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陰陽大戦紀  作者: 羽黒鷹丸
1/1

序章 始まりの狼煙


       

       1


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい」

 家族に挨拶をして僕は走った。それは久しぶりに寝坊した所為で、学校に走らないと間に合わないからだ。

「おはようございます、メイズ―さん」

「おはよう、シンハイ」

 僕は走りながら、近所に住むメイズ―さんに挨拶をして、家から八分程に在る学校、チンリンへ向かった。

そこは、封禍の湖の近くを通り過ぎて、真っ直ぐ行った突き当りに位置する鏡の祠を左に曲がった先に在る。

僕が住む村ビエンシエンには学校は一つしかないので、ここに住む子供は大体チンリンに通い、十三歳になったら、この村の近くの学校に通うのだ。

僕も後三年したら隣町の学校に通う事になっている。


「はぁはぁ間に合った・・・・・・」

「おはよう、シンハイ」

「おはよう・・・・・・ヘイユ」

 僕は息を切らしながら、親友のヘイユに挨拶をした。ヘイユは普段と変わらず本を読んでいたようだった。

「今日は何の本を読んでいるの?」

 僕は息を整えながら木製の椅子に座り、隣の席のヘイユに尋ねた。

「ああ、『宇宙と創造と破壊』っていう本だよ。すごく面白いんだ」

「へぇ~・・・・・・難しい本を読んでるんだね」

「そ、そうかなぁ」

「うん。流石学校一の秀才だよ、僕も友達として誇らしい」

「止してくれ、そんなんじゃないって・・・・・・」

彼はそっぽを向いた。しかしその顔は照れながらも、丸眼鏡の奥の目は笑っており、口角が上がって嬉しそうだった。

「そういえば聞いてくれる? 今日ピアスをファーストピアスからセカンドピアスに換えるんだ」

「そうなんだ。どんなのにするんだい?」

「家の家宝の宝気剣をピアスに改造したものだよ」

「え⁉ そんな悪い事して大丈夫なの?」

 ヘイユは驚きながら僕の方を向いた。

「へへ、バレたら怒られるだろうね。まぁ怒られると思ったから、人目を盗んでこっそり少しずつ改造していったんだから。でもヘイユのおかげで上手く改造できてよかったよ」

「え? 僕何か助言したっけ?」

「ヘイユ、小さな玩具をピアスに改造する方法を教えてくれたじゃん。宝気剣、小さくて3cm位しかなかったから改造しやすかった、柄のところに特製の輪を通してね。まあ元の大きさなら改造できなかっただろうけどね、なんでも剣らしい大きさらしいから」

「なるほどね・・・・・・じゃあ僕も共犯だね」

 ヘイユは悪戯な笑みを浮かべていた。

「それでねヘイユ・・・・・・」

「ヤン君、おしゃべりはもういいかい?」

「え? あ! すいません」

 僕に呼び掛ける声が聞こえ、声のする方を向くと、先生が教壇に立っていた。どうやらヘイユと話している内にチャイムが鳴っていたらしい。

先生は少し呆れた顔をしていたので僕は、慌てて自分の席に座った。


「ヘイユ、僕は帰るけど君はどうするの?」

「僕は本を読み終わったら帰るよ」

「分かった、じゃあまたね」

「ああ、またね」

 僕はヘイユと別れると、学校を出て一目散に家に帰った。

「お母さん、ただいま」

「お帰りシンハイ」

 僕は挨拶をすると、直ぐに宝気剣の置いてある部屋に向かおうとしていた。

「あ、シンハイ。ちょっと買い物に行ってきて頂戴」

「う、うん」

「買い物リストとお金は机に置いておくから」

「分かった」

 僕は返事をすると忍び足で家宝のある部屋に入った。そして息を殺し、誰か来ないか耳を澄まし、物音を出さないように気を付けながら台に置かれた宝気剣を掴み、また忍び足で部屋を出ると鏡のある洗面所に向かった。

(中々キャッチが外れないな・・・・・・外れた! ファーストピアスを外してと、次は石鹸で洗って・・・・・・)

