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最終話 嘉神平也の平常

 無事に大学を卒業した平也は、大学時代に研修で通った総合病院の研修医として働きはじめた。


 稼げるようになったからアパートを借りることも可能ではあるが、廉也を亡き者にした後は逃亡するつもりでいる。そうなるとアパートなんて借りるだけ無駄。

 逃亡生活の資金を考えれば、賃貸契約で余計な金が減るのは避けたかった。


 勤務先が家からバスで十分の距離にあるため、実家を出なくても問題はないという建前が通る。


 初任給が入った最初の休日。

 平也は解体用の刃物を求めて都内の刃物専門店を巡った。


 普通の包丁ではダメだ。人間を解体できるほどの強度がある包丁となると、そうそうない。そもそも包丁というのは、人間を解体するために作られてはいない。

 解体用というと、猪や熊などの獣用。店内にびっしりと並ぶ包丁を眺めながら、狩猟向きのものを探した。


 刃物全般を扱う店だから、家庭で使う一般的な包丁を買い求める人から刺身包丁を求める板前までさまざまな人間が包丁を検分している。おかげで平也は大して目立たない。


 途中・・で壊れた時のことを考慮して、二本購入した。


 それを自室に隠し、普段通りの生活を続ける。

 今はまだ時期ではないから。


 平也が事件を起こせば、当然指名手配犯になる。そうなれば全く同じ容姿を持った初斗は、街を歩くたびに嘉神平也じゃないのかと疑われながら生きていくことになる。人前に顔を晒せない。

 なんなら「そんな身内がいる人間を置いておけない」と言われ、今働いている病院を解雇されることもあり得る。


 小学生の頃から精神科医になりたいと目標を定めてこれまで努力してきた初斗だ。

 それが夢目前で一気に崩れ去る。


 そう考えると心の底から笑いが止まらなくなる。

 平也自身は医者になりたいなんて思ったことは一瞬たりともない。全ては、計画のため。

 初斗のように夢なんて持って生きていない。


 廉也を殺るなら、研修医の期間が明けた直後。初斗に最もダメージがいく瞬間。


 とうの廉也は、自分を殺すために何年もかけて準備しているなんて夢にも思っていないだろう。

 家に生活費として給料の一部を入れているから、大っぴらに文句も言えまい。




 研修医の期間を終え二十九歳になった夏の日。


 ついに計画を実行に移した。


 廉也は帰宅してからすぐ風呂に入り晩酌をする。酒の専門店で厳選して購入したウン年もののワインだ。

 その酒に、去年「眠れない」と仮病を使い病院で処方された睡眠薬を全て混ぜ込む。


 何も知らない廉也はなんの疑問も持たずに瓶を開け、冷蔵庫からつまみのチーズを出して飲み始めた。

 一時間もすると、意識朦朧となった廉也が床に倒れ込む。


 これでしばらくは目を覚さない。

 襟の後ろを掴んで風呂場に引きずり、レインコートを二重に着込んで関節の隙間に包丁を入れた。

 心臓を突くなんてことはしない。すぐに死なれてはつまらない。


 右腕を落とし、続いて左腕も落とす。

 溢れ出す血が排水溝に溜まっていく。

 手術で皮膚を切開するなんて目じゃないくらいたくさんの血が吹き出していて、最高に胸が躍った。

 血液特有の鉄錆のような臭いもいい。

 野良猫や野良犬を刺してもこんなに血は出ない。


 それなりに血液量のある人間だからこそ。

 あまりに楽しくて、鼻歌をうたいながら右肩に包丁を入れる。左の肩も。次に右足首、左足首、膝、足の付け根、最後に首。

 返り血で全身を真っ赤に染めながら、平也は笑う。


 平也はこれが平常。

 生き物を殺すのが楽しくて仕方がない。


 気づけば廉也はプラモデルのように、十を超えるパーツに分かれていた。


 罪悪感なんか微塵も胸に湧いてこず、死んでくれて清々したとしか思わない。

 長い間初斗と比べられ続けていたから、廉也の声を聞かなくて良くなったことが嬉しかった。


 その廉也のご自慢の息子は、これから先の人生でずっと、殺人犯の弟という肩書を背負って生きていくことになる。

 もう絶対、精神科医になんてなれない。

 殺人鬼の弟に診てもらいたい患者なんていない。



 レインコートを脱ぎ捨て、平也は大笑いしながら家を出た。

 カバンにはこの数年で貯めた逃亡資金。それから家に入れていた生活費・・・も、帰ってくる直前に全額引き落としている。

 廉也だったものが発見されるのは、おそらく明日の昼、嘉神の祖母が訪問してから。


 逃げる時間は十分ある。


「さてと、これから何しようかな。医学の知識を活用しない手はないし、ま、とりあえず腹ごしらえしとくかな」



 平也は軽い足取りで街の雑踏に紛れた。


 そして平也が予想していた通り、初斗はここから地獄のような日々を送ることになる。


 猟奇殺人鬼の弟だと後ろ指をさされ、顔を隠して生きるほかない。


 平也の予想は一つだけ外れた。

 初斗はどれだけ罵られようと夢を諦めることはなく、三十五歳になる年に自分のクリニックを開業する。


 初田ハートクリニック。


 腕は確かだが、決して人前に顔を晒さない変人医師。

 初斗を信じるたくさんの人に支えられながら初斗は医者としての道をいく。


 逃亡劇の末に平也が逮捕されるのは、クリニックの開業より数年後のこと。





 END

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初斗が主役の本編はこちら。
初田ハートクリニックの法度 完結済
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