10・【おっさんにだって言いたくない事はある。】
指名依頼とはその名の通り、冒険者を指名して依頼するという方法である。
依頼主の依頼の内容により★1(シングル)・★★2(ダブル)・★★★3(トリプル)に振り分けられるが指名依頼は掲示板に貼られる事は無く、ギルド証提示の際に本人にだけ告げられる方となる。
そして指名依頼は依頼主が指名した冒険者に依頼を卸す事が出来るシステムであるというメリットがある一方、指名である為に依頼主が支払う報酬額は通常よりも割高となってしまうというデメリットが孕んでいる。
冒険者からしても報酬額が通常よりも高くなり、割の良い仕事を掲示板で探さなくても良い為に、指名依頼はかなり旨味のある依頼になっている上に、その相手が貴族だったりすれば箔もつくし、貴族に今後召し抱えて貰える可能性が高まる為に人気のあるシステムとなっているのだ。
ギルド内では『指名依頼を得て一人前』という様な風潮まである。
そんな人気の指名依頼を【ギルドの裏女帝】と呼ばれる人物に提案されたにも拘わらず、内容も聞かずに断るというシルバの態度に対面に座るバルカーノの方が慌てだした。
「お、おいシルバっ!!マダムからの指名依頼なんだぜっ?!!良い話じゃねぇか??!!」
「・・・まぁ確かに良い話ではある。良い話ではあるが、丁重にお断りさせて頂く。」
バルカーノのフォローに対しても意に返さないかの様にシルバは答えを変えない。
その態度に他人事ながら当事者でもあるバルカーノの背中に冷や汗が伝う。
バルカーノから見てシルバと言う人物は基本的には善人だ。
ただ何よりも平穏を好み過ぎるが故に冒険者らしからぬ言動を度々行う人族という様な評価だった。
実力に関しても何度か遠目に見た程度ではあるが、実力が無い訳ではなく冒険者らしくガツガツいけばBランク・・・いやB+ランクやA-ランクも夢ではないと思っている。
そんなシルバがマダムの提案を蹴る事は想定の範囲外だった。
此処は居酒屋である。
自分たち以外の冒険者たちも当然に客として酒を嗜んでいるのだ。
そんな大衆面前の前で【ギルドの裏女帝】からの提案を拒否する・・・それは話のネタ好きの彼らにとっては格好の的だ。
それにその美貌からもマダムのファンは非常に多い。
そんな彼らの恨みや嫉妬を買う可能性は非常に高いのだ・・・というか間違いなく買う。
それは逆に指名依頼を受けても同様ではあるが、その際はマダムから言い出した事である分そこまでではないだろう。
バルカーノからすれば平穏に生きたい、頑張りたくないと日々宣っているシルバからまさか内容も聞かずに断りの言が放たれるとは思いもしなかった。
「あらそう・・・残念だけど無理強いも出来ないわね。また気が向いたら声を掛けて頂戴な。」
「あぁ、機会があればまた。」
シルバは素っ気なくそう回答して手元にある酒をゴッゴッゴッと一気に飲み干していった。
その様子を一部始終目の当たりにしたバルカーノは呆然とした表情を浮かべている。
バルカーノの視線を受けてシルバは渋い表情を浮かべた。
「・・・・・・なんだよ?」
「・・・・・・いや、何て言ったら分からねぇんだが・・・大丈夫、か?」
「さぁな。だが冒険者は依頼を自分で選べるのも特権だろ?俺はマダムの依頼を断った、ただそれだけの事だ。」
「いやまぁ、そうなんだが・・・。そもそもお前さん、何でマダムの指名依頼を断ったんだよ?」
バルカーノからすれば当然の疑問を当然の様に問いかけただけだ。
だがその問いかけられた当人からすれば答えづらい質問なのだろうか?
「ちょっとな。」というだけで明確には答えなかった。




