私はフィンの後ろで平然を装っていたが、内心は死にそうなくらいひやひやしていた。


「連絡したはずですが……。確認してもらえますか?」


 フィンが個人証明書を2人分渡すと、受付の女性は奥に引っ込んだ。しばらくすると女性は出てきて、


「失礼しました。金庫の方へご案内します」


 と奥へ歩いていった。私は「またやったな」と頭の中でフィンを叱り飛ばす。フィンがドヤ顔で私の方をちらちら見るので、全て無視してやった。


 金庫の前に着くと案内係はいなくなり、私たちは2人取り残された。


「私私服なのによく入れたね」


「手続き社会の欠陥ダよ」


 フィンは金塊の入った金庫を知っているようで、迷うことなく歩いていく。


「これが目的の金庫だよ」


 フィンは小さめの金庫の前に立ち止まった。その金庫にはダイヤル式の南京錠が設置されている。


「じゃあさっさと盗って脱出しよう。こんなところ、落ち着いていられたもんじゃないよ」


「……分からない」


「え?」


 私は来た道を振り返って退路の確認をしていたが、フィンの言葉で再び金庫の方を見た。


「ダイヤルの暗証番号が分からない!」


「なんで!」


「普通鍵といえば鍵穴が付いテるものでしょ! ダイヤル式なんて聞いてない! 調べても出てこない!」


「……やばくない? 一旦帰る?」


 急なピンチで半ばパニックになっているフィンに、私は安牌をとることを提案する。

 逃げ腰で何が悪いのか、いや、悪くない。


「嫌だ! こうなったらゴリ押しでもやってやる……」


 しかし、フィンはハッカーのくせに脳筋タイプなようだ。私が止めるより前にフィンは元の少女姿に戻り、石も額に戻した。


「やっぱりこっちの姿の方がしっくりくるな。よしやルぞー! 鍵をダイヤル式にしたことを後悔するがいい!」


 フィンはダイヤル錠に手をかけると、凄まじいスピードでダイヤルを回し始めた。あまりの早業に私は思わず目を奪われる。


「パスワード設定の傾向から可能性の高いものを割り出して──」


 そこからフィンとダイヤル錠の戦いは続いた。


 フィンが金庫から金塊を取り出すのと、銀行員が私たちの様子を見に来たのは同時だった。


「何かお困りでしたらお手伝いしま──」


「よっしゃあああああああ! ざまーみろダイヤル錠! 時代遅れが調子乗ってんじゃネーぞ! ばーかばーか──」


 銀行員は躊躇うことなく近くの非常ボタンを押した。ジリリリリという音が鳴り響き、フィンは我に返る。

 私はダイヤル錠の十分すぎる働きに賞賛を送りたいところだったが、そんなことを言っている場合ではない。


「逃げるよ!」



 ☆★☆★☆★



「おーい、こっちだー」


 警備員たちが警報を聞きつけて金庫の方に来ると、1人の警備員が金庫室の前で手招きしているのを目にした。


「この部屋の中に犯人がいる。入口を見張っててクれ。俺は応援を呼んでくる」


 警備員はそう言うと、ほかの警備員と交代で銀行の出口へと向かう。


「すごいね、この宇宙船」


 ガシャンという音がしたかと思うと、金属球の上部が開いてフィンの姿が見えた。

 実は、私は宇宙船の中に入ってフィンの体内に隠れていたのだ。宇宙船には入ったものを小さくする能力があるようで、私でも簡単に入ることができた。しかもこの宇宙船はマジックミラーのように中から外の景色が見えるのだ。


「何も無いつまラない箱だよ」


「でもこれなら2人で話しながら宇宙旅行できるね」


「……あ、佳奈、もう一度隠れて」▶


 フィンが言い、球が再び閉まり始めたその時だった。フィンの後ろから複数の男が現れ、突然私が入っている宇宙船をフィンから掻っ攫っていった。何が起こったのか分からず呆けている間に球は閉じてしまい、そのまま男たちに運ばれていく。


「待てーーー!!!」


 フィンが後から追いかけてくるが、なかなか追いつけそうにない。私はというと、フィンの力がなければ球を開けることができないので、せいぜいフィンを応援するくらいしかできない。

