友だち
「孫兵、森には入ってはいけないよ。おばあちゃんとの約束だよ。」
「わかってるよおばあちゃん!」
「孫兵はいいこだね」
ー
おばあちゃんの家は黒くて大きな犬をかってる。遠くからしか見たことないけど、すっごく大きいんだ。だって、おばあちゃんの背よりも大きいんだ。そして、とっても甘えんぼう。いつもおばあちゃんの後ろについてるの。
「おばあちゃん、そのわんちゃんなんて名前なの?」
「孫兵は見えるんだねぇ。黑だよ。」
「ぼくもクロさわりたい!」
「黑は人見知りだからねぇ、孫兵も難しいよ。」
さわろうとしたけど、クロはよけた。
「ほらね」おばあちゃんは笑って
た。
ー
「おばあちゃん!川に行ってくる!」
「暗くなる前に帰ってくるのよ」
「はーい」
ぼくはついこの間友だちになった子と川づりの約束をしたんだ。
そういえば、どこの川か決めてないや。これじゃ合流できないじゃないか。
ぼくはいつも行ってる川についてから、思い出した。川の石をながめながらどうしようか考えていた。
「孫兵君」
後ろから声がして振り返ると遊ぶ約束をした友達だった。
「よかった!同じ川思ってて」
もしかしたら夕方になっても会えないかと思った。
「僕も」
その後僕らは、川で思う限り遊んだ。
「ねぇ、明日はもっと上の方に行かない?」
「上の方って森の近くじゃ」
「森に入らなければ大丈夫だよ」
ぼくは、好奇心と約束を守らなくちゃいけないという気持ちがグルグルしていた。
「だめ?」
友だちのことも大事。おばあちゃんのことも大事。
「絶対に森に入っちゃだめだからね!」
友だちは笑ってたうれしそうに「わかったよ。森には入らない。」
よかった。わかってくれたんだ。
ほくらは明日約束して、わかれた。
ー
「今日はどこに行くの?孫兵」
「か、川だよ」
森に近いということでぼくは、すこし後ろめたくなって言葉がつまってしまった。
「孫兵は川が好きだねぇ。川は危ないこともあるんだから気をつけてね。」
おばあちゃんは疑うことなく送り出してくれた。ばれてないんだ。
ー
今日は上の方で、のぼっていくのが大変だった。のぼりきった先にはもう友だちは来ていた。
「ごめん遅くなって」
「いいよ。のぼってくるの大変だもんね」
友だちはせっせっとつりの準備を始めた。ぼくは水筒から冷たい麦茶を飲む。
「ねぇ、こっちの方って何がつれるの?」
「んー、イワナとかアユなのかなぁ」
「同じとこにいたっけ?」
「わかんないけど、つれるよきっと」
もうつりエサをつけたさおを渡してきた。
「ありがとう」
「おう。一番でっかいのがつれたら勝ちな」
友だちはぽーんぽーんともっと上の方にのぼって行った。勝負ごとだからぼくもあわててのぼって行った。
息を切らしながら、自分の背丈ぐらいの岩を登りきったこの先に友だちの姿はなかった。
「あれ?どこ行ったの」
つりざおは登りきった所から少しの所に置きっぱになってる。ポツンと。
「ねぇー!どこ行ったのー!」
ぼくは急にいなくなって不安になって、大声を出して友だちを呼ぶ。
返事はない。
「ねぇー!どこー?!」
いろんな方向に数歩歩いては大声で呼んだ。
見張らしはよくて、流されたとか隠れてるとかそういうのは見てない。
声をかけてないのは、見てないのは森しかない。
ぼくは森の境界線ギリギリに立って友だちを呼んだ。
「ねぇー!いる?!」
「-、-、」
何かかすかに聞こえる。
ぼくは境界線をまたいで身を乗り出して、「聞こえないよー!」声に返事を返した。
「寂しい、助けて」
耳元で声がした。
その時ぼくは何かに手を強くひっぱられてた。ぼくはよろけて、森の中に入ってしまった。
「あ!」戻らなきゃと振り向いたけどそこに開けた川なんてなく森が広がっていた。
「な、なんで?」
『オイシイ?』
『ヒトノコ ヒトノコ』
『ヨクヤッタ ヨクヤッタ』
ざわざわと葉っぱが揺れる音に混じって聞こえてくる。
『カエシテ』
『アァ ヤクソクダ』
友だちの声が聞こえる。
「ねぇ!そこにいるの!?」
声はたくさん聞こえるのに、人影が見えない。
『マゴヘイ ゴメンネ』
「まってよ!おいてかないでよ!」
不気味でどこも同じな森に残されるのはとても不安だった。
『ドウスル?』
『ワケルカ?』
『20ネンブリダ ササゲテハ?』
『アー アノオカタガ イチバン ホシガル』
『ソウダナ ソウシヨウ』
「だれか。」どこに行っていいかかわからなくて動けなくて、まわりから声がするのが怖くてぼくはうずくまっていた。
「おばあちゃん」
ー
「おい!大丈夫か!?」
はっきりとした声が聞こえて顔をあげると、お巡りさんがいた。
まわりを見わたしたら、森じゃなかった。
「君、名前言える?」
「平坂 孫兵」
お巡りさんはぼくの名前を聞いて、他のお巡りさんに何かを伝えている。
「痛いところとかある?」
「ない」
ー
僕はおばあちゃんに泣きながら抱きつかれたその日から2度とおばあちゃんの家には行ったことがなかった。