12・【おっさんだって苦渋の決断は起こり得る。】
その瞬間、シルバの背後からヒュッと空気を切り裂く音が聞こえる。
「おいおい・・・街中で刃物を放つのは物騒だぜ。」
寸での所で短剣を回避し、マダムの顔を睨みつける。
それでもマダムは涼しい表情を浮かべたまま、追撃を行うでもなく口を開いた。
「シルバ=エドル、C+ランク、創世384年銀龍月1日28歳・・・」
「・・・今更自分の自己紹介なんか要らねぇよ。」
「身長176、体重72の中肉中背、瞳の色は黒、髪の色は明るい茶色・・・」
「だから何が言いたい。」
シルバの質問を無視し、マダムはそのまま言葉を紡ぐ。
それがシルバにとってはこれ以上に無い程の警戒心を植え付けられる。
「10年前にギルドの看板を叩いてから僅か3年でC+ランクに至る。けれどその後7年間C+ランクから変動はなく、C+ランクで居続けている。」
「・・・生憎、食う事に困らなければそれ以上は求めない主義なんでねぇ。」
「戦闘スタイルは近接職。但し剣も持つが素早さを武器とした短刀等の奇襲攻撃を得意としている。性格は比較的冷静沈着、但し「努力」「頑張る」等の言葉には明確に拒否反応を示す、ね・・・」
「・・・だからどうした?」
シルバはマダムの狙いが理解出来なかった。
理解が出来ないからこそ恐ろしく、理解が出来ないから警戒する。
わざわざマダムが自分の警戒度を上げる理由が理解出来なかった。
「私たちは貴方の事をこれだけしか知らないの。生まれは?家族は?スキルは?魔法の習得度は?剣を持つ理由は?年齢は本当に28?誕生日は本当に銀龍月?そして・・・【裏】の存在を知った理由は?」
「っっ?!!!」
そう言われてシルバは初めて自分の失態を理解する。
A+ランクの【灰色ノ剣】ですら【裏】を認識しているか怪しい・・・それが【裏】という組織だ。
それなりに長く冒険者をやっているからと言っても知らない奴は知らないのだ。
それをベテランの枠に組みされているシルバが知っているという事は自分の経歴の何処かに傷があると自白したに等しいのだ。
「ふふふ・・・どうやらお酒の飲みすぎでしょうか?駄目ですよ、お酒の飲み過ぎは。」
「・・・・・・これからはあの居酒屋は行けないなぁ。」
うっかり・・・では済まない失態にシルバは内心舌を打つ。
酒か食い物に少量の、人体に影響が出ない程度の極少量の自白剤か魅惑剤かを混入されたと考えていた。
シルバ自身、平穏に生きる為には必要以上に他者と関わるべきではないと考えている。
にも拘わらず【裏】という単語が自分の口からポロッと出て来る事なんてそうは無いのだ。
「シーさんが私の依頼を受けないというのならば、【裏】にシーさんの情報を依頼するわ。私の予想だけど・・・結構面白い情報が得られると思うの。」
「・・・・・・」
「その代わりこの依頼を受けてもらえたら、金輪際、シーさんの情報を漁らない事を誓うわ。」
「・・・・・・はぁ~~。」
シルバは深くため息をつく。
それは降参の意であり、マダムの依頼を受けるという意志表示だった。
「良かったわ、気持ちよく私の依頼を受けて貰えて。」
「・・・あぁ、これ以上に無い位に気持ちよく受注させて貰うよ。・・・本当にくそったれな気分だ。」
そう答えるとマダムはにこやかに微笑む。
そして気分良く依頼内容を口にしようとしたが、それに対しシルバは掌をマダムへむけた。
「なぁに?」
「・・・今まで世話にもなってる。対価も充分だ。だが・・・万一、何処かで俺の情報が出回った場合は・・・アンタの命は確実に刈る。・・・それだけは覚えとけ。」
シルバはそう言いながら殺気をマダムへ向けた。
マダムはその濃厚な殺気を受け、僅かに唾を飲み込むと「分かったわ。」と返答し、依頼内容を口にした。




