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小説家 綾瀬

 昨日は気味が悪くて帰るときもエレベーターは見ないようにした。出勤したときも階段を使ってきた。

「おはようございます。」

タイムカードをきっていると矢沢先輩が頼みごとをしてきた。

「平坂すまん!午後から急用が入って、綾瀬先生の打ち合わせ代わりに行ってくれないか!頼む!」

綾瀬先生とは、ずっとうちでやっている企画に出てきてくれているオカルト小説家だ。

「俺はいいですけど、綾瀬先生ってかなり厳しい方ではなかったでしたっけ?」綾瀬先生は昔の遊女かってぐらい厳しい、なんせ一見さんお断り。それを聞いてから俺は遊女先生って勝手に心のなかで呼んでいる。

「厳しいからこそ仕事はしっかりしてくれる。まぁ、今回は俺の代わりだから大丈夫だろう。綾瀬先生俺になにかと甘いし」悠長に構えているなぁ。断る理由もなく俺は承諾した。

「ありがとうな!昨日やってもらった記事のチェックをもらえればいいから。その旨もメールで伝えておくからさ」先輩はそそくさとデスクに戻っていった。

俺もデスクにつきメールチェックなどを行う。

今の主な俺の仕事は記事の校閲や作成。まだ現場には行ったことはない、行きたいとは思わないが。

「ふぅ~。今日は心霊写真はないよなぁ。飯食う前に見ると食欲なくすからなぁ。」午前に終らすべき仕事をチェックする。今のところはやっている仕事を終らせればないようだ。

-プルルッ

滅多にならない電話がなる。

「はい、オカルト社。矢沢です。」

基本来るのは、本社からか記事を持ってくれている人だ。一般の人からは手紙かメールが基本となっている。

「平坂、綾瀬先生だ。」

「はい。」

受話器を受け取る。広いわけではないので電話はここに一ヶ所だけになる。

「変わりました平坂です。」

「あぁ、君が平坂くんか。矢沢くんから聞いたよ。それで、今日の待ち合わせ場所を変えたいんだが、いいかね?」

「はい、承知しました。どちらでしょうか?」

「ちょっと外れたとこにあるんだが、山本喫茶店というY市のとこにあるんだが。」

Y市、地元だ。

「大丈夫です。場所わかります。」

「よかったよ。そこで、11時に待っているからね。まぁ、今からだと多少の遅刻は許すよ。」そういって綾瀬先生は電話をきった。

さて、今の時間はと時計を見た。10時ぴったり。Y市までは一時間。会ったことない遊女先生に殺意がわいた。

「綾瀬先生なんて?」矢沢先輩が面白そうに横から口を出す。

「11時集合だそです。」

「いいな、時間がある。」

「Y市に」それを聞いて先輩は大笑いをし、資料を持たせてくれた。

ここには社用車なんてものはない。交通公共機関を使わなければならない。電車はいい、問題はバス。路線はわからないし時間も怪しい。

電車の座席にかけながらバスの時間を調べる。

「あれ、このトンネル」

山本喫茶店の場所を地図で見ていたらどこか聞き覚えのあるトンネルの名前が目にはいった。

"哭きトンネル"地元では有名な心霊スポット。よくある話で、どういう理由で亡くなったかは知らないが鳴き声が聞こえるという。遊女先生は知るよしはないだろう、本当に地元のやつしか知らない。