 石鹸で左の耳たぶをしっかり洗い、ゆっくり輪をピアスホールに通して、遂に宝気剣を耳に、付けた。途中で血が出てしまったけれど。

「それじゃ行ってきます」

 僕は買い物リストとお金をポケットに入れて、小声で挨拶をして家を出た。(よく考えたら家に帰ったらバレるよなぁ)と、思いながら。

 リミンはビエンシエンから徒歩約二十分の所に在る町で、僕達はそこで買い物をしている。

 僕は林道を抜けてリミンに着いた。道を歩きながら木漏れ日が少しずつ暖色に変わっていくのを感じていたから分かっていたけれど、木造の店の屋根から夕陽が薄っすら顔を出していた。

(お腹空いたし、早く買い物終わらせて帰ろう)


「さぁ、始め・・・・・・TEく・・・・・・れ給エ」

「ああ、カンニム。ワクワクするよ、この変わらない世界を塗り潰して僕が新たな創世者として名を残せる事を」


「うわっ! 地震⁉」

 僕は堪らずしゃがんだが、直ぐに前に倒されてしまった。立つどころか体勢も変えられない。僕は地に抱き着く様に倒れたまま動けなかった。分かる情報は倒れた時に擦ったか右頬が痛む事、倒れている人々が沢山いる事、町に多大な被害が出ていると推測できる程に、何かが壊れた、倒れた音が合わさった音が大きな騒音となって何度も聞こえる事だった。


(・・・・・・治まったかな)

 暫くして揺れが治まったので、ゆっくり立ち上がった。

 町の様子は、人々が右往左往していた。

(大きな地震だったなぁ・・・・・・ん? 何だか夕陽とは逆方向の空にすごく暗雲が立ち込めているような・・・・・・ん⁉)

 僕は急に寒気を感じた。けれどこれは外気の所為じゃなかった。

―あの方向って僕の住む村の・・・・・・嫌な予感がする。

 僕はもうもう買い物どころじゃなくなり、村へと帰る為に走った。

 こんな感覚は初めてだった。動悸が治まらない。頭が回らない。

僕は胸騒ぎというものを初めて知った。


「はぁはぁあはぁ・・・・・・」

 僕は全速力で林道を抜けて村の前まで来たところで息が切れ、頭を垂れて膝を曲げ、両手を両膝に乗せて荒く呼吸をした。そして直ぐに顔を上げた瞬間思わず、

「え? 何これ・・・・・・」

 と声が漏れてしまった。

 学校の真上に暗雲が立ち込め、何かが天空に昇っていくのが見えた。

 村も異様な雰囲気で満ちていた。

「そうだ、ヘイユ。確認しなきゃ」

 僕は走った。すると、

「ぐへへ、シンハイ何処に行くんだい?」

いつも湖近くの木の手入れをしているリーフェイさんが話し掛けてきた。しかしその目つきはおかしいし、不気味な笑みを浮かべていた。

「リーフェイさん、今急いでるんで!」

「シンハイイィィ!」

「危ないシンハイ!」

「メイズ―さん!」

 僕に向かって刃物を振り下ろそうとしたリーフェイさんを、間一髪でメイズ―さんが後ろから抱き抱える様にして押さえ付けてくれた。

「シンハイ、早くお逃げ・・・・・・」

「すみません」

 僕はメイズ―さんの脇を走り抜けた時、

「何処に行くんだい・・・・・・村から逃げな! 激しい地震が起きてから、村のモンの中に様子がおかしい者が現れ始めたんだ‼」

 と訴える声が聞こえた。僕は「すみません、ヘイユが心配だから!」と返しながら止まらずに走った。

「シンハ・・・・・・」

メイズ―さんの大声は、徐々に遠くなっていった。

(ヘイユ・・・・・・ヘイユ・・・・・・)

