三歳児に奪われた
最終回です
この日の夕食も、ラリック、シャルーナ、リイリンの三人だった。
国王夫妻はプライベートスペースの食堂で食べるため、リイリンが使用している客間に近い所にある来客用の食堂には余程のことがない限り来ないからだった。
「ルーナ、リイね、きょうもルーナといっしょにねたいの」
「あらリイ様。それでは何かご本もお読みしましょうか?」
「リイね、ネコがでてきてネズミがびっくりするおはなしがすき」
「ではそれをお読みしましょうね」
二人でニコニコと笑いながら進む話も、ラリックにはなんだか面白くない。
ラリックとしては、日中仕事を頑張っているのだから、夕食後のほんの一時くらいシャルーナを独り占めしたい。
それなのにリイリンが朝から寝るまでずっとシャルーナを独占しているし、シャルーナもそれを良しとしている。
しかし、それに言及するのはさすがに憚られる。
何せ相手は三歳の隣国の王女だ。
事情もわからず両親と離れて暮らす三歳児に優しくできなくてどうする。
シャルーナはリイリンを思って対応しているだけだ。
そう頭では理解しているが、やはり面白くないものは面白くない。
一週間以内に動きがあると言っていたな、とチラリとモリーナを見ると、こちらもニコニコと嬉しそうだった表情がさらに笑みを深くされた。
いかにも作り笑いです、という表情に変わったが、こちらはもうどうでもいいか。
ラリックは二人のペースに合わせて食事を進め、来週からはシャルーナを独占しようと頭の中でデートの予定を考えた。
一報が入ったのはそれから三日後の陽が落ちた頃。
通信用に育てられた鳩がカドジュールから飛んできた。
一週間以内に動きがあるとの情報から城に詰めていた宰相が、鳩の足に括り付けられた小さな手紙を読む。
すぐに国王とラリックも会議室へと集まった。
小さな紙を広げて読む国王は、手紙を読み終えるとラリックに手渡す。
ラリックも内容を確認し、安堵のため息をついた。
「詳しくは影の者からの報告になるが、とりあえずシバーグ公爵は失敗したということだな」
「影の者は早ければ明日午後には参るかと思われます」
「うむ。この情報が正しいことを祈るが、報告を待つことにしよう。それまでは宰相もこのまま城に詰めてくれ」
「承知いたしました」
「ラリック、シャルーナにはまだ話すな。情報の真偽が分からぬうちは、ぬか喜びさせてはいけない」
「はい」
ラリックはかなり早く決着がついたことに一瞬安堵したが、なるほど誤報の可能性もある。
まだ暫く緊張が続くのかと納得し、シャルーナには話さないことにした。
きっとモリーナにも情報は入っているだろう。
ラリックがそう考えた時、会議室の扉がノックされ、モリーナが入室の許可を求めてきた。
モリーナにも伝令が来て、内容はほぼ同じだったが、シバーグ公爵が深手を負っているとあった。
モリーナはさらに重要なことを伝えた。
「きっとカドジュールからは使者が来ることでしょう。今までは外交を担っていた者が使者となっておりましたが、今回はその者が来たらそれは偽の情報だとお思いください。信に値する内容を持ってくるのはシェルロッド伯爵、もしくはシェルロッド伯爵夫人、この二人のいずれかです」
モリーナはカドジュールを出てくる時、ゴードン国王から直接その旨を伝えられたと言う。
もしシバーグ公爵が成功した場合、使者に立つのは外交を担っている者だろう。
しかしその場合、使者の持つ手紙の真偽がハイノ国ではわからない。
そのため、今回はシェルロッド伯爵か伯爵夫人を正しい使者とするとのことだった。
翌日の夕方。
ハイノ国の影の者が国王に報告に来た。
伝えた内容は、シバーグ公爵の謀は失敗。
シバーグ公爵は肩に矢が命中し、貴族牢にて治療を受けつつ幽閉されているという。
シバーグ公爵に加担した者はことごとく捕まり、現在は尋問の最中だが、シバーグ派は一掃できたとのことだった。
シバーグ公爵令息は加担していなかったがことの重大性を鑑みて、王位継承権の放棄、シバーグ公爵家取潰し、王家の指定する土地にて蟄居閉門と決まったとのことだった。
そしてカドジュールからの使者もその三日後にやって来た。
使者はシェルロッド伯爵で、モリーナにもこっそりと面通ししてもらい、本人だと確認済みだった。
シェルロッドは、『カドジュール国の法が変わり、長子相続となったためリイリン王女が将来の女王となることが決まった。よって婚約はなかったことにしたいこと、またハイノ国を巻きこんでしまったことへの謝罪』が書かれた信書をハイノ国王へ渡す。
ハイノ国王も、元々婚約の書類ができていなかったから、ということであっさりと了承した。
その後、その場にはリイリンとモリーナも呼ばれ、ラリックとの婚約は無くなったこと、近いうちにカドジュール国へ帰ることが伝えられると、リイリンはシェルロッドをまっすぐ見て、『わかった』と一言言った。
詳しい話があるから、とリイリンとモリーナが部屋へ戻るように言われると、扉近くまで歩いたリイリンが、『あっ』と何かを思い出したように声を出し、シェルロッドに向かって大きな声を出した。
「リックとこんやくなくなったなら、ルーナとけっこんしたい!リイ、ルーナとこんやくする!」
