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婚約解消の流れですね

ロリではありません

ベースはほのぼのとしたお話です

もちろんザマァはありません


 シャルーナ・ノーベント公爵令嬢は、父であるワイデン・ノーベント公爵と王城へ向かう馬車に揺られていた。

 昨夜隣国から帰国したシャルーナの婚約者であるラリック・ハイノ王太子とシャルーナの面会の約束は、ラリックが隣国へと旅立つ前から決められていた。

 約束はシャルーナとラリックの二人が城でお茶を飲むという程度だった筈だが、昨夜遅くにワイデン・ノーベント公爵も一緒に登城せよと知らせが来た。


「何かあったのだろうか」


 ノーベント公爵は、シャルーナに聞こえるかどうかというほど小さな声で呟く。

 思わず声に出てしまったのだろう。自分の声にはっとしたノーベント公爵は、すぐに口をグッと引き締めた。

 窓の外を見ていたシャルーナは、初めて見る父の不安気な表情を見て、『良くない知らせでなければ良いですね』と返した。

 しかし、きっとその願いは外れるだろう。父娘で登城をなんてことは、今までなかった。

 婚約の書類作成は父だけが呼ばれた。

 父娘でということは、たぶんシャルーナのこと。そして、その内容は公爵としても承知すべきことなのだろう。


 シャルーナ・ノーベント公爵令嬢とラリック・ハイノ王太子は同じ十七歳。

 王立学園でも同級生で、仲の良い婚約者であった。

 十八歳で学園を卒業したら、その半年後に結婚式を挙げることになっている。

 ラリックは昨日まで、隣国カドジュール国を訪問していた。

 カドジュール国王が病死し、ゴードン・カドジュール王太子が二十五歳という若さで新国王に即位した。その式典にハイノ国王の名代として参席したためだった。

 時間的に、帰国の報告を国王へし、すぐにノーベント公爵家へ手紙がよこされたのだろう。

 それはやはり良い知らせとは思えず、父の表情でも理解できたシャルーナは、それでも毅然と構えていた。



 通された部屋は意外にも、プライベート空間である王家の応接室だった。

 二人が通された時既に国王夫妻はソファに座って待っていて、ノーベント公爵とシャルーナは、『遅れて申し訳ございません』と深々と謝罪した。


「いや、時間より少し早い。我々が早すぎただけだ。公爵もシャルーナも頭を上げて欲しい」

「そうよ、ごめんなさいね。ささ、座って。もうすぐラリックも来るわ」

「はい。ありがとうございます」


 二人は促されるままソファへ腰を下ろした。

 メイドが静かにお茶を用意する。

 皆会話もなくただその様子を見ていて、緊張感が否が応にも増していった。

 その緊張を破ったのはノックの音だった。


「ラリック殿下がいらっしゃいました」


 国王の、『入れ』の声の後扉が開いた。

 いつもシャルーナを見ると笑顔になるラリックだが、顔が強張っている。

 シャルーナもラリックを見て状況を理解できなかった。

 なぜならシャルーナが見たラリックは、レースとフリルがたっぷり使われた可愛らしいドレスを着た女の子を抱いての入室だったからだ。

 腰に腕を回して、とか腕を絡めて、とかではない。

 ラリックは三歳くらいの女の子を片腕で抱きながら、顔を強張らせて近づいてくる。

 ノーベント公爵もシャルーナも声もなくその姿を目で追い、やっと近くに来た時に少女がシャルーナに顔を向けたことで少女の顔に視線を移した。

 

 少女はラリックと同じ金髪碧眼だが、似てはいない。

 しかし、少女をソファへ降ろそうとしたラリックから離れようとせず、反対にギュッと抱きついた様子からラリックに対しての信頼感を見て取れた。


"隠し子?"


 シャルーナは一瞬考えたが、さすがにそれはないだろうと即座に打ち消した。

 十七歳のラリックの実子だとすると、閨教育前に女性を孕ませたことになる。

 その頃にはシャルーナとは既に婚約していて、ラリックの為人は知っているつもりだったので、それはありえないことだと考えた。

 では、いったいどこの誰。

 

 国王の『う、コホン』という軽い咳払いで思考が現実に戻った公爵とシャルーナは、国王へ顔を向けた。


「あー、こちらはリイリン・カドジュール王女だ。現在三歳。カドジュール国王のたった一人の王女で──」

「リックのこんやくしゃです」


 国王の言葉を可愛らしい声が遮った。

 ん?とノーベント親子はその声の方に顔を向ける。

 ラリックにしがみついている少女は、隣国の王女だということは理解した。

 しかし、リックの婚約者だと聞こえた気がしたが、リックというのはラリックのことだろうか。気のせいだろうか。

 きっと二人の顔にはそんな疑問がうかんでいたのだろう。

 ラリックは意を決したようにシャルーナを見つめ、『リイリンは私の婚約者となりました』と少し早口で言い切った。


 あまりにも意外な話で、とても現実のこととは思えなかったシャルーナは、『はあ』と気の抜けた返事しかできなかったが、頭の中でグルグルと回る言葉に少しずつだが現状が理解できていった。


