8 形だけのチーム
平也に注意をした教員は、親の経営する病院を継ぐため、平也が三年生になる前に大学を離れた。
他の教員は特に気づくこともなく、平穏無事な大学生活を送っていた。
唯一問題があるとすれば、高校までは学業の成績だけを見られていたところ、医大ではチームワークも求められるところか。
平也の通う大学では、解剖実習は四人一組。独断で効率の良さを求める平也と、チームの和を大事にする他のメンバーはよく衝突した。
一匹オオカミと言えば聞こえはいいが、端から見ればただの自分勝手。
その姿は平也自身が一番嫌っている父、廉也とそっくりだった。
成績だけを見れば平也は間違いなくトップクラスの優等生だが、人と協力するという点においての適正は皆無だった。
平也は自分が普通と違う性質を持っていることを自覚しているが、周りに合わせようとは思わない。
それがさらに同じチームの人間を苛立たせているとわかっても、足並みは合わせなかった。
午前の授業が終わり、キャンパス内の木陰に座って缶コーヒーを飲んでいると、同じチームのリーダーが話しかけてきた。名前は……興味ないから覚えていない。
「嘉神、ちょっといいか」
「なにか?」
「なんだ、その態度。実習の時もそうだけど、君はチームで協力し合おうって言う気はないのか」
「なにが不満なんだ。俺は課題はきちんとこなしているが」
「紙の上の成績だけ良ければいいというものじゃないんだよ。和を乱さないでくれ。ぼくは父の病院で働かないといけないから、こんなことで足を引っ張られたくないんだ。ぼくまで成績が悪く見られるじゃないか。父になんて言われるか」
前半は和を乱すなという話だったのに、いつの間にか成績が悪いと父と祖父にとやかく言われる、という愚痴になっていた。
(くだらねぇ。何か他にやりたいことがあって、そんなに医者になるのが嫌なら医大なんて来なけりゃいいのに)
自分のことを棚上げにして、平也は心の中でリーダーを笑った。
「あんた、御立派なことを並べてるくせに、医者になりたくて医大に入ったんじゃないんだな」
「な……」
顔色が、端から見てわかるくらい赤くなった。
いつも冷静なリーダーは怒り心頭。
抱えていたファイルを、力任せに地面に叩きつけた。
「君になにがわかる! 努力しなくても成績がいい人間に、凡人の気持ちがわかるもんか。ぼくは医者にならなきゃいけないんだ。祖父の代から続いている病院をぼくの代で潰すなんてできない。いま医院にくる患者だって……、ぼくが継ぐと思っている」
「本当はなりたくないなら来なきゃいい。黙っているだけで察してくれなんて、ご都合主義がすぎる。それに、俺が努力していないなんて決めつけんな。勉強しても成績が悪いのはてめえの努力不足だろ。八つ当たりされるのは迷惑だ」
普段学校でめったに口を開かないが、勝手に嫉妬されて目の敵にされるのは迷惑でしかない。
だから平也は思ったことを歯に衣着せず、ぶちまけた。
「俺は継ぐものなんか持っちゃいないが、医学を学ぶのはこの先絶対に役に立つからな」
「は?」
「俺は俺の目的のためにここにいる。あんたらみたいな、人を救うとか家を継ぐとか、御立派な目標じゃないけどな。まあ、お互い足を引っ張らないようにしとこうぜ。どうせあんたとチームを組むなんて学生の間だけ。学校を出たらもう二度と会わねえんだし」
それだけ告げて、平也はその場をあとにする。
そう。
大学を出た後は研修医の時期がある。そこでは検体ではなく実際の人間を相手に執刀できる。実践を積めば、本番で必ず役に立つ。
嘉神廉也を殺す、その日のために。