11・【おっさんにだって尻込みする事はある。】
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「あぁ~・・・気持ちのいい夜だ。」
そこそこの酒を嗜んで家路に着く
シルバからすれば人生で3番目位に入る幸せな時間を過ごしていた。
自分は何故酒を飲むのか?と考えた時、今この瞬間を味わいたいが為かもしれないなぁ・・・等とほろ酔い加減の頭で下らない答えを辿り着いたりもしていた。
「しっかし・・・ここ2日間良い事が無ぇなぁ・・・俺はただ平穏に生活したいだけだってのになぁ・・・」
シルバはマダムが去った後も周りの冒険者から殺気を浴びせられながら飲んでいた。
今更その程度の殺気で萎縮する事は無いが気分が良いモノではない。
半場自棄になりながらいつもより酒を飲んでいたら気が付けば良い気分になっていた。
まぁ心機一転、気持ちを切り替えて日常を取り戻そうと決意を新たにしたその瞬間、シルバの前方に見慣れた人影が写る。
「コンバンワ、シーさん・・・良い夜ね。」
「・・・・・・今晩は、マダム。確かに良い夜だ・っ・た・よ。」
建物の陰からスッと現れたのは、先ほどに指名依頼を断った【ギルドの裏女帝】ことマダムだった。
だがマダムは居酒屋で会った様な妖艶な雰囲気を醸し出していない。
何処かの暗殺者なのか?と言いたくなる様な漆黒の衣装を纏い、顔だけを晒しているだけだった。
「・・・マダム、俺は先程に指名依頼はシッカリと断った筈だが?」
「つれないわねぇ、私と貴方の間柄じゃない。話だけでも聞いてくれない?」
「それもしっかりと断った筈だが?」
マダムの言葉に拒否感を募らせながら腰に差していた剣の柄に手を掛ける。
深夜にこんな人通りのない夜道でいつもと違う出で立ちで現れた・・・それだけでどんな顔見知りであれ警戒しない筈がない。
それが冒険者を生業としているものの常識であり、この世界の常識なのだ。
「・・・300万ダレス支払うわよ。」
ピクッ・・・
シルバは唐突に報酬金額を提示され、思わず身体が反応する。
300万ダレス・・・それは日本円で言う300万円とほぼ変わらない金額だ。
それだけあればシルバであればギルドの依頼を受けずとも慎ましく生活すれば半年は生きていける金額だった。
「・・・それだけ出すのならトリプルに依頼した方が確実だよ。」
シルバの言う通り、それだけの金額をだすのであれば★★★3(トリプル)に依頼できる金額だ。
★★★3(トリプル)の中でも破格の報酬額という訳では無いが、死に依頼にもなり辛い額なのだ。
・・・当然、依頼内容にもよるが依頼主がマダムだと考えれば人気依頼になるのは間違い無いだろう。
「あら駄目よ。私の依頼はそこら辺の冒険者じゃ依頼出来ないモノだもの。」
「あぁ、そうだろうねぇ・・・」
シルバは正直、マダムの依頼内容についてはある程度の予測はついていた。
冒険者が集う居酒屋の主とはいえ、そこで得ることが出来る情報は謂わば【表】の情報だ。
殆どの情報が予測であったり事後情報である事の方が圧倒的に多い。
それでは【ギルドの裏女帝】とまで呼ばれる事は無い。
ならばどうするか?
答えは単純、【裏】の情報を入手すれば良い。
予測を確信に、事後を事前に集まる情報があるからこそ彼女は【裏女帝】足り得るのだ。
だが【裏】の情報を得る為のリスクは非常に大きい。
バレれば四方八方が敵となる為に、信じられる者であり腕が確実である者、更に隠密的な技量も求められる。
幾ら彼女が女帝と言われていたとしてもその様な人材がホイホイと見つかる訳がないのだ。
「だから俺なんでしょうが・・・いつも通り【裏】を使えば良いじゃないですか?」
「それが最近は【裏】の方も渋られちゃって・・・」
マダムの返答にシルバは呆れた表情を浮かべてしまう。
【裏】に渋られる様な依頼ってどんな依頼だよと叫ばなかった分だけ彼を褒めても良いかもしれない。
どんな世界でも【表】と【裏】がある。
【表】は世間公開されている分、法を遵守し薄利多売方式で利益を得るものだ。
だが【裏】は違う。
知る人ぞ知る・・・それ故に法に縛られずあらゆるニーズに応える。
ただその分、厚利少売となるが故にかなり高額な依頼金を請求される事になるが・・・
問題なのはそんな【裏】にも渋られる様な依頼内容であるという事だ。
「依頼は断る。では、な。」
300万ダレスという大金は惜しいが、【裏】でも渋る様な危険な橋を渡る気は無いとシルバは今来た道を戻るかの様に踵を返した。