順調にバスまで、間違えなく乗れ山本喫茶店につく。

時刻は10時50分。

-カランカラン

「いらっしゃいませ」

「待ち合わせなんですけど、」

そういい、遊女先生の姿を探すが肝心なことに俺は遊女先生の姿を知らない。

「ここだよ。平坂くん」電話で聞いた声がする。

俺はあわててそこへ向かう。

「お待たせしました。綾瀬先生。」

「コーヒーでいいかな」

「すみません、飲めないのでカフェオレでお願いします」

「ふふ、君はすごいな」

鞄から資料を取り出す。

「あぁ、すまないがその仕事はあとでいいかい?」

「え、まぁ大丈夫ですけど。」せっかく出した資料をまた鞄にしまう。

「いやぁ、すまないねぇ。」メニュー表を見ながら軽く謝れる。

遊女先生もとい、綾瀬先生はそこそこ若い先生のはずだ。口調はじじくさいし和服なのも相まって若いとは断言しかねる。そして、美人だ。いや、なんか、なにしても華になる。

「カフェオレだね。あ、お昼食べる?食べた方がいいと思うけど」

「それではいただきます。」俺はピザトーストを頼んだ。

「平坂くん、哭きトンネルって知ってる?」

「噂程度には」

「へーすごいね。熱心だね。僕が聞いた人で知ってる人はいなかったよ。」名探偵風に手を組ながらいった。

「いえ、地元がここでして。地元では知らない人はいないですよ。」

「そうだったのか。僕は運がいいなぁ。」

「コーヒーと、カフェオレです。」飲み物が運ばれてきた。

遊女先生はコーヒーを、飲みながら話を続ける。

「それは誰に聞いたかわかる?あと内容が知りたいな」

「誰かは忘れましたけど。内容はよくある話でなく声がするって。」

「確かにありきたりだね。」

遊女先生は手帳を取り出すと付箋のところを開いた。

「僕が調べた話ではね、同じくなき声って話を聞いたんだ。だけどね、誰も聞いた人を思い出せないんだ。不思議だよね」

「そうですか?子供の頃の話なので忘れてしまうのでは?」

「それない。現学生に聞いてきたんだ。」

あの噂今でもしている人がいるのか。

「そうだったんですね。でも俺はそれ以上のことは知らないですね。」

「さらに不思議なのが、この僕が誰から聞いたのか思い出せない。」

先生の目からふっと光が消えた。

「お待たせしました。ピザトーストとナポリタンです。」

「食べようか!」目の光は戻っていた。プライドが高いのかオカルトに強い執着があるのか。

「はい」ピザトーストにかじりついた。

「それでこの後行ってみようと思うんだが」

「はぁ、」

「いつもはね、矢沢くんについてきてもらってるんだけどね、用事がある見たいでねぇ」俺は相づちだけうった。

「哭きトンネルって"哭き"って書くだろ?でもさ、"亡き"かもしれない。"亡き声"なんてな」

あぁ、よくある話だ。字を変えれば意味もがらりと変わる。

「先生それでどういうことですか?」

「その声を、聞いたら死ぬのか、その声が噂を広めているのか」

そんなのを知ってどうするのだろうか。オカルト小説家の考えることはわかんないなぁ。

「平坂くんは見たことある?」唐突な質問だ。

「幽霊ですか?ありませんよ」

「この前見たって聞いたけど?」

「気のせいですよ。エレベーターの下から手が出てきたような気がしたんです。」

「それだけ?」見透かしているように聞いてくる。

「見たのはそれだけですよ。ただいつも使っていたエレベーターは、使えないほどボロくて誰も使ってないって矢沢先輩がいうんです。俺は入社してからずっと使っていました。」

「それもよくある話だね。」

「曰くがあると先輩から聞きましたけど、曰くは聞いたことありません」

「聞かない話こそ何かあるのかもしれないね。今度はそこに行こうか。」

先生は立ち上がって喫茶店を出ていく。俺は先生の分も払ってついていく。

「打ち合わせで経費で落として」先生はこれまた軽く言う。

哭きトンネルは山本喫茶店の近くで、少し上ると行ける。真っ昼間に、行くということは怖いもの見たさではないようだ。

「平坂くん、このトンネルは声が聞こえるんだよね?」

-ブォォォブォォォ

トンネルから、音が、哭き声が聞こえる。

「哭き声だけど、どう考えても風の音ですよね?」

先生に聞き返す。

「ま、入ってみようか。」先生はトンネルに躊躇なく入っていった。後に続けて入ってみると、トンネルの中は音がしなかった。

「静かになりましたね」

「あぁ、そう  」

先生の後半の声が聞こえない。

「すみません、今なんて」といった瞬間、先生があわてて俺の肩を揺らした。

「       」慌てている先生の口からは音が聞こえない。

「なんですか?先生」先生は俺の手を引っ張ってトンネルから出る。その足は小走りだった。俺が走ってないせいだろうけど。

「先生、待ってください!どうしたんですか!?」トンネルから、離れていくたびに耳に痛みが強くなる。ついに歩けなくなるほどいたくなりその場にうずくまる。そして、耳に触れたとき水っぽい感じがした。それを見ると血だった。痛みと驚きで俺は意識を手放した。




目を開けると見覚えはないが、既視感のある天井とカーテンが見える。病院だ。

目だけを動かして周りを確認する。

誰もいない。


起き上がってナースコールを押そうとすると、耳に痛みが走る。

「いっ、て」

ナースコールを押してすぐに横になる。横の方が幾分か楽だった。

「あぁ、仕事は、」仕事のことを気にかけようと思ったけど辞めた。怪我をしてる時にまで仕事のことを考える社畜にはなりたくないものだ。でも、綾瀬先生のことは気がかりだ。先生には悪いことをしたな。

