9・【おっさんだって断るものは断る。】
「で、そのまま黙って帰って来たって訳だ?」
そう言ってバルカーノはシルバの話を聞き終え大笑いしだした。
シルバは『オボロ山』を後にした後、精神的疲労感からギルド内に併設されている居酒屋へ足を運んだ。
するとあれからずっと飲んでいたのだろうか?バルカーノが上機嫌に酒を飲んでいる様子が目に付くと自然に彼の向かいの椅子に腰かけた。
バルカーノは一瞬驚いた表情を浮かべたが、シルバの話を聞きたがり大笑いしているという訳である。
「・・・うるせぇ。」
シルバからすれば楽しい事なんて何1つなかった1日だ。
変に目立って苛々し、オボロ山まで向かった挙句声すら掛けられていない。
更に言うなら本日の稼ぎは0。
何なら短刀を失った分を含めるとマイナスである。
昨日に狩った『ブラックラヴィット』の部位部分の儲けを省みても微増という所である。
「明日からは本気ださないとなぁ・・・」
そうで無ければ生活が成り立たない。
将来を平穏に生きる為の貯金が多少あるが、それは将来設計の為にも使うことが出来ない金だった。
「なぁに、お前なら多少頑張ればどうにでもなるだろう?」
「・・・頑張りたくないし頑張る気も無い。」
シルバからすればだが、頑張るという行為自体に忌避感がある。
それなりに付き合いのあるバルカーノもそれを理解している様でそれ以上は追及しなかった。
「だがどうにかせんとならんだろう?」
「まぁ・・・明日は依頼の報奨金と労力を天秤に掛けて選ぶさ。」
基本的に楽な依頼は報奨金も安い。
これは至極当然の事だがその逆も然り。
数ある依頼からそれを見極めて依頼を受けるのも冒険者の大事な資質だ。
「あら・・・シーさんがこの店で飲んでくれるのも久しぶりね。」
脇から自分を呼ぶ声がしてシルバは視線を声する方へ向ける。
するとそこにはシルバの予想していた通りの人物が少し驚いたかの表情を浮かべて立っていた。
「マダムッッ、俺の事は無視かよっ?!!」
「バルさんは殆ど毎日此処で飲んでるでしょ?」
マダムと呼ばれた人物にそう言われ、バルカーノは「違いない」と言って再度大笑いする。
シルバはマダムに「どうも」とだけ言って軽く会釈し、視線をバルカーノへと戻す。
通称マダム、ギルド内に併設された居酒屋のトップであり、その美貌と日々冒険者から得る情報を武器に【ギルドの裏女帝】とも呼ばれている人物である。
確かに物腰柔らかい雰囲気と、男に甘え庇護欲をそそるかの様な仕草、加えてウェーブのかかった長い髪と抜群のスタイルで冒険者間でも人気は高い。
だが・・・シルバはこのマダムが余り得意では無かった。
「シーさんは相変わらずツレないのねぇ~・・・良い男だから許されるけど、ね。」
「マダム、俺はどうよっ?!!」
「バルさんは毎日来てくれれば良い男ですよ。」
「だったら今の俺は最高に良い男じゃねぇかっ?!!」
マダムの褒めているのかよく分からない返答にもバルカーノは気を良くし、又笑いながら酒に口をつける。
「所で何の話をしていたんです?」
「応っ!コイツがこの2日間赤字続きで明日は良い稼ぎの依頼を受けなきゃなぁって言ってたんだよ!!」
「髭禿っっ!!」
自分の身の上話を勝手に喋られる事ほど面白くないものはない。
バルカーノを諫めるも言った本人は何も気にしていない様に酒を煽る。
「・・・へぇ、珍しい。シーさん程の凄腕でもそんな事あるのねぇ。」
「・・・俺は歴が多少長いだけのC+ランクの冒険者だ。・・・凄腕でも何でもない。」
「そう?でも理由は様々でも冒険者という職業の寿命は驚くほど短いわ。その中で今でも五体満足に続けていけているだけでも充分に凄腕だと思うわよ。」
「・・・そりゃどうも。」
マダムの言う通り、冒険者という職業の寿命は非常に短い。
体力の限界が来て引退する者、依頼中に深い傷を負って引退を余儀なくされる者、結婚等を機に安定した職業に転職する者、名声を得て道場を開いたり、どこぞの貴族に召し抱えられる者、少数ながら冒険者が貴族になる者・・・そして死んでしまう者と様々な理由はあるものの短い事に変わりはない。
小さい男の子が1度は憧れる職業が冒険者なのだが、それでも引退までの道のりは非常に短いのだ。
「ん~~・・・だったらシーさん、私の指名依頼を受けてくれないかしら?」
「断る。」
マダムの提案に内容も聞かずにシルバは断った。