武闘派の公爵
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朝食が終わる直前に、王妃からシャルーナに午後お茶を共にとの誘いが来た。
午後はラリックとお茶をと話していたが、仕方がないとラリックが折れてくれ、シャルーナはお伺いしますとすぐに返事をすることにした。
「リイもいきたいな」
可愛らしくおねだりされると、なんとか叶えてあげたくなってしまう。シャルーナは王妃へその旨を確認してもらいたい、と王妃からのお誘いの伝令に来た侍女に依頼し暫く待った。
すぐに侍女は戻って来て、ご一緒にどうぞと返事をもらったシャルーナは、リイリンと二人でリイリンが与えられている客間へと向かった。
昨日は植物図鑑を見たが、この日は動物図鑑を見た。
絶滅危惧種に興味を持ったリイリンに、『絶滅危惧種』というカテゴリーの説明を四苦八苦しながらなんとか理解してもらえたシャルーナは、言葉選びの難しさを知った。
死に絶えるとか生死に関わる単語は、三歳児に使っても良いのか、理解できるのか、そんな手探りでの説明だったがリイリンはちゃんと理解したようで、『ぜつめつすると、かなしいね』とポツリとこぼした言葉にシャルーナはギュウッとリイリンを抱きしめた。
なんて優しい子!可愛らしくて優しくて健気で、もう大好き!
シャルーナは心の中で叫びながら、リイリンの背中を撫でる。既に親バカの境地に達していたが、自覚することなくリイリンを可愛がった。
「シャルーナ、突然ごめんなさいね」
王妃の謝罪は、今日のお茶会のことか昨日ラリックに城へ連れてこられたことか判断できず、シャルーナは曖昧に、『いえ』と言って微笑んだ。
もちろん隣にはリイリンがいる。
王妃はリイリンへ視線を移し、『リイリン様のお好きな物があれば嬉しいわ』と手招きをする。
チラリとシャルーナを見上げてきたリイリンに、シャルーナが優しく頷くとリイリンは指定された椅子へと座った。
シャルーナも座りお茶会が始まる。
といっても内々なものだ。
リイリンの前にはフルーツジュースが注がれたグラスが置かれ、側にいるモリーナに手が届かないお菓子を取ってもらっていた。
「シャルーナ、不自由はない?王太子妃教育なんて理由で城に来てもらって、驚いたでしょう?理由は聞いたかしら」
「はい。昨日ラリック殿下からお聞きしました」
「公爵にも話したから、ご家族のことは心配しなくても良いわ」
メイド達は既に退室して、今は関係者のみが部屋にいるだけだった。それでも王妃は言葉を濁しながら話す。
それがわかったシャルーナも、深く掘り下げたりはしない。
美味しそうに焼菓子を食べ、ジュースを飲んでいるリイリンを視覚で堪能しながら、シャルーナもお茶を飲んだ。
「それにしても、随分と早く仲良くなったようね」
「私とリイリン様ですか?はい、とてもお可愛らしくて大好きです」
「リイもね、ルーナすきよ」
お菓子を食べながらも耳はちゃんと話を捉えていたようで、リイリンは王妃とシャルーナにそう言うとニッコリと微笑んだ。
王妃もふふっと微笑んで、『私も女の子が欲しかったわ』とシャルーナに言った。
「世継ぎを望まれる立場ですから王子を二人も生んだことは褒められましたけど、こうして可愛らしい王女を見ると、一人くらいは女の子が欲しかったなと思いますよ」
「リイリン様は可愛らしいですよね。私も弟ではなく妹が欲しかったと思いました」
「シャルーナはこれから女の子を生むかもしれないわ。そうよ、王子と王女を生んだらいいわ。楽しみね」
王妃は楽しそうに目を輝かせた。
「ルーナは、リイのおねえちゃまなのよ」
「まあ、そうなのですね」
リイリンの言葉からさらに想像は膨らんでいるのか、王妃は楽しそうに話す。
「女の子は二人でも良いわね。仲の良い姉妹なんて可愛らしいし、見ている周りも幸せだわ。王子も二人は欲しいわね。あらまあ、四人も孫ができるの?楽園だわ」
王妃の中で既に四人の孫が確定したようで、シャルーナは苦笑いしかできない。
王妃が求める四人は、たぶん自分が生むのだろう。
しかしシャルーナの母も、親戚達を思い出しても四人の子持ちはいない。はたして自分は四人も生めるのだろうか。
もし一人でも足りなかったら側妃や妾妃をラリックにあてがうつもりだろうか。
ふと想像してシャルーナは内心焦る。
ラリックはシャルーナを王太子妃とするのは変わらないと言ってくれた。
しかし、もしも側妃や妾妃も娶ることになるなら、その時はシャルーナの気持ちの逃げ場がない。
落ち着いて考えれば第二王子の子供も、と考えられたのだが、この時のシャルーナはそこまでは思いが至らなかった。
すうっとシャルーナから血の気が引いたのを見た王妃は、シャルーナの体調が悪いのかと心配し、この日のお茶会は早々にお開きとなった。
部屋へ戻ったシャルーナの、未だ青白い顔色にメイド達はとても心配し、すぐさまベッドへと寝かされた。
そして、なぜか隣にはリイリンが一緒にベッドに入り、すやすやとお昼寝をしている。
まだお昼寝が必要な歳なのだと思い至り、シャルーナは毎日こうしてお昼寝にお付き合いしても幸せだわ、と気が緩み、シャルーナ自身も自然と眠りについた。