「おわっ!」

 学校まで後10m位のところでその場所は急に爆発し、炎上した。僕は驚いたが、構わずに学校の中に入った。

熱い空気と燃えている柱。僕はその中を図書室目掛け必死に走った。

走っていく中で、項垂れて壁に凭れ掛かっている先生を発見した。

「先生! しっかりして下さい‼ 先生‼」

僕は必死に呼び掛けたが返事は返ってこなかった。

それはもう先生だったモノになっていた。

僕は合掌して再び目的地を目指して走った。途中で、倒れていたり壁に凭れ掛かっていたりした、何体ものそれをあちこちで見た。

 学校はもう僕にとって異世界になっていた。

「図書室、ここだ。ヘイユ、うっ・・・・・・」

 僕は彼がいつも放課後に通っていた図書室に入った。

走り続けた所為なのか入って一瞬、眩暈がした。

「ヘイユ何処・・・・・・ん? ヘイユ? ヘイユ!」

 奥まで進んだところでヘイユが、血まみれになって倒れていた。

「ヘイユ! 大丈夫か、しっかりして‼」

「うう・・・・・・シンハイ・・・・・・」

「早くリミンに在る診療所に行こう、僕に負ぶさって!」

「突如として現れた魔物に襲われて僕はもうダメだ・・・・・・・」

「何を言ってんだ、いいから早く!」

「頼む、君だけでも逃げ・・・・・・て・・・・・・」

「ヘイユ? ヘイユー‼」 

 ヘイユは目を閉じて動かなくなった。

「うっうっ、ヘイユ・・・・・・」

僕は泣きながらその体を優しくその場に置き、もう一つ気掛かりな家族の安否を確かめる為、図書室を飛び出した。

 学校を出ると、目の前は火の海だった。

「ビビっている場合じゃない、急がなくちゃ」

僕は燃えている木々や家々と、何度も擦れ違いながら家へと急いだ。

「ん! メイズ―さん⁉」

 家の前まで来たところでメイズ―さんが、仰向けに倒れて絶命していた。体には複数箇所の刺し傷や、動物に咬まれた様な痕があった。

「あ゙あ゙あ゙おかえり~シンバイ~」

「誰だお前‼ う! お母さん・・・・・・」

 紫色の体で狼男に似た魔物が、右手でお母さんを服の後ろの襟を摘んで引き摺りながら、家の入り口から現れた。

「君の家族は全員殺したお、後は君だけだジンバイ~」

 魔物はお母さんの亡骸を乱暴に地面に放り投げた。

 僕は憤りを覚えつつ、コイツに何故か既視感を感じた。

(魔物の着ている服見覚えがあるぞ。ハッ! もしかして、リーフェイさんか⁉)

「ア゙ア゙ア゙・・・・・・。ジンバイ・・・・・・ジン゙バイ~‼」

「うわぁー‼」

 魔物が血走った目で襲い掛かってきた。その時、

「ボボボッボー‼」

 突如として魔物が動きを止めて戦慄き始めた。だがそれだけではなかった。左の耳たぶが千切れそうな位激しく揺れて痛い。

 耳たぶを触ろうとした時、何かが左手の掌を何度もノックした。どうやらピアスが激しく動いて、耳たぶを揺らしているようだった。

 僕は荒ぶるピアスを外して、光を放っているそれを凝視した。

「はぁはぁはぁ・・・・・・何だ⁉」

 左の掌に乗せた耳飾りは、いきなり大きくなり始め、瞬く間に長さ42cm程の剣になった。

「ヴァァァ‼」

「アー‼」

 剣を見つめていると魔物の声が突然聞こえた。

僕は不意を突かれてビックリし、思わず目を瞑って剣を斜め上に掲げた。その瞬間何かを貫く感覚を感じた。

 声が止んで間もなく、僕は目の前の何かの動きに体が引っ張られ、何もできないまま前に倒れ込んだ。

目を恐る恐る開けると僕は、口を開けたまま目を見開いて死んでいる魔物を押し倒す様な格好になっており、剣は魔物の喉に突き刺さっていた。

僕は驚愕して飛び起き、自分のした行為に戦いた。

「あ、あああ・・・・・・うわぁぁぁぁ‼」

「ヤンの血を引く少年よ、八卦を探し出し世界を救え」


       2


「コラシンハイ、何処に行く気じゃ。まだ修業の途中じゃろうが」

「うるせぇクソジジィ、やってられっか」

 俺はジジィにそう言い放つと家を飛び出した。

 村が焼かれて家族が全員死ぬ妄想をしてからだから、もう七年経つことになる。ジジイの家の在るこのリミンで暮らすのは。

 俺は、妄想の中の焼き払われた村でジジィに拾われたらしいが、そんな筈はない。何故なら俺が殺したらしい魔物に似た奴を見ることも無ければ、ジジイが言う『マガツヒ』が溢れ出た事による世界の破滅も今迄起きてはいない。全ては耄碌したジジィの妄言だろう。