 男たちは銀行を出ると、既に到着していた警官の間を抜ける。なぜか警官は男たちを気にも留めず、後から追ってきたフィンの前に立ち塞がった。


「ちっ、ステルス技術かよ! ……おいお前ら! 佳奈に何かしたラ許さないからなーーー!!!」


 声はするが、警官に取り囲まれてフィンの姿は既に見えない。台詞が少し芝居がかっているのはジャパニーズカルチャーの所為だろうか。

 男たちはそんなフィンの言葉など聞こえていないかのように、用意していたであろう車に乗り込んだ。

 すると不意に球が開き、何かのスプレーを噴射された。一瞬で意識が遠のいていく。



 ☆★☆★☆★



 目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。私は元の大きさに戻っていて、椅子に座らされていた。拘束はされていなかったが、複数の男が私を取り囲んでいる。


「起キタカ」


 男の1人が口を開いた。フィンの声とは違い、なんとなく不快になる声だ。


「オ前ハドコカラ来タ?」


 突然質問が始まった。尋問と言った方がいいかもしれない。私は取り敢えず何かしら返事をしておこうと思い、男の方を見て気付いた。周りにいる男たちは全員、服装は違うものの、顔がそっくりだったのだ。男は10人以上いるので、流石に双子ということはないだろう。


「オ前ハドコノ星カラキタカト聞イテイル」


 男は答える様子のない私に向かって再度抑揚のない声で言った。


「星? ……あ、」


 私の頭の中にフィンの顔が浮かぶ。おそらくフィンと間違えられているのだろう。しかし、フィンが宇宙人であることを知っているのは地球上で私しかいないはずだ。


「私は宇宙人じゃないけど、どうしてそんなこと聞くの?」


 驚いたことに、いつの間にか私の精神は得体の知れない誘拐犯とも普通に話せる程まで進化していたようだ。


「コノ星ハ俺ノ物。他ノ奴ラに渡ス訳ニハイカナイ」


 まず前提から間違っている気がするが、突っ込まないことにした。刺激せずに解放してもらうのが優先だ。


「それなら私は関係ないから帰っていい?」


「待テ、本当二地球人ナノカ調ベル」


 男が私の頭に手を置くと、他の男たちは統率のとれた動きで後ろにさがった。すると次の瞬間、頭が割れるような激痛と共に電流が身体中に走った。


「い! ……っだあああああああ!!!」


 私は頭を抱えたまま地面に蹲った。


「ドウヤラ本当ノヨウダ。ダガ、侵略者ニツイテ何カ知ッテイルカモシレナイ。次ハ記憶ヲ調ベル」


 冗談じゃない。次やられたら本当に身体が壊れてしまう。しかし、目の前の男だけなら逃げられるかもしれないが、周りで待機している男たちがどうにも厄介だ。

 どうにかしなければ……。と周りの様子を伺っていると、周りの男たちの様子がおかしいことに気が付いた。どの男も宙の一点を見つめており、微動だにしていないのだ。

 先程の一糸乱れぬ動きといい、怖いくらいパーツが同じな顔といい、何かおかしい。

 私はここから一つの推論をたてた。この男たちは1つの生き物なのではないだろうか。そうであれば、全ての違和感に納得できる。そしてそうであるならば──。


「ボガッ!!」


 私は拳を握りしめると、男の顔面めがけて渾身の一撃を叩き込んだ。意外と簡単に後ろへ吹っ飛ぶ男。手がじんじんと痛むが、今はそんな事を気にしている場合ではない。この隙にこの頭のおかしい生物から逃げるのだ。

 私の考察は当たっていたようで、周りの男たちは殴ってもいないのに皆同じように地面を転がり回っていた。私は部屋を出ると、誰も追ってきていないのを確認して出口を探した。


 出口は意外と早く見つかった。階段を降りたところに玄関があったのだ。

 私は心臓がバクバク鳴っているのを抑えながら玄関に向かって走り、扉を開けた。

 家から出さえすれば助けを求めるなり、人混みに紛れるなりして逃れられる確率はかなり上がる。あの宇宙人も正体が公に晒されるのは避けたいだろうから、目立つ行動はとらないはずだ。

