侍女モリーナ
こんにちは
あと二話で終わりの予定です
国王も王妃も当然その当時のワイデン・ノーベントを知っている。
国王は一度お忍びでワイデンと街歩きをした時、絡んできた破落戸を瞬時に制圧したのを見ているため、ワイデンが殺気を纏わせるとつい思い出して、恐怖心が体中を駆け巡ってしまう。
そしてその殺気を、先日は隠すことなく国王に向けていた。
部屋を出ようとした公爵の名を呼べただけでも頑張ったほうだ、と自嘲気味に話していた国王だったが、直後の話し合いでシャルーナを城へと連れてこようと決めた。
シャルーナは父であるノーベント公爵を無条件に信用している。今回も婚約を解消すると公爵が言うのなら、絶対に解消になるだろう。そしてそのまま良ければ領地に籠もり、悪ければ他国へと旅立ってしまうかもしれない。
シャルーナを手放すことなど考えられなかったラリックは、国王から学園の帰りにそのままシャルーナを連れてくるように、と言われた。
ノーベント公爵には、カドジュール国内の不穏な動きとリイリンとの婚約について全て話し、婚約解消などさせないように動くから、とラリックは朝食時に国王から言われたが、かなり早い時間に婚約解消の手続きに来た公爵により、いろいろな計画が慌ただしく前倒しになっていった。
しかしラリックはシャルーナを城へと連れて行くことは成功した。
そして公爵へ全て話し理解を得た、婚約解消はないと国王から聞いたラリックは、警備の都合で城の外には出られないがシャルーナの側にいて守ろうと思っていた。
シャルーナが他国へ連れ去られる心配は本当のことだ。一番脅威なのはカドジュールのシバーグ公爵。
シバーグ公爵には十八歳の息子がいる。
婚約者は十五歳だと聞いた。
しかし、その婚約を解消してシャルーナと結婚させることは容易に想像できた。
もちろん、シャルーナが自発的にハイノ国の秘密を漏らすとは考えられない。しかし、もしも自白剤などを使われたらひとたまりもないだろう。
ラリックにとって、リイリンの命よりシャルーナの方が大切だ。
カドジュール国王夫妻には悪いが、シャルーナを巻き込みたくない。
だから常に側にいてシャルーナを守りたい。
そう思っているのに、溜まった書類を捌くことがまず最優先で、体調を崩したシャルーナの様子を見に行くと、シャルーナの隣で幸せそうにお昼寝をするリイリンがいる。
「んー」
仰向けで寝ていたリイリンがシャルーナの方に体を向けると、無意識だろうがシャルーナはリイリンを抱くように自身も横向きになって寝ている。
婚約者がお昼寝の三歳児と一緒に寝ているだけだ。
しかも三歳児は王女だ。
ラリックは目の前の光景をそう頭では理解しているが、なんとも複雑な気持ちをおぼえてしまい、二人に気づかれないうちにそっと退室した。
シャルーナの寝室から退室する直前に、モリーナから、『一週間以内に動きがありそうです』と囁かれた。
寝室には寝ているリイリンとシャルーナ、そしてラリックとモリーナだけ。
内密の情報を伝えるにはもってこいの状況だった。
しかし、どこに耳があるか用心に越したことはないと考えたのか、モリーナはそれだけ伝えるとラリックから離れた。
ラリックも追求はせず、小さく頷くに留めて素知らぬ顔で部屋を出た。
モリーナは所謂影の者なのだろう。
本来は他国のそのような人物を城へ入れるのは良くない。
しかし、カドジュールに恩を売るならば仕方がない。
念の為にモリーナには監視もつけているが、それはきっとモリーナにもバレている筈だ。
モリーナにつけている監視は、脅しのようなもので、余計な動きを見せたらどうなるか、モリーナはわかっているだろう。
国王宛に、早朝にモリーナに接触を図った者がいたと報告はあった。
その接触者もハイノ国の影の者が追っている。
ラリックはカドジュールに残してきた影の者からの報告と照らし合わせ、モリーナの情報に遅れも偽りもないことを理解したうえで、今後のことを考えながら国王の執務室へと向かった。
シャルーナは、すぐ傍でもぞもぞと動く気配で目が覚めた。
うっすらと目を開けて確認すると、リイリンはまだ寝ているようだ。
少し口を開けて、全く無防備な寝顔を見せてくれている。
リイリンの目が覚めないように気をつけながら時計を見ると、お昼寝を始めて一時間弱。
ゆっくりと慎重に起き上がると、寝室の扉付近にいるモリーナに気がついた。
モリーナもシャルーナを見ていて、優しい笑みをうかべながら頭を下げた。
ベッドから降り、モリーナに近づいたシャルーナは、『いつもはお昼寝、どのくらいするのかしら』とこっそりと尋ねた。
モリーナとシャルーナは扉を開けたまま隣の居間へと移動する。
シャルーナに気がついたメイドがお茶の用意を始める。
「二時間は寝ません。一時間から二時間の間で、日によって違います」