 俺は生まれつき一人で、妄想癖のある奴なんだ。そんな俺をジジィが何処かで拾って今迄世話をしてきた。だから俺に家族はいないし、ビエンシエンで育ってない。多分、いや絶対。

「あ、お疲れっス、シンハイさん。何か機嫌悪そうっスね?」

「リーチ、まぁな。またジジィのわがままに付き合わされたからよ。『一刻も早く八卦を探し出して世界を救わなきゃならん。その為にもお前にはしっかりと力を付けて貰わないかんのじゃ』とかほざいてよ。何だよ八卦って。てかこんだけ平和なら仙術とか剣の稽古とかいらねぇだろ」

「まぁ俺ら不良が好き放題してる分、平和じゃないだろうし、剣も護身としては必要じゃないっスかね? ハハッ」

「まぁそれもそうか、フフッ」

 俺はこのリーチ、そしてチー、カン、ポン、ツモ、テンパイ、ロンという仲間をメンバーに持つ不良グループの頭をやっている。

「それじゃお前ら、行くか」

 俺はアジトで号令をすると、仲間達を引き連れて外へ繰り出した。

先ずは店で食べ物を窃盗、町中でスリ、次は・・・・・・。

「聞いてないよ、一発千グォンだろ? 何で五発殴って三万千グォンなんだ? おかしいだろ!」

「一発目はね、二発目からは一発の値段が前の料金の倍になっていくんだよ」

「そんなの言ってなかったろ」

「言ってなかったけなぁ~。まぁ払わなければ殴られ屋から殴り屋に変わるだけだけどね」

「クソ!」

「毎度あり~」

「お疲れ、テンパイ」

 俺がテンパイに労いの言葉を掛けると、「どうも~。いやぁシンハイさん、やっぱ殴られ屋はいいっスね。この町に来たカモを路地裏に呼んで殴られるだけで金になるし楽だ。それにバカ痛い位強く殴った奴にはアヤ付けて、更に金を強請ればいいですし」と朗らかに話した。

 俺は次のカモを探そうと路地裏から明るい場所に出た。すると、

「おいシンハイ、ガキ共。また何かやらかしたそうだな」

 二人組のポリ公が立っていた。

ツモが「何の事でっか? 言い掛かりは止めてもろていいっスか」と言うと、「バックレれてんじゃねぇ、ネタは上がってんだ」と短髪のゴトウさんが冷静に怒っていた。

「お前ら、この町に来た旅行客相手にカツアゲしているそうだな。今ここから出てきた男からもやっていたんだろ?」

「ゴトウさん、勘違いっスよ。俺らここで殴られ屋やってただけっス。さっきの奴も客っス。ほら、コイツの顔に痕があるっしょ?」

 俺は弁明してみたが、「言い訳すんな、同じタレコミが何件も来てんだ」とゴトウさんには通じなかった。

(誰だ、コイツらにチンコロした奴は)

「他にも窃盗に恐喝、暴行に強請りとうちへの報告は数知れず。だがここまでならいつもの事だ、またお前らに俺の長い説教を聞かせた後に、お前ら連れてガイシャの所行って一緒に頭下げりゃ済む話だ。だけど今回はカツアゲのヤマがメインで来た訳じゃねぇ」

