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悪意の包容力(2)

 暗がりで声が聞こえる。湿った、艶のある声だった。

 「これで、やっと一つになれた……」

 情事の最中のような、そんな、男女の声だった。

 「包み込んでくれるような愛情、そこを好きになった。君は初めて私を受け入れてくれた」

 「だから言ったでしょ? 絶対に病みつきになるって」

 「あぁ、本当。気持ちいい、ずっとこうしていたくなる……」

 「いいよ、いつまでもこうしてあげる」

 四本の腕が互いを求めあい、絡み合う。暗がりの情事は、甘い囁きと共にいつまでも続いた。




 「――依頼人は鈴木拓海、26歳! このアパートに引っ越してから奇妙なモノを見るようになった、事故物件でもなく、本人に精神的な問題や持病は無し!」

 「あーい」

 勢いよくファイルを閉じる海摩に、ちゃみはアパートを目の前にして、死んだ目で周囲を観察する。周りは住宅街、アパートに住んでいる住人も窓の明かりからそこそこいるようで、特に怪しい点は見られない。

 「まぁ……変な感じしないし、行ってみましょー」

 「押忍ッ!!」

 海摩が拳で掌を叩き、気合を入れる。彼らは件の部屋まで行くと呼び鈴を鳴らし、依頼者が出てくるのを待った。ほどなくして、依頼人は現れた。

 「はーい、あっ、もしかして――『侵霊相談事務所』の方ですか!?」

 「はいッ!! そうです!!!」

 声だけで2人を吹き飛ばしそうな海摩に、ちゃみはトロンとした目のままで「しーっ」と人差し指を立てた。

 「近所迷惑。近所って言うか遠所まで迷惑。鈴木さん、お話を詳しくお伺いしながら、中も視させてもらってもいいですか?」

 海摩に対するものと比べて、僅かながらたおやかにちゃみは鈴木と思われる人物に訊ねる。すると鈴木は、本当に困ったような、顔を片手で覆って2人を迎え入れた。

 「お願いします! 本当に困ってて……夜も眠れなくて、本当に助かります! もうずっと怖くて……」

 2人は部屋に入った。六畳一間の、簡素な部屋だった。キッチンが部屋についており、生活空間がその一部屋に凝縮しており、申し訳程度のクローゼットが付いていた。

 部屋には大きく占拠したベッド、そしてテーブル、テレビ……そしてあちこちに本や服が散乱していた。入ってすぐ、正面に大きな、ベランダへの掃き出し窓がついており、そこはカーテンも何もついていなかった――ようだったが。そこだけが、異様な状態で異彩を放っていた。

 今やそこは、段ボールで埋められていた。無理やり、段ボールをガムテープで貼り付けてあり、とにかくしっちゃかめっちゃか、出来の悪いパッチワークのようになっており、外が見えないようになっている。

 部屋の古臭い作りに不相応なシーリングライトの冷たい光だけが部屋を照らしており、どこか、行き場のない不安感を催させる。

 「ぁんで、段ボールを?」

 「はいっ、えっと、あの、アレが出るんです……」

 鈴木が言い淀んだ。今回の依頼の原因に、あの段ボールたちは関係しているらしい。

 「アレ……?」

 「はい……あのっ――――人が、覗くんです」

 「それなら警察に言えばいいんじゃ?」

 誰もが沸く疑問。それを口にした海摩に対し、鈴木は震えながら、自分を抱きしめて答えた。

 「ただの人じゃないんですッ!! もう怖くて怖くて……藁にも縋るで……!」

 海摩の言葉に、鈴木はその場にへたり込む。

 「あのー……、申し訳ないけど、あたしたちはあくまで相談、調査であって、解決は他の部署が行うので。とにかく視させてもらいますから」

 ちゃみは顎で海摩に合図を出す。彼はしゃがんで鈴木を背中を擦っていたが、立ち上がり、ちゃみの横に立つ。

 「アタシはぁ、トイレと風呂を見てくるから、君はクローゼットを――あっ、やっぱこっち一緒に来て」

 彼女は海摩を連れて、トイレと風呂を確認する。特に、何の変哲もない、付き合っている相手がちょくちょく家に来るのだろうか。歯ブラシやコップ、シャンプーやリンス類も男女のモノが取り揃えられている。

 2人が洗面所で自身の姿を見ながら、ちゃみは自分の顎を擦って男振りを確認している海摩のわき腹を肘で突き、忠告した。

 「っぱヤベ―わ、ここ。クローゼット開けてたらアタシたち死んでた」

 小声で伝える彼女に「マジっすか!!?」と大声で返事をしたので、彼女はもう一度、次は強く肘を突いた。

 「ごッ!?」

 「声が大きい……! アタシら、首が落ちてた。ここも”人が死ぬ現場”だよ? アタシの言う通りに出来る? 『はい』は?」

 「押忍!!」

 「保育園からやり直してこいや」

 目頭を押さえ、ちゃみは部屋に戻る。鈴木は未だ、身体を起こせず、床に座り込んでいた。身体の震えは先ほどより大きくなっており、体は畳みこまれ、まるで何かに祈るかのような姿勢だった。

 震えは鈴木の骨がフローリングに当たり、ゴツゴツゴツゴツゴツと異様な音と緊張感を生んでいた。

 「鈴木さん!? どしたんすか!?」

 しゃがみ、声を掛ける海摩は、鈴木の囁き声を聞いた。骨の音に搔き消され、僅かにしか聞こえなかったが、海摩は必死に耳を研ぎ澄ます。

 「……てる、てるんだ……あいつが」

 「……?」

 「――てる。もう、顔を上げられない、もう」

 「だから何って」

 しつこく訊ねた海摩に、鈴木は首を独楽の様にして動かし、叫んだ。


 「――見てるんだよッアイツがぁあああ~!!!」


 海摩は見た。鈴木の眼窩と口――いや、顔の穴という穴が、空虚な暗い穴と化しており、そこから体液を垂れ流しているのを。穴の中には何もなく、眼球も歯も――光すら無く、どこまでも深い洞穴の様相に、海摩は弾かれるように立ち上がった。

 「ちゃみ先輩! 鈴木さんの顔面がめっちゃキモくなってる!!」

 「ね、ヤバイ。何も見ない方がいいかも、下見ながら玄関に――っ!?」



またすぐに更新します。

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