リイリンが一人で寝ているシャルーナの寝室には、女性の近衛騎士が入っていった。
シャルーナはソファに腰掛けると、『良かったら一緒にお茶を飲みましょう』とモリーナを誘う。
モリーナの返事の前に、もうメイドはモリーナの為のお茶を用意し始め、それを見たモリーナは、『すみません。ではお言葉に甘えてさせていただきます』とシャルーナの正面に座った。
シャルーナはモリーナに聞きたいことは沢山ある。
しかし、周りにはメイドも近衛騎士もいる。
この状況では聞けない。しかし無言でお茶を飲む度胸もないので、リイリンについて尋ねることにした。
「リイリン王女は、どんな遊びがお好きなのでしょう」
「殿下は庭の植物を見るのかお好きです。花も、草も。しかしさすがに他国の城で好きに歩けるとは思ってないので、植物図鑑が用意されていたことは感謝致しております」
昨日、植物図鑑を見ながらリイリンがあれこれと説明してくれたことを思い出し、シャルーナは軽く頷く。
「詳しいはずですね。昨日、私の知らない植物について教えてくださいましたわ」
「きっと、カドジュールにしかない植物だったのでしょう。そういった植物もあると聞いたことがあります」
「食べ物は、お口に合っていらっしゃるのかしら」
「はい。とても美味しいと」
「それは良かったわ」
シャルーナが微笑むと、モリーナは手にしたカップをソーサーへ戻し頭を下げる。
「シャルーナ様、ありがとうございます」
周りの目を気にして、それだけを言うモリーナだったが、シャルーナは軽く手を振り、『良いの、良いの』と笑った。
「あんなにお可愛らしいリイリン様に嫌なお顔はしてほしくありませんし、何よりこの国を好きになっていただけたらこの上ない喜びですから」
ふふっと笑うシャルーナの美しさに、心根が現れているようだとモリーナは思った。
美しく、優しく、温かい。
疑うということを知らないように見えるが、あのラリックに愛されているのなら、あのラリックの隣に立つのならこういう方がピッタリだとモリーナは考える。
きっと今の会話も、ラリックには影の者を通じてすぐに伝わることだろう。
この国に到着したときから感じる監視の目。
それは隠れる気もないようで、すぐにラリックからの忠告だと気がついたモリーナは、一見すると優しく見えるラリックの黒さに笑えた。
なるほど、王子たるものこうでなくては、と楽しくなり、任務外ではあるが調べようと思っていたハイノ国の城の警備等については保留にした。
リイリンがあっという間にシャルーナに懐いたことも、モリーナの動きを止める理由の一つとなった。
ともかく、ゴードンから命じられたのはリイリンを守ること。今回は監視の目が厳しかった、と理由をつけてリイリンの護衛にのみ徹することにしたモリーナだった。
お昼寝から起きたリイリンは特にぐずることもなく、トコトコと寝室から歩いてきて、居間にいるシャルーナの隣に座った。
モリーナは既に立って仕事モードに入っていたので、シャルーナの前のソファは空いていたが、リイリンは迷うことなくシャルーナの隣に座った。
リイリンの前に用意されたのはミルク。
「リイ、ミルクきらいなのに」
むう、と口をとがらせ可愛い抗議をしたリイリンに、シャルーナは、『ミルクを飲むことも大切なことですよ』と優しく話した。
既にモリーナから、ミルクは嫌いなだけでアレルギーではないと聞いている。
シャルーナも幼少期はミルクが嫌いだったが、そのうち何とも思わなくなったという経験者だ。
シャルーナは優しく話したが、無理をさせるつもりはない。
リイリンの前にはフルーツジュースも置かれた。
リイリンは両方のグラスを見つめ、ミルクの入ったグラスを持ち上げるとくいっと飲んだ。
グラスの半分くらいまで一気に飲むと、『おいしかったわ』とグラスを置いて、すぐにフルーツジュースのグラスに手を伸ばした。
シャルーナやモリーナはもちろん、周りのメイド達もにこにことその姿を見つめる。
「リイ様、ちゃんとミルクを飲めて偉いですね。でも、冷たいミルクは一息に飲むとお腹が痛くなるかもしれません。次は甘めのホットミルクをご用意しましょうか?」
「あまいの?」
「はい」
「あまいのなら、のんでもいいかな」
「では次はホットミルクをご用意いたしましょう」
本当は苺ミルクを薦めたいが苺の季節では無かったため、シャルーナはいつでも用意できるホットミルクを提案してみた。
リイリンはホットミルクを知らないようだったので、あちらでは飲ませていなかったのかもしれない。しかし、ホットミルク禁止という話は聞いていないから良いかな、とシャルーナはメイドに目配せをすると、メイドも心得たとばかりに頷いた。
お読みいただきありがとうございました。
次話は明日十二時投稿予定です。
最終回の予定です。