 ゴトウさんはいつもより険しい顔をして何か言いたげだった。

「お前らに殺しの疑いが掛かってんだ」

「は? 何スかそれ。俺らタタキはすっけどコロシだけはしねぇよ!」

「チ―、落ち着けよ。で、アンタは俺らがやったと思ってんのか?」

「シンハイ、正直お前らはそこ迄はやらないと思いたい。だが裏が取れちまったらもう、俺がお説教するだけじゃ済まなくなってしまう・・・・・・」

「ざけんな! 俺らはやってねぇ」

 チーの怒号が飛んだ。

「だから疑いが晴れるまでは留置所で身柄を預かりたい、いいか?」

「ちょっと待ってくんない! サイトウクン、黙ってないで何か言ってくれよ」

リーチは、ゴトウさんの相棒のサイトウクンに助けを求めたが、

「いやぁ~、僕らも君達の事は信じたいよ? でも被疑者を野放しに出来ないし~、こっちも仕事なんでね」

と聞く耳を持たなかった。

「しょうがねぇ、お前らここは従っとくぞ。なぁに一日位で疑いも晴れっだろ。それでいいよなゴトウさん、サイトウクン」

「わりぃな、シンハイにお前ら・・・・・・」

 俺らはポリ公に、コロシに関してはシロである事を証明する為に、大人しくパクられて留置所に入った。


「それじゃまた後でメシ持ってくるからな」

 ゴトウさんは少し寂しそうな顔をして、四:三で分かれて狭い檻の中で胡坐をかいている俺らから離れていった。

「はぁ~マジねぇわ。ポン、メシ来たら起こして」

「あ、お休みじゃん、シンハイさん」

「お休み・・・・・・」


「・・・・・・うお! (何だ、夢か? 禍々しい気が蛇になって絡みついてくるとは嫌な夢だ)」

「あ、シンハイさん、おはようじゃん」

「あ、ああ。ポン、メシ来たか?」

「いやまだじゃん、けど遅すぎじゃん?」

「分かんねぇだろ、パクられて何時間経ったか知んねぇんだから」

「でも俺、腹減ったじゃん」

「もうじき来るって。お、足音が聞こえてきたぞ」

 遠くから近付いてくる足音が聞こえてきた。だが何故かそれは走ってくる様な音だった。

 やがてゴトウさんが現れた。しかし様子がおかしい。メシも持ってないし、ただならぬ雰囲気を感じた。そしてゴトウさんは狂ってしまったのか、無言で俺達の檻の鍵を次々開け始めた。

意味が分からないままに、俺達は檻から廊下に出た。

「何してんスか、ゴトウさん。夕飯は?」

「逃げろ・・・・・・お前ら・・・・・・」

「は?」

「いいから早く逃げろ、シンハ・・・・・・」

「ゴトウさん? ゴトー‼」

 突然鳴る銃声と共にゴトウさんは突如、目の前で前のめりに倒れた。

「いやぁ~ダメじゃないですか~ゴトウさん、勝手に被疑者を釈放しちゃ」

 サイトウクンがゆっくり歩いて近寄ってきた。その顔には普段の軽い感じとは違って狂気が宿っていた。

「うう、早く逃げ」

「何~? まだ生きてたの~、いいから死んでろって」

「ハハッ、弾切れか」

 サイトウは口角を釣り上げて、虫の息のゴトウさんに銃弾を切れる迄、頭や背中に何発も弾を撃ち込んだ。

「サイトウ、テメェそれでもポリ公かよ」

「そうだよ、シンハイ君。僕は正真正銘のお巡りさん。但し正体はマガツヒと融合した人間『マガツビト』で、君の事をずっと監視する命令を受けた警官さ」

「どういう事だ」

「機が熟した時、君の持つ剣を奪う為だ」

「何だと⁉」

「七年前、クロサメさんの手によって封印は解かれ、マガツヒは世に放たれた。マガツヒは独立した魔物の姿の『マガツキ』となって暴れたり、人の体に入りその負の心を増大させ、憑いた者を凶暴に変えたりした。まぁこれで魔が支配する世界になる筈だったんだけど、実際はクロサメさんが、まだマガツヒをコントロール出来なかった為に、徒に世界を混沌とさせただけだった、憑いた者が理性を失ってマガツキと同じようになっちゃったり、マガツキは好き放題に暴れたりね。だからマガツキの統制、マガツヒを憑いた者の体に馴染ませる時間、マガツヒそのもののコントロールという準備が必要だった。その準備に要した時間が七年。その間は準備不完全なまま、八卦に野望を潰されないようにマガツヒを少しずつ抑え込んだそうだ」

「七年・・・・・・」

「そう、気が熟す迄に。その間退屈だったから暇潰しによく人を撲殺したよ。そうそう最近バレそうになったから、慌てて君達に罪を被せたんだった。つまり君達が疑われている殺しの犯人は僕」

「言いたい事はそんだけか? 散々好き放題しくさって。ゴトウはんの仇や、ワレぶっ殺したるわ‼」

「やれやれ困ったものだよ」

「ぐはっ・・・・・・」

(何で?)

「ツモに何してくれんだ‼」

「チー君だっけ? うるさいなぁ」

「おうっ・・・・・・」

(何でだよ?)

