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メンヘラちゃんとチミドロくん(2)

頑張れたらもう一編、今夜中にアップします。

 「失礼しますッ!!」

 部屋の扉が開くと同時に、目が覚めるような大声が鳴り響く。若い男が入ってきた。

 男だ。身長は180㎝はあるだろうか。白のTシャツにくたびれたジーンズ、質素な服装だが、はち切れんばかりの筋肉と獰猛な顔をしていた。まるで鮫だ。口の端から牙が覗いているからか、黒目がちな目がそう見えるせいか、はたまたこけた頬のせいか、捕食者の顔をしている。二度は見たいと中々思えない顔だ。

 「――凶相、だネ。お困りでショウ?」

 茜差すビルの窓を背に、椅子に座った人物が振り返った。その人物は、スーツに中国の伝統舞踊の”変面”を身に付け、男に相対した。頬杖をついたまま、机の前のソファに座るよう促した。

 男は言われるままソファに座る。まるで面接のように角ばった動きで席に座り、顔をぬーっと前に出す。癖のようだ。そして、男はその時に気付く、夕日だけ差すその部屋の隅に、もう一人人間がいる事に。

 そこに居たのは少女だった。部屋なのに日傘を差し、服も髪も黒尽くめだった。ゴシックロリータとも地雷系とも言えるのだろうか、彼女は部屋の暗がりに身を隠すようにそっと立ち、顔も半分以上、黒いマスクで隠してまるで影のようだった。彼女は目が合うのを嫌がる様に、傘を目深に被り、身を隠した。

 「鮫島海摩!! 悪霊に憑かれて困っているっ、助けてください!!」

 海摩と名乗る男は頭を下げる。彼を見て、変面の男はさっと顔を腕で拭うと、真っ黒な面に変わった。その仮面で海摩をじっと見る。

 「んっん~? なるほどなるほど。わたくし、この『侵霊相談所』の所長デス。所長、とお呼びくださイ。では、海摩さん、どのような状態にあるのかお話くだサイ」

 促され、海摩はこれまでの自身の半生――悪霊の暴走によって大切な人たちを傷つけた事、そして今もその悪霊のせいで学校も中退し、定職に就けないことも話した。彼が話す間、所長が一度、少女の方に目で合図した。少女は首を横に振るだけだった。

 「――なるほど、なるほど。大変ご苦労されましたネ。しかし、今見ているとわたくしの力ではその悪霊は祓えなさそうなのデスヨ。困りましたネ~」

 「そんな……! 何とかならないんですか先生!!」

 「いや、先生では無いのデスが……。手が無い訳ではないですヨ? ウチの従業員になって頂ければ、八方手は尽くしまショウ。お給金も出しますし、これはお互いウィンウィンってヤツですカ~?」

 所長は大仰に手を広げ、机の中から契約書を取り出す。

 「分かりました先生!! これ書けばいいんですね!!」

 海摩は中身も読まずにサインをし、「判子無いんで拇印でいいスか?」と訊ねる。その姿に所長は、

 「いやキミ……わたくしが言うのもなんですが、中身を読まないでいいんデスカ? 決断速すぎてわたくし、キミに引いてしまいます」

 と、引き気味に聞くも、海摩はケロッとした顔でこう返した。

 「俺が不利になる契約だったり、危険な内容だったら”ヤツ”が黙ってないんで大丈夫です!! さっきも三人ほど半殺しにして来たんで!!」

 親指で自身の背中辺りを指す。この時、所長は彼のTシャツも拳も、返り血に汚れている事に気付いた。その姿に、所長は顔を拭って”笑い顔”の面に変えると嬉しそうに笑った。

 「ホッホッホ! 頼もしいデスネ! ちゃみ、海摩君と一緒にこの依頼をこなしてきなさい。これで彼もここの社員、今回は役に立つといいですネ~」

 所長は海摩が書いた書類を机にしまい、そしてファイルを取り出すと壁際のちゃみと呼ぶ少女へ手渡す。彼女は何も言わず、包帯まみれの腕でそれを受け取った。彼女はファイルを開いて中に目を通し、そして、何も言わずに髪を靡かせ、部屋から出て行った。インナーカラーのピンクが、暗くなりつつある部屋にネオンのように妖しく線を引いた。

 その様子を見ていた海摩に、

 「ホラ、先輩が言ってしまいましたヨ。ダッシュダッシュ! あの子、ド級のメンヘラだけど役に立つから上手くやってネ」

 所長は離席を促し、そしてウインクをした。海摩は急いで後を追う。その後、立ち上がり、窓から下界を見下ろす。黒い一輪の華と化したちゃみの後を、鮫が追いかける。その姿、その背中を睨み、ぼんやり見えるその正体に、所長は仮面が歪むほどの笑みを浮かべ、また、大仰に手を広げた。


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