義姉妹
三歳女児ってこんな感じでしたかね?
二人が部屋を出ると、部屋の前にはリイリンが女性の使用人に抱っこされていた。
「ああ、これから顔を合わせることが多くなるだろうから紹介しておく。リイリン王女付き侍女のモリーナだ。カドジュールからリイリン王女と一緒に来た」
「シャルーナ・ノーベントです。事情はお聞きしました」
「モリーナ・ホリットと申します。この度は······ありがとうございます」
周りに護衛やメイドもいる中で、言葉を探しながらもこれだけをやっと言えたモリーナは、リイリンを抱っこしたまま頭を下げた。
「リイリン王女、我々はこれからシャルーナの部屋に行くんだ」
「リイもいきたいな」
リイリンの可愛らしいお願いに、『もちろん』とシャルーナは即答した。
客室に向かうのかしら、と思っていたシャルーナの想像はあっけなく裏切られた。
ここだよ、とラリックが立ち止まったのは、ラリックの部屋のすぐ近く。そこはシャルーナの記憶が正しければ将来の王太子妃の部屋だ。
いや、先程のラリックの説明でいけば将来の王太子妃はシャルーナだ。しかし今からこの部屋を使用して良いのだろうか。
シャルーナは近衛が扉を開けているにもかかわらず、部屋に入るのを躊躇していた。
「シャルーナ?ほら入って。皆が入れないよ」
ラリックの言葉に覚悟を決めて、シャルーナは部屋の中に入った。
いつの間にかモリーナから降りて歩いていたリイリンも、シャルーナに続いて部屋に入った。
「ルーナのおへや、リックのおへやのちかくね。リイのおへやは、きゃくまなの」
「そうですか。良かったらいつでも遊びに来てくださいね」
「はあい」
リイリンは名前の頭部分が言いづらいのか、シャルーナをルーナ、ラリックをリックと可愛らしく呼び、自身をリイと言うのも愛らしかった。
シャルーナはニッコリと微笑んでリイリンを部屋へ誘うと、『はあい』と、なんとも可愛らしい返事が返ってくる。
リイリンの存在にほっこりしながらも、リイリンの置かれた立場を思うと胸が苦しくなる。
シャルーナはそんな気持ちを悟られないように笑顔を心がけ、リイリンが歩いているのを見ていた。
まだ幼いながらも王女としての品格が見える姿勢で凛としていた。
きっと何もわからずこの国へ侍女と二人でやって来て心細いはずだ。シャルーナも王城で保護目的で暮らすということは、下手に外に出歩くとあちらの公爵の手の者に捕まる可能性があるということ。ずっと城の中にいるのも退屈するだろうから、せめて遊び相手になろうとシャルーナはリイリンを見て決意していた。
その日の昼食はラリックとシャルーナ、そしてリイリンの三人が一緒に食べた。
一生懸命咀嚼しているリイリンを微笑ましく見ているシャルーナは、まるで姉のような気持ちでいた。
実際には弟のマコーレしかいないし、そのマコーレも二年ほど前から反抗期で最近やっと落ち着いてきたが、小憎らしいという感情しか持ってない。
そういえば、家族で領地へ行く準備をしていたが、今どうしているのだろう。ふとシャルーナは気になった。
いや、きっとマコーレのことだから今回の婚約解消騒ぎも『ふふん』と笑っているのだろう。
そう考えたら尚の事リイリンが可愛く思える。
「リイリン王女みたいな可愛らしい妹が欲しかったです」
「ルーナ、リイのおねえちゃまになる?」
「なっても良いですか?」
「うん、じゃあリイのことはリイってよんでね」
「はい、リイ様」
二人でニコニコと微笑みを交わし、そのまま午後はリイリンの部屋で絵本を読んであげる約束をした。
リイリンの部屋には、室内に女性の近衛騎士が護衛として二人ついていた。部屋の外には男性の近衛騎士がついていて、かなりしっかり守られていた。
夜も女性の近衛騎士が室内で護衛についているらしい。
リイリンを膝に乗せて絵本を読んでいるシャルーナは、圧迫感を与えない距離に立つ護衛が見事に存在感を消していることに感心していた。
リイリン自身は母国でも守られることに慣れているのだろうが、それでも家族と離れた他国では勝手が違うだろう。そんなリイリンを思い、優秀な護衛をつけたハイノ王家の心遣いには感動すら覚えた。
客室の本棚には絵本が十冊以上は並んで見えるが、これも王城内の図書室から持ち込んだ物の他に、午前中に書店から取り寄せた本もあるという。
お絵描きをしても良いように、紙と絵の具も用意されている。
絵の具は少々値が張るのだが、色の種類はかなり用意されていてこれもリイリンを思ってのことだとわかった。
まだお絵描きをした形跡はないが、一度経験したら楽しく感じるかもしれない。
現在、シャルーナの膝に座ってリイリンは絵本を読んでもらっている。
「おひざ、いーい?」
なんて可愛らしく言われたら、シャルーナはイチコロだった。
絵本を読みながら、『ウサギさんがいるね』『くまさん、大きいね』等と絵を指さしながらする会話も楽しい。