「舐めんなじゃぁん‼ ぐほっ・・・・・・」

(折角あれは夢だった、俺の妄想だったと思って忘れてたのに)

「シンハイさん、アンタだけでも逃げるじゃん・・・・・・」


「頼む、君だけでも逃げ・・・・・・て・・・・・・」


「ヘイユ・・・・・・」

「それっ」

「ぐはっ」

「それそれ」

サイトウは、バカデカい警棒に変えて仲間達を殴り飛ばした右腕で、俺を一頻りぶん殴った。おかげで痛みと引き換えに我に返った。

「さぁ、剣を渡せ」

「はぁはぁ・・・・・・んなモン知らねぇ」

「そっか、じゃあ後で死体から勝手に探すよ。という訳で死ね」

サイトウは俺を蹴り飛ばし、右腕を拳銃に変えて俺に銃口を向けた。

―死ぬ。

「馬鹿者、修行を途中で抜け出すからこんな事になるんじゃ」

 へたり込んだ俺を抱きしめる様にして突如、ジジイが現れて凶弾を背中に受けて庇った。

「お前、何処から出てきたんだ?」

「転移術で来た。シンハイの持っていた木札に出口を創って、ワシが元居た場所と繋いでのう。木札は万が一何かあった時の為に持たせておったのじゃ」

「クソクソクソー‼」

「ほら立つのじゃ、シンハイ」

 俺は両腕を引っ張られ立たされた。

「クッソー何故死なない⁉ 何故血が出ない⁉」

「そうだよ・・・・・・何で・・・・・・何で後頭部から足まで穴だらけなのに平気なんだよ・・・・・・」

「そんな事どうでもいいじゃろ。それよりもワシの体に空いた穴から、蓄えられた仙気が漏れ出して仙力が減ってきておる。小僧共の治癒とワシの体の修復を考えたら、もう奴を倒す為に使える仙力は無い。お前が奴を倒すのじゃ」

「でも、俺・・・・・・」

「サボってばかりだったとはいえ、少しは身に付いておる筈じゃ。大丈夫、自分を信じてワシが修業で教えた事をやってみるのじゃ。七年前とは違う、今度こそ奪われてはならん」

「俺の家族、ヘイユ・・・・・・ああ俺は、もう過去に背中を見せたりしない。今度こそやってみせる」

 俺はポケットから、七年前のあの日と今の俺を繋ぐ3cmの宝を取り出した。そして思い出す。


「お前の持つ宝気剣は、陰陽のバランスが崩れし時、あるべき状態に戻す為、先頭に立って戦ってきた一族が代々操ってきた宝剣じゃ。それは、気を送り込むと元の姿に戻り、『縮め』と心で呟けば縮む」


 俺は気を送り元の大きさに戻した。

「クッソー、ムカつくムカつくぞ。ジジイもお前もガキ共も、まとめて死ねぇぇぇぇ‼」

「いくぜオラァァァ‼ おわっ!」

 俺は気合い十分に吠えた。その時、握っていた柄を通して剣に異変を感じ、思わず剣を斜め前に投げる様にして手を放してしまった。

「いかん!」

 ジジイは仲間とゴトウさんと一緒に急に消えた。

 俺はそれに驚く間もなく次の衝撃に面食らった。俺の放り投げた剣はみるみるうちに大きくなり、やがて留置所を破壊する程になった。

剣は、そのまま前に倒れようとしていた。

「何何々⁉ ちょっ、待て待て待て‼ ハ、ハァー・・・・・・」

 倒れていく剣を挟んで向こう側から、サイトウの声と何発もの銃声が聞こえた。しかしその怯えた声は、最後に聞こえた甲高い声を終わりに、剣が完全に倒れた時の轟音の中に消えた。

 次第に大剣は縮み、剣らしい元の大きさに戻った。

 宝気剣を拾いに行くと、無残な赤い染みが人形に割れた床に広がっていた。

「『大々気』か。事故みたいな技を使いおって、そんな教えた覚えも無い技よりもっとマシな技は使えんかったのか、おかげで転移術を使う為に仙力を余計に使ってしもたわい」

「ジジイ、いや・・・・・・アンタは何者なんだ」

 俺は後ろを振り返り、問うた。

「ワシは、主が符に記憶と仙力を注ぎこんで、それを木人に貼り自分そっくりに作った『ウツシミ』。陰と陽のバランスが崩れた時、動き出すように作られた。役目はマガツヒの封印が解かれた時、宝気剣の使い手の世話をし、使命を伝え、稽古をつける事」

