いつから
矢沢先輩は、この会社、このオカルト部署では取材と称し"浄霊"なるものを行っているらしい。
今起きた奇妙なことに関して説明をしてくれるらしい。正直今は帰って眠りたい。そして、全てが夢であってほしい。
「始まりは、平坂が入社するより前だ。」
「はぁ。 え?入社前ですか?!」
入社前、俺がこの会社を知る前。矢沢先輩と出会う前。
「厳密に言えば、面接に来た時。俺は君を本社内で見てね。憑いていたんだ」
あぁ、面接の時か。俺が矢沢先輩を知らなくても、矢沢先輩が俺を知ってるのは不思議な事ではない。
「えっと、つまり"憑いていた"からオカルト社に所属になったと言うことですか?」
「憑いていたから入社でき、オカルト社に配属になったんだよ。」
今、お前は入社するほどの能力はなかったときっぱりと証言された。
「矢沢さん、その言い方はあまりにも」
道さんが、哀れむほど酷いものだ。
「すまないね。今重要なのはそこじゃないんだ。」
「平坂に憑いていたのは、何年も憑いていてね。結構たまにいるんだよ、長年憑いてるの。だから、入社させて3年位で落とせるかなって思ったんだけど」
「思ったてことは、まだ憑いてるってことですか?」
「それは、入社してすぐに諦めたよ。だって、予想より強くて、良い"取材"のネタになりそうだったから」
「払えなかったんですか?」
「できなくはなかったよ。見送っただけ」
この人は今、できたけど良いネタだからやらなかったと言ったのか?矢沢先輩は俺を良いネタとしか見ていなかった。俺は、俺は、入社して半年。雑誌の1頁にもならない。名もなきサラリーマンの噺として、雑誌の左下に載るだけ。
「平坂?聞いてるか?」
「はい」
聞こえてはいなかった。空返事をする。
「で、まぁ見送っていたのだが。ここ最近、平坂が引き込まれる事が多発した。短い間で。」
「矢沢さん、その平坂にずっと憑いているのが原因なんですか?」
矢沢先輩はチラリと俺の頭のすこし上を見てから答えた。
「いや、違う。それの力が弱まった事により集まってきた。と考えるのが妥当だろう。」
「そっちのパターンですか。でも、だとすると幼少期から憑いていたということでは」
俺は完全に蚊帳の外だ。俺は、憑いているもののお陰で、就職できた。守られた。俺はなにもしていない。今までやってきたことが、お前の力じゃないと言われるのはかなりこたえた。
「いや、たぶんそれは、頃合いになってから食べようとして守っていたんだと思う。」
「確かに、辻褄が合いますね。」
「平坂は学生時代から心霊スポットや降霊術の類いは行っていない。だが、綾瀬先生の付き添いや、日頃の怪エレベーターに乗った事により弱まったと考えてる。」
「平坂は今、これから更に狙われやすくなると言うことですか。」
「あぁ、だから道。君に任せたい」
1つ深呼吸をしてから、「わかりました。矢沢さんの頼みですから」
何を道さんに頼むと言うのだろう。"ネタを逃すな"と言うことか。それとも、"ネタをあげるのか"。兎に角、俺の人生、決めて歩んできた道は、"ネタ"が指差してそれをただ歩いてきただけ。俺は、口に向かってくる餌。
「平坂、話をまとめよう。
お前は、いつからかはわからないが入社以前から憑かれている。そこそこ強力なものだ。だか、お前は守られ生きてきた。食べ頃になるまで。と俺は推測している。
そして、綾瀬先生の取材がきっかけなのは確かだろう。その時力が弱まった。育った平坂のいい匂いが嗅がれてしまった。そしていま、奇怪奇妙なことに出会う理由だ。」
「つまり、俺はどうしたらいいんですか?」
「自衛できるようになれ」
自衛すなわち自分の身は自分で守れ。だがそれは、"ネタ"を育ててしまわないだろうか。
「強くなったら、そいつを自分の力で祓いな。ま、そんな才能もないから笑 力借りれば?」
誰に力を借りると?あぁ、道さんか。
「ほらこれ」
道さんが、俺の前に小さい何かをぶら下げる。
四角い、だだの四角。
「何ですかこれは、この四角いストラップは」
「四角いストラップじゃない。箱のストラップだ。」
確かに横をよく見ると枡みたいな、組み合ってるとこがわかる。
「そこに入ってるのは、お前の憑いているやつだ。」
つまり、祓ったと言うこと?これを燃やせばいいのか?
「平坂、別に祓ったわけではないからな。」
後ろから、薄情な矢沢先輩の声がかけられる。
「そうだぞ。平坂。こいつの力を借りて、感覚を掴む練習をするんだ」
あぁ、この人達は人の気と言うものを知らないのだ。だから、このような"非"人道的なことが易々とできるのだ。悪魔では生ぬるい、神では優しすぎる。やはり人が一番残酷で醜く狡猾な生き物なのだ。
「それで、何をするんですか?」
そう、人とは残酷で醜く狡猾な生き物なのだ。力を借り最後は俺を食おうとしたお前を食ってやろう。
「うん、とりま体力と筋力作りね!」
覚悟を決めた俺の声は情けなく抜けていった。
「え、こう。術覚えるとか、お経覚えるとか」
「もちろんそれもやるけど。第一にそんなのするだから並みの体力では足りないし、相手が待ってくれるわけないから戦いながらやらないと。」
「つまり、そんな優雅で流暢なことは一切やらないと言うことだ。」
どうやら俺は祓う事を軽率に考えていたようだ。
カタカタと箱が笑った気がした。