 ──と思っていたのだが、家の外は人ひとりいない、空も見えない灰一色の世界だった。

 それが巨大な倉庫の中だと気付くのに、少し時間がかかった。この家は巨大な倉庫の中に建てられていたのだ。倉庫の天井にはライトが設置されているが、辺りは薄暗い。

 何処に出口があるのか分からないが、手当り次第に探してみるしかない。取り敢えず倉庫の端まで行ってみようと足を踏み出したその時、


「オイ待テ、逃ゲラレルト思ウナヨ」


 後ろから嫌な声がした。振り返ると、よろよろした足取りでこちらに向かってくる男の姿があった。思わず「ひっ」と声が出そうになったが、男の千鳥足を見て何とか逃げられそうだと安心した。


「「「逃ガサナイ」」」


 しかし、そう甘くはなかった。私が周りを見渡すと、どこから現れたのか、数十人の男が私を取り囲むように迫って来ていた。

 おぼつかない足どりで迫ってくる大勢の男はまるでゾンビのようだった。四面楚歌の状況で、私は何もできずにただ突っ立っていた。

 そうしているうちに、人が通れる隙間がないほど包囲を固められてしまった。

 もう無理だ。もう一度殴るにしても、男たちには警戒されているので通用しないだろう。

 諦めかけたその時、


「ねえ、何してるの?」


 聞き覚えのある声が倉庫に反響した。男たちは包囲を解き、声の主に対して警戒を強める。

 コツコツという足音と共に薄暗い闇の中から現れたのは、白いフードを被った一人の少女。


「フィン!」


「やあ佳奈。助けに来たよ」


 フィンがこんなに頼もしく見えたのは初めてだ。私は感動と安心で涙が出そうになる。しかし、そんな感動の再会に水を差す者がいた。


「ドコカラ入ッテキタ。入口ハ何重ニモ鍵ヲカケテイタハズ」


「私のような不定形には鍵なんて意味を為さないよ」


 フィンの手が溶け、様々な鍵を形作る。


「ソウカ、オ前ガ侵略者カ。コレハ忠告ダ。直チニコノ星カラ出テイクナラ見逃シテヤル」


 地球が自分の星だと思っている勘違い宇宙人さんは、戦闘態勢をとってフィンを威圧する。


「私はこの星に長く居る気はないし、征服しようとも思ってないから、そこは安心してほしい。だけど……」


 フィンの声が一段低くなった。


「……お前、佳奈に何をした?」


 フィンはゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


「私言ったよね。佳奈に手出したら許さないって」


「オイ、動クナ。コイツハ解放シテヤルカラ──」


 バチッという音がしてフィンに近い2人の男が倒れた。


「ハ?」


「この程度の電波も防げない奴の分際で……。もう一度聞くけど、佳奈に何をした?」


 電波ということは、この大勢の男たちは機械か何かで、誰かに操られているということなのだろうか。

 リーダーらしき男は不測の事態に動揺しているのか、かなり乱れた声で答えた。


「ナ、何モシテナイ」


「何もしてなかったら佳奈の悲鳴が聞こえるわけないだろ!!」


 後ろから「ヒッ」という声が聞こえる。

 着実に男に迫るフィンを見て、リーダーの男は半ばパニック状態で周りの男たちをフィンへ向かわせる。数十人の男がフィンに襲いかかるが、全員フィンの手前で機能停止にさせられる。

 残ったのは一人の男だけ。


「来ルナ! コイツガドウナッテモ──」


 男は最終手段として銃のような物を取り出したが、それが人に向けられることはなかった。バチッという音がしたかと思うと、男の体は銃を取り出したまま硬直したのだ。

 気付けばフィンは男の前に立っていて、次の瞬間に男は後ろに大きく吹っ飛んでいた。フィンの顔面パンチが炸裂したのだ。私の10倍は威力がありそうなパンチを受けて、男は床に突っ伏したままピクリとも動かなくなった。