近くにはリイリン付きの侍女のモリーナもいて、二人の姿をにこやかに見守っていた。
ラリックは午後には王太子としての仕事があると言い、この場には居ない。
カドジュール国から帰国して以降、ずっとリイリンのお相手をしていたため書類が滞っているらしく、できるだけ急いで終わらせるから、と言いながら執務室へと向かった。
ラリックに懐いているリイリンが寂しがるかと思ったが、シャルーナに絵本を読んでもらったり植物図鑑を見ていると、『このおはな、カドジュールにもいっぱいさいてた』とか、『このおはな、きれいね』と夢中になっていて、ほぼ会ったばかりのシャルーナにもとてもたくさん話してくれた。
おやつの時間にはフルーツジュースを好み、ミルクはあまり好きではないとか、ケーキのような柔らかいお菓子よりクッキーのような食感のお菓子が好きだとか、二人は目の前にある物を何でも会話の種にしてたくさんおしゃべりをする。
もうこれだけで、優しいシャルーナと人見知りしないリイリンとの仲はグッと近くなった。
夕食も三人で食べたが、もうその頃にはすっかりリイリンはシャルーナにべったりで、シャルーナもあれこれと世話を焼くことを厭わず、むしろ楽しんでいた。
だからだろうか、リイリンから、『ルーナといっしょに、おやすみなさいしたい』と遠慮がちに、しかしはっきりと要望を伝えてきた時には、『もちろん一緒に寝ましょうね』とシャルーナはニコニコと了承していた。
王太子妃の部屋のベッドは、子供と大人が寝てもまだゆとりがある広さだったが、シャルーナは胸に顔を寄せて眠るリイリンを抱きしめて寝るので、ベッドの半分は使わない状態だった。
リイリンは一度寝付くと朝までぐっすりで、シャルーナも子供の温もりに安堵しながら朝まで眠った。
もう、姉というより母の気持ちのシャルーナは、それに気がついていてもリイリンを愛でることは変わらないから、と気持ちの変化をそのまま受け入れていた。
翌朝、二人の目覚めはほぼ同じ頃で、ベッドの中で『おはようございます』と微笑みながらの挨拶で始まった。
リイリンは一度身支度を整えるため客室へと戻り、シャルーナもメイドがドレスを用意してくれて身支度をする。
見たことのないドレスに、『これは?』とメイドに聞くと、ラリックからの指示で昨日のうちに用意はできていたと教えられ、なんだか申し訳ない気持ちになる。
その時ノックがされ、ラリックがやって来た。
「おはよう、シャルーナ。昨日は良く眠れたかい?」
「おはようございます。昨日はリイリン様と一緒にとても良く眠れました。幸せな一時でしたわ」
「リイリン王女はずっとシャルーナから離れないね。まるで姉妹のようだ」
「姉妹というか、もう母のような気持ちですよ」
「ああ、シャルーナは良い母になりそうだね」
「ふふ、どうでしょうか」
「でも、私は残念でもあるな。せっかくシャルーナが城で生活をしているのに、食事の時しか会えないんだから」
「お仕事もなさっているから、大変ですよね。お疲れ様です」
「今日の午後は、一緒にお茶を飲もうよ」
「そうですね。では頃合いを見計らって執務室へお邪魔しますね」
「うん。楽しみだな」
食堂にはまだリイリンは着いていなかった。
二人は椅子に座り、リイリンを待つ間客間にあった絵本の話をしていた。
客間にある絵本は現在十四冊。
そのうちの八冊は城の図書室にあった本で、ラリックも幼い頃何度も読み返したと懐かしそうに話す。
シャルーナも同じ本を公爵の図書室で読んだので、二人でどの本が好きだった、等と感想を話しているとリイリンが到着し、食事となった。
リイリンが銀製のカトラリーを持ち、音をさせないように緊張しながら食べているのを見たシャルーナは、『カトラリーが三歳児には少し大きくて重いかもしれない』と考えていた。
城にも子供用のカトラリーはあったはずだが、なぜそれを使わないのか。
これはラリックに聞くべきことだろうと思い、チラリとラリックを見た。
するとすぐに視線に気がついたラリックがシャルーナに、『どうした?』と尋ねる。
「余計なことかもしれませんが、リイリン様のカトラリーが大きすぎるのではないかと思いまして」
「ああ、カドジュールのゴードン陛下が仰るには、幼い頃から大人と同じカトラリーを使って食事をするのがあちらの習わしだとかで、こちらでもそうして欲しいと要望があったんだ。やはり、少し重そうに見えるよね」
「そうですか。そう要請されてらっしゃるなら叶えたいですけど、やはり重そうですね」
「銀製でも、中が空洞の物があるかもしれない。探させよう」
リイリンは自分の名前が出たことに気がついたが、音をたてないで食べることに集中して聞き流していた。
その集中している姿も可愛らしいと、シャルーナはリイリンから目が離せなかった。
三歳女児って、もっとおしゃべりが上手な気もします······
曖昧ですみません
次話はすぐに投稿します