一生懸命書類と格闘していたラリックの元に、母である王妃とのお茶会が早々に散会したと知らせが入り、理由を聞けばシャルーナの体調不良だと知らせに来たメイドが言った。
少しだけ顔を見に行こう、とキリの良いところで手を止めたラリックは、シャルーナに与えた部屋へと急いだ。
廊下にも部屋にも護衛の騎士はいて、ラリックを見ると頭を下げる。
シャルーナにつけているメイドが、『現在は寝室でお休みになっています』と教えてくれ、続き扉から寝室へ案内された。
シャルーナの使う寝室のはずなのに、なぜか入口近くにリイリンの侍女のモリーナが居て頭を下げる。
不思議に思いながらもベッドの脇まで来たラリックは、その理由を見つけた。
リイリンとシャルーナが二人で寝ている。
それはいたって平和な光景なのに、ラリックはなぜか少しだけ苛ついた。
シャルーナを城で生活させようとしたのは、単に保護目的だけではない。
ラリックとしては、もっと仲を深めようと思ってのことだった。
王太子妃教育はほぼ終わり、あとは結婚してからの王妃教育が残っているだけだと王妃から聞いている。
だから、この長期休暇を利用して城での教育など全く無い。
それでも城に呼び寄せたのは、シャルーナを手もとに置こうと父が決めたからだった。
ラリックがカドジュールから帰国した翌日、公爵とシャルーナが登城した日のことだ。ラリックは泣くリイリンを連れ退室したが、すぐにモリーナへリイリンを任せて戻った。
しかしその場にいたのは、顔面蒼白で顔を寄せ合い何やら話し込んでいる両親だけだった。
「公爵の殺気が半端なかった」
「シャルーナもあっさりと帰ってしまって、話が全くできなかったの。どうしましょう」
「説明のために再度呼び出しなんてしたら、公爵の怒りが増幅しそうでできない」
二人は公爵の殺気にあてられたのがそうとう堪えたようで、解決策が見つからない。
ラリックは仕方なく、『明日学園でシャルーナに説明します』と言ったが、翌日肝心のシャルーナが休んでしまった。
そうとは知らないラリックは、シャルーナがいつ登校するのかと待っていると、やってきたのは侍従のザイムで、『公爵が国王に婚約解消を迫っている』と報告された。
シャルーナは登城していないと言うので、ラリックは早退しノーベント公爵邸へと馬車を急がせた。
シャルーナを長期休暇の間城で生活させようということは、昨日のうちに決まっていた。
今朝、シャルーナが滞在する『王太子妃の部屋』をメイド達が整えていたのを確認してきたラリックは、すぐにでもシャルーナを城へ連れて行こうと決めた。
シャルーナは、公爵の言いつけをよく守る娘だったが、それは公爵の愛情の深さをよく知っているからだと周りはきちんとわかっている。
そして昨日二人があっさり帰ってしまったのは、公爵が即座に下した『王家に娘は任せられない』との判断がシャルーナにも伝わったからだろう。
今日手続きに来ると公爵が言っていた、と父が言っていたから、今頃はなんとか公爵を宥めつつ、のらりくらりと躱してくれていると思いたい。リイリンとの婚約についてもきちんと説明するとは言われたが、どこまで聞いてもらえるかはわからない。
ならばこの隙にシャルーナを連れて行ってしまおう。もうすぐ長期休暇だから、誤差のうちだと言い聞かせ公爵邸に着くと、邸内は領地へ行くのだと慌ただしかった。
シャルーナの父、ワイデン・ノーベント公爵は、若い頃は公爵家嫡男でありながら武闘派として名を馳せた。
結婚後のノーベント公爵しか知らない世代は、家族に対しての愛が深い美丈夫との認識だが、結婚前を知っている者達はそんなに優しい男ではないと口々に言う。
学園を卒業後のワイデン・ノーベントは、王都より西の辺境の地にいた。
そこは隣国との小競合いが頻繁にある土地で、騎士以外に傭兵も多く雇い入れ、騎士のような綺麗な剣技ではない実践的な剣技を叩き込むことが常だった。
ワイデンはそこへ次期公爵ということを伏せ単なるワイデンとして傭兵登録し、実践的な剣技を習得しつつ小競合いの前線へと立っていた。
小競合いでは実績を積み、少しずつ地位が与えられるとなぜかあっさり前線からは遠のいて、町中の争いを止める警邏隊へと身をおいた。
皆もったいないと言ったが、『もうすぐ結婚するから』とだけ答えて町中の警邏にあたる。
土地柄乱暴者も多かったが、『ワイデンが来るぞ!』と声がかかると喧嘩をする者は散り散りに逃げだすという効果があった、と今でも語りぐさになっている。
もうすぐ結婚するから、というのは嘘だろうと皆思っていたが、ある日、『結婚するから警邏隊を辞める』と言い出し、本当に翌月辞めてしまった。
戦いの後に娼館を利用することもなく、町の女達から声をかけられても遊ぶことをしなかった美丈夫は男が恋愛対象かと思われたが、警邏隊を辞めた翌日、立派な馬車に乗ってとても美しい貴族令嬢を伴い警邏隊の隊長へ別れの挨拶に来たことで、実はノーベント公爵子息だとわかったそうだ。
公爵は嫡男ですが、結婚前は剣技を極めたいと決意し、両親も少しの間だけ自由にしてあげた感じです。
自分が愛するものを守る!的な思いを数年だけ許してもらった状態。
次話は明日の十二時投稿予定です。