「フィン、これやり過ぎじゃ──」


「佳奈! よかった!!」


 私の言葉は遮られて、フィンが私の元へ飛び込んできた。私は慌ててフィンを受け止める。


「本当によかった。佳奈が生きてて」


 フィンは私の服に体をうずめたまま言った。


「ありがとうね、フィン」


 私はなんとも言えない気持ちでフィンを抱きしめた。



 ☆★☆★☆★



 その騒動から3日後、私の部屋でパーティが開催された。フィンの地球出発祝いだ。


「佳奈のおかげで無事出発できそうだよ。ありがとう」


「こちらこそありがとう」


 フィンはフォークでパスタを器用に巻いて食べている。


「……それで、()()はどうする?」


 フィンが部屋の隅に置いてあるゲージを目で示す。ゲージの中には鼠のような生物がいて、こちらをつぶらな瞳で見つめている。

 実はあの騒動の後、フィンが黒幕を捕まえたのだ。それがこの鼠らしく、フィンによると機械で作られた男の頭の中に入ってほかの男たちを電波で操っていたらしい。顔面パンチが効いたのは頭の中に振動が伝わったからだそうだ。

 フィンは「チーチー」と鳴く鼠の言葉が分かるらしく、しばらく話して、というより恫喝しているようにしか見えなかったが、とにかくまた余計なことをしないように私の家に連れてきたのだ。

 ちなみに鼠の名前はルーシーというらしい。なんとも可愛らしい名前だ。


「面倒だし、殺す?」


 フィンは持っていたフォークをルーシーの方へ向けた。ルーシーは「チー!」と悲鳴をあげてゲージの隅で丸まってしまった。フィンはルーシーに全く容赦がない。


「……そのことなんだけど、やっぱり私地球に残ることにするよ。フィンと出会って実感したんだ。宇宙にはまだまだ私の知らないことがあるって。どこまでやれるか分からないけど、私は自分の力で宇宙を見てみたい。だからごめんね、フィン」


「そっか。佳奈が決めたことなら私は何も言わない。というか私は元々佳奈を連れて行く気なかったし」


 フィンはあっけらかんと言った。


「え、そうなの? なんで」


「なんでって、佳奈を危険なところに連れて行くわけないでしょ。実は今夜こっそり地球を発つつもりだったんだから」


「……裏切り者」


「あはははは、よかったよかった。これで佳奈に見送ってもらえるね」


 フィンが合図すると、丸い宇宙船がフィンの元に飛んできた。既に金は燃料に変換され補充されている。


「まあそうだけど……ってもう行くの!?」


「実は出発を急かされててね。あいつ怒ると何も考えなくなるタイプだから。元気でね、佳奈」


 フィンは呼び寄せた宇宙船に下半身を入れながら答えた。

 あいつというのが誰かは分からないが、きっとフィンに宇宙探査を命じている人物だろう。

 突然の別れに若干戸惑いつつも、私はフィンに別れの言葉を告げる。


「フィン! いつか絶対会いに行くからね!!」


「佳奈……! それじゃあ約束だよ! またね」


 フィンが宇宙船に乗り込むと、蓋が閉まり宇宙船は浮き上がった。私がベランダの窓を開けてやると、宇宙船はそこから外に出た。宇宙船はありがとうと言うようにクルクルと旋回した後、次第に上昇すると、どんどん加速してあっという間に見えなくなってしまった。



 ☆★☆★☆★



 あの日以来、空を見ると思い出す。ありふれた日常を過ごしているとあの出来事は夢だったんじゃないかと思うこともあるけれど、それは私の心が知っている。

 フィンが旅立つ前にくれた翻訳機でルーシーとの会話はできるようになった。今では従順な私の助手である。ルーシーのおかげで研究は順調に進んでいる。


「フィン、待っててね」


 思わず空に向かって呟いたところで気付いて、慌てて口を塞いだ。素早く周りを見渡して誰もいないことを確認すると、私はほっと息をついた。

 青く澄みきった宇宙(そら)から、フィンの笑い声が聞こえたような気がした。



お読みいただきありがとうございます!

コメントなんでも大歓迎です!


カタカナが読みにくかったらすみません

台詞も宇宙人感出したかったんです……

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