天井を見ながら考えていたら、カーテンが開いて看護師さんがはいってきた。

「              」

倒れる前もそうだったけど、やっぱり聞こえない。

「すみません、何を言ってるかわかんないです。」

看護師さん素早くメモ帳を取り出して何か書き始める。

『どこか痛いところはありますか?少しも聞こえないですか?』

「耳が一番痛くて。本当に全く聞き取れなくて」

看護師さんはまたメモに書き出した。

『先生を呼ぶので待っててください。』

看護師さんがでていくとき、とっさに呼び止めた。

「すみません、綾瀬、いや和服の人が一緒ではなかったですか?」

看護師さんは首をかしげて考えて、メモに『確認してきます』と書き記して病室からでていった。


医者が来るまで少しかかるだろうと思い、なぜこうなったのか振り返ってみようと思った。

「えっと、喫茶店をでてトンネルに入って。」

トンネルに入る前には風の音が聞こえて、入ったら聞こえなくなって。

「気圧の変化で、耳がダメになったのか?」

山に登ったり、海に潜ったりすると耳がおかしくなるからそれがあの時起きたんだ。

かなり納得のいく結論がでた。

-シャー

カーテンが開き白衣の人が入ってくる。

俺は体を起こそうとしたが、医者が止める。

医者は一枚の紙を出してくる。それを受け取り、目を通す。

『あなたの耳は鼓膜が破れています。処置は寝ている間にすませました。後で薬を持ってきます。鼓膜ですが、2~4週間ほどで自然治癒が可能です。』

鼓膜が破れるとこんなに痛いのか。でも治るなら安心した。

『今日帰ることも、入院もできますがどうしますか?』

入院か、耳が痛いだけだし痛み止さえもらえれば。

「痛み止さえもらえれば、帰ります。」

医者はうなずきメモをしてすぐにでていった。入れ違いに薬を持った看護師さんが入ってきた。トレイのメモには『痛みが引いてから、帰る準備をしましょう。ナースコールを押してください。』すぐ帰れとは言われなくて安心した。

「あの、一緒に来た?人は」

看護師さんは思い出したかのようにメモに書き始めた。『廊下にいらっしゃいました。お呼びしますか?』

「お願いします」

看護師さんはすぐに病室をでて、先生をつれてきてくれた。

「     」

「綾瀬先生、あの後どうなったんですか?」

メモを取り出して書き始める。

『君が倒れてすぐ救急車を呼んで今だよ。』

字がすごく綺麗だ。活字で印刷して出すのはもったいない。

「トンネルは」

『中止だよ。それより大丈夫?』

「鼓膜が破れいまして。でも4週間ぐらいで自然に治るそうです。」

『良かった。色々聞きたいことがあるんだけど、いいかな?』

先に薬を飲み込んでうなずいた。

『哭きトンネルのとき僕は風の音なんて聞いてない』

「それは、先生が先にトンネルの中に入ってて聞こえなかったのでは?」

『平坂くんが風の音がうるさいと言ったのは、僕がトンネルに入る前だった。』

確かに、「入ろう」と言った後に入ったような。

『どんな"風の音"だった?』

「どんな。ドライヤーみたいな、地下鉄の電車が入ってくる感じ?ですかね」

『なにかみた?』

「いいえ、トンネルの先は見えてましたけど。人なんかは、」

『結構ながくないか、あのトンネル』

「え、短いですよ」

『学生時代にもいったことはあったけ?』

「ありますよ、その時も思ったより短くて拍子抜けでした。」

『向こう側に抜けれたのか?』

「ええ、すぐに戻りましたけど向こう側にでましたよ。」

綾瀬先生はフッと笑みを浮かべて質問を続けた。

『その時のお仲間とは連絡取ってる?』

「いや、取ってないですね。はっはっ、華のない仕事ですし徐々に飲み会も呼ばれなくなって。はっはっ」

先生は顔色ひとつ変えず続ける。

『取材をしたいんだ。』

「構わないと思いますが、そこは矢沢先輩に聞かないとですね。先生一応売れっ子なので。」

そういうと、書いていた先生の手がピタリと止まって顔に影が入る。また、書き始めて見せつけると同時に胸ぐらを捕まれて詰め寄られた。

『なにが、"一応"なのかな?平坂』

「いやぁ、言葉のあやですよ。この年代の人は本なんか読まないですし、有名でもわかんないって意味で」

胸ぐらをつかむ手がぐっーと強くなってきた。

「         」

ひょっこりと矢沢先輩が病室に入ってきた。

先生はぽいっと胸ぐらを投げ捨てた。

「先輩、綾瀬先生が取材をしたいそうで。」

「   」

先輩がなにを言ってるかわからず綾瀬先生の顔をみる。

『許可がでた』

売れっ子じゃないのか。一言ですますのだろうか。

『退院できるのか?』先生が筆談をしてたのをみて、先輩もメモに書いて見せた。

「はい。」

良かったと言う顔を浮かべた。

『仕事はどうする?』

普通に出勤するきでいたが、電話もとれないしな。どうしたものか。

考えていたら、先生が紙を差し出してきた。

『リモートにすればいい。僕の校閲とか調べものをするといい』

先輩を見上げると、うんうんと頷いている。

「では、それでよろしくお願いします。」

先輩のと先生が帰った後看護師さんを呼んで、手続きを行い帰路に着いた。


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