「つまり、リイリン王女と婚約をしたため、私との婚約は解消すると仰るのですね」

「解消なんてしない!」


 ラリックの大きな否定に、抱っこされていたリイリンはビクッとして泣き始めた。


「ああ、ごめんよ。泣かせるつもりはなかったんだ。あ、そうだ本を読んであげるよ。さあ、泣き止んで」


 グズグズと泣くリイリンを抱きながら、ラリックは立ち上がりオロオロしながら反応を待っていた。

 その姿は初めて見るもので、シャルーナは何とも不思議な気持ちになった。



 リイリンを抱っこしたまま退室したラリックの背中を、シャルーナは呆然と見送った。

 貴族間の婚約だから政略結婚は普通にあるし、条件次第で解消なんてものがあることも理解している。

 今回は隣国の王女との婚約なので、いくら歳が離れていようと王女が王太子妃となるのだろう。

 そう思って婚約解消かと尋ねるとそれはないと即答された。

 では、自分は側妃として望まれるのか。

 客観的に見れば公爵令嬢を側妃にするのは乱暴だが、相手は隣国の王女だ。たとえ三歳でも自分よりは格が上だからそれはあり得る。

 

 シャルーナは、思慮深いが決断力もあるラリックのことが好きだった。

 たぶん、婚約が決まった十二歳の時には既に好きだった。

 ずっと傍で支えて差しあげようと思っていたが、まさか側妃の立場になるとは想像していなかった。

 

"ラリックの隣に立つことは望めないのね"


 ずっと隣にいたから、これからもそうだと思っていた。しかし王太子との結婚は、好きだからという気持ちだけでは無理だと突然突きつけられ、シャルーナはうっかりすると泣いてしまいそうなほど気落ちした。



 王妃がシャルーナに声をかけようとしたその時、ノーベント公爵が静かに立ち上がり、『では帰ろうか、シャルーナ』と優しく言った。

 シャルーナが父の顔を見ると、声は優しかったのに笑顔ではない。

 かなりお怒りだ。

 この父の表情は、随分前に見たことがあった。


 あれは六年ほど前だったか。

 二歳下の弟のマコーレは、公爵家の敷地内にある厩舎へ、誕生日にプレゼントされたばかりの馬の様子を頻繁に見に行っていた。

 少し人間に対して好き嫌いのある馬だったが、マコーレにはすぐに懐き、とても仲良くなった。

 ブラッシングも大人しくされるし、藁の交換も邪魔をしなかった。

 しかしその様子を見ていた馬丁の息子が、自分には懐かない馬に対して不満を持ち、夜こっそりと厩舎へ入り込み、馬房にいるその馬に向かって鞭を打った。

 当然のように馬は嘶いたが、どうせすぐに人は来ないだろうと二度三度と力いっぱい鞭を打つ。

 そろそろ誰か来るというタイミングで、厩舎の端に山積みになっている藁の陰に隠れ、人気がなくなった頃にこっそりと帰った。

 そんなことを何度もすると、馬は夜眠れなくなったようで体力が落ち始めた。

 馬丁の息子は内心、『ざまあみろ』と思いながらも心配しているふりをしたが、その悪意ある行為はそう長く続かなかった。

 マコーレ自らが人気のない頃に厩舎の片隅に隠れ、犯人を捕まえに来たからだった。

 明らかに鞭打たれた痕があり、日々元気のなくなる愛馬を心配し、その日愛馬が見える位置に隠れたマコーレは、犯人が愛馬に鞭を打ったのを確認すると犯人めがけて飛びついた。

 地面に転がり慌てた馬丁の息子が逃げようともがき、マコーレにも鞭を打とうとした時、マコーレの護衛の手により捕獲された。

 一部始終をマコーレと護衛、そして厳しく問い詰められた馬丁の息子から話を聞いた父は、馬丁の息子を許さなかった。

 馬丁の息子といっても既に十八歳だったので、王都とノーベント公爵領への立入禁止を申しつけた。

 謝罪を繰り返した馬丁の息子に向かい父は、『私は、家族が悲しい思いをするのを許せない』と一言だけ言って立ち去ったが、その時の父は体中から殺気を放出していて、よく怪我人が出なかったと後々使用人達から噂された程、怒りが凄まじかった。

 そしてそれをこっそりと見ていたシャルーナもとんでもない恐怖を感じ、絶対に父を怒らせることはやめようと決意したのだった。

 

 その時の表情と同じ。

 

 二年後には王太子妃となるべく教育もされてきた娘を側妃にと言われ、父親としても公爵としてもプライドを傷つけられたのだろうし、なによりシャルーナの表情から娘の心情をしっかり理解したのだろう。

 それでも静かにその場を立ち去ろうとするのだから、少しは冷静だったのかもしれない。

 父に理性が残っている今のうちに帰ろう。

 シャルーナは即座に判断し、『そうですね、お父様』とさっさとソファから立ち上がった。

 



お読みいただきありがとうございます



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