それは幼い王女の可愛らしい言葉だとその場がふんわりと和やかになったが、ラリックだけは真顔だった。
冗談じゃない。自分はかなり我慢した。それなのにシャルーナを奪われるなんて許せない。
グッと拳を握り、なんとか大声を出さないように堪えるラリックに気がつかず、リイリンとモリーナは退室して行った。
扉がバタンと閉まるとラリックはシェルロッドを見て、『駄目だから』と力強く言う。
シェルロッドはラリックの本気の言葉に吹き出しそうになるのを堪え、『わかっております』と恭しく頭を下げた。
リイリンとモリーナは、シェルロッドと一緒に三日後に帰国することが決まった。
王女がまだ三歳ということもあり、お別れの晩餐は身内のみとなった。
国王夫妻、ラリック、リイリン、シェルロッド、シャルーナ、そしてノーベント公爵。
モリーナはリイリンの背後に控えている。
「リイね、ルーナとけっこんして、じょおうになるの」
「リイ様、私は女ですから王配にはなれません」
「おうはいって、なに?」
「女王の夫です」
「ルーナはおっとになれないの?」
「私は女ですから夫にはなれませんね。妻にならなれます」
「リイとけっこんできないの?」
「そうですね。残念ですけど」
「えー。やだぁ」
晩餐が始まって、終始この状態だ。
テーブルを共にする四人は愛らしいものを見る目で楽しんでいるが、ラリックだけはやはり真顔だった。
渋面ではあるが、なんとか堪えて食事をしているラリック。しかし思わずカチャンと大きな音を立ててしまう言葉があった。
「じゃあ、ルーナいっしょにカドジュールにいこう?」
「はあ?」
ラリックの手からナイフが滑り落ち、食器にぶつかり音が鳴る。
皆、視線だけをラリックに移したが、ラリックはそんなことも気が付かない。
長期休暇が始まってシャルーナが城へ来たことから、二人でいちゃいちゃしたりデートしたりする時間がたくさんとれると思っていたのに、すべてリイリンの為に我慢した。
とても我慢した。
それなのにシャルーナをカドジュールへ連れて行くと言い出したリイリンに、ラリックはつい鋭い視線をぶつけてしまった。
その視線に気がついたリイリンは、顔を強張らせた。
もう泣いてしまうのでは、という時に、ワイデン・ノーベントがとても優しくリイリンに話しかける。
「リイリン殿下、シャルーナは学園の勉強があるんですよ。長期休暇とはいえやることがあるので、残念ですが連れて行ってもらうと困りますよ」
「そうなの?ルーナ、おべんきょうがあるの?なら、がまんする」
涙を堪えて言葉を返したリイリンに、皆がうんうんと微笑みながら頷いている。
そしてまた皆が食事を進めると、ワイデン・ノーベントがラリックに向かって声を出す。
「しかし、ラリック殿下。幼い王女に悋気とは。フフフッ、何とも格好がよろしくないかと、フッフフッ」
口の端を少し上げて、小バカにしたような物言いだったが、直後の国王の大笑いでなんとか空気が凍りつくのを免れた。
リイリン達が帰国するのを見送るため、シャルーナは城の馬車寄せに立っている。
もちろん国王夫妻とラリックもいる。
モリーナとシェルロッドを後ろに従えたリイリンは、幼いながらも凛と立つ姿に品位が見えた。
「おせわになりました。カドジュールへもぜひおこしください」
しっかりとした挨拶は、きっとモリーナに教えてもらったのだろう。
リイリンからの挨拶に、国王も幼い王女だという対応ではなく、しっかりと一国の王女だという言葉で挨拶を返した。
そろそろお時間です、というモリーナの言葉に頷いたリイリンは、馬車に向けた体をくるりとまわし、シャルーナに向かって駆けてきた。
「ルーナ、だっこ」
自分に対する別れの挨拶は抱っこなのか。そう考えたシャルーナは、屈んでからしっかりとリイリンを抱き上げた。
リイリンは嬉しそうに笑った後、『とうさまはおでかけのとき、かあさまにキスをするの。ルーナ、キスしていい?』とシャルーナに尋ねる。
頬へのキスくらい聞かなくても、とシャルーナはにこやかに、『どうぞ』と返した。
リイリンは満面の笑みの後、シャルーナの両頬を小さい手で挟み、自身の唇をシャルーナの唇に押しあてた。
「うわっ!」
隣で見ていたラリックが、慌ててリイリンをシャルーナから引き剥がし、『道中お気をつけて!』とモリーナへと渡す。
モリーナはリイリンを受け取ると、丁重に馬車へと座らせた。
ゆっくりと動き出す馬車の中からは、リイリンが手を振っていたが、ラリックはシャルーナを抱き寄せてそちらを向かせないようにする。
「ラリック?これでは見送れません」
「良いんだよ、だってあの子はシャルーナの······」
ラリックはそこまでしか言葉にできなかったが、周りは皆温い目でラリックを見ていた。
言いたいことはわかる。
婚約者の初めてを奪われたってことだろう?
国王夫妻は我が息子の嫉妬深さにため息をつき、使用人達は顔には出さないが状況を楽しんでいる。
そしてシャルーナは思いがけない唇に、子供って可愛らしいわ、と将来の我が子に思いを馳せて心を躍らせていたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました
ブクマとかいいねとか
目に見える数字は本当に嬉しいです。
ありがとうございました。




