1 異常な兄弟
嘉神兄弟は異常だ。
大人たちがささやき合うのを、双子の兄・平也は他人事のように聞いていた。
イナゴを見れば足をもぎ取るし、アリの行列を見つければバケツの水をかける。
胴体のみになった虫がそこからどうやって死んでいくのかを観察するのは、とても楽しかった。
そこに悪意などなく、平也にとっては平常運転だ。
虫なんてそこら中に掃いて捨てるほどいるのだから、数匹殺したところで代わりはいくらでも生まれてくる。
大人たちが蠅や蚊を叩き潰すのとなんら変わりない。
イナゴ殺しを咎められたなら、「蠅を殺している人間がなにを言ってるんだ?」と聞き返す。
佃煮にして食べることもある虫なのに、殺すのは可哀想。上っ面すら繕えていない偽善の台詞を聞くたびに鼻で笑った。
蠅はよくてイナゴは駄目だと言いながら、明確になぜ駄目なのか答えられた大人はいない。
そして平也の弟、初斗。
初斗もまた平也と同じように虫殺しを遊びとしていた。
一般論だが、一卵性の双子は容姿だけでなく、思考回路が似ることが多いらしい。
性格は全然違うが、虫を殺してなんとも思わないところは全く同じ。
虫も殺さないような顔をして、という言葉があるが、初斗の場合まさにそれ。
ぼんやりした顔をして、眉一つ動かさず赤トンボをを解体していた。
いつの頃からか、初斗は虫殺しをしなくなった。
母方の祖母に言われて編み物の手伝いをしたり、祖父の将棋の相手をしたり……世間一般でいう普通の行動をするようになった。
平也にはわかる。
初斗は普通になったのではなく、擬態だ。中身は前のままだが、異常だと言われないように普通の人間のふりをしている。
ひどく裏切られたような気分だった。
初斗だけは、いつまでも平也と同じ異常者だと思っていた。
小学校を卒業するとき、平也は初斗に言った。
「おい初斗。お前だって俺と同じのくせに、普通になれるとでも思っているのか? 死んで欲しいくらいむかつく」
平也と全く同じ顔で、初斗は笑顔を浮かべながらのんびりした口調で答える。
「よかった。ぼくも兄さんのこと大嫌いだから。初めて気が合ったね」
初斗が普通になろうとするのと逆に、平也は己の平常を貫いた。
楽しいと思うことをする。
道ばたに蝉が落ちているなら踏んで砕く。縁の下にネズミがいたなら手足をもいで内臓を引きずり出す。
生き物がバラバラになるのを見るのが、楽しくて仕方なかった。
そして双子が中学二年になった年、両親が離婚をした。
年々不仲になっていたから、当然の結果だ。
平也は父につき、初斗は母についていった。
平也は嘉神平也のまま。
弟は嘉神初斗から初田初斗になった。
母と初斗は中学卒業を機に都外に引っ越していき、平也から連絡を取ろうとしたことはない。
初斗も平也を嫌っていたため、会おうなんて言ってこない。
平也が双子だなんてことは、同じ中学卒の人間しか知らないこととなった。