「・・・・・・・・・・・・さて、問題も解決したし帰ろうかのう」

「俺に稽古をつけてくれ! もう二度とサボらねぇから‼」

 少しの間無言で見つめ合った後、口を開いて帰ろうとするウツシミに、俺は意を決し頼んだ。

「む?」

「俺は弱いから過去、アンタ、自分、全てから逃げ出した。そして痛みを忘れたくて、運命から逃れたくて好き放題過ごした。仲間ができたのはよかったよ? けど逃げた結果、折角できた仲間も俺自身の命も失うところだった。俺は強くなりてぇ、もう二度と何も失いたくねぇ、だから・・・・・・」

「お前が向き合ってくれて良かった。うむ、勿論じゃ。稽古をつけてやる。ワシにも・・・・・・もう時間は残って無さそうじゃしのう」

「ん? まあいい、よろしくな」

「それよりこの小僧共、どうする?」

「目覚めたら俺から話すよ」

 俺達は、治療済みで気絶して倒れている仲間を見ながら話した。


「それじゃ、行ってくるぜ師匠。ここから西の方角だったよな?」

「ああ、流星の様なものの一つが西の方角へ飛んでいくのが見えた。恐らく八卦の宝珠の一つじゃろう。マガツヒが解放された時、宝珠は八卦の許へ帰る。よってその光を辿れば八卦に逢えるからのう」

「分かった」

「気を付けてな、シンハイ。世界を頼んだ」

「はい!」

二ヶ月、俺はひたすら宝気剣の技、剣術、体力や精神力、それに腕力の源の勁と仙力の強化、初歩的な仙術の修行に明け暮れた。

 師匠が攻撃を当てる度にする、したり顔にはムカついたが、俺はおかげで十分強くなれたと感じていた。

 ただ・・・・・・。

「何じゃシンハイ?」

 師匠とはこの二カ月、来る日も来る日も修行した。毎日顔を合わせた。だから師匠の変化も直ぐ分かった。師匠が仙術を使う度に体が透けていく事を。

 そして今の師匠は、中身がほぼ見えている状態だった。きっと、人間の姿を保っていられる限界は近い。恐らくもう長くはないだろう。

「ジジイ、最後に二言いいか?」

「ん? 何じゃ?」

「ジジイ、今迄育ててくれてありがとう。アンタは俺にとってもう一人のじいちゃん、家族だったよ」

「シンハイ・・・・・・」

「じゃあな」

 俺はじいちゃんに背を向けて、振り返らずに歩いた。これ以上顔見ると泣いてしまいそうだったから・・・・・・。


(主いや本物のワシよ、シンハイは立派に育ったぞい。これならお前が千五百年前に遺してしまった事にケリを付けてくれるじゃろう。そしてシンハイ、ワシに蓄えられた仙力がもう、尽きる事に気付いておったようじゃな。のうシンハイ、ワシも一緒に過ごせて楽しかったぞ。木偶の身じゃったが、また家族ができたようで良か・・・・・・)


「よっ、お前ら」

「シンハイさん、そのピアス」

「ああリーチ、鬼のピアス止めて、元々付けてたやつに替えたんだ」

「似合ってます」

「ありがとう」

「・・・・・・・・・・・・行くんスね」

 長いアジトの静寂を破ってチーは尋ねた。

「ああ、チー」

「そっか・・・・・・」

 チーがそう漏らすと再び静まり返った。

俺は湿っぽい空気で別れたくはなかった。そこで、

「片が付いたら絶対この町に戻ってくる」

 と発した。すると皆、俯いた顔を上げて俺を見た。

「絶対っスよ」

「ああ、チー」

「約束ですよ」

「約束だ、カン」

「俺、シンハイさん帰る迄にもっと強くなるじゃん」

「ポン、筋トレしっかりな」

「シンさん、頑張って下さい」

「任せろ、ロン」

「シンハイはん・・・・・・」

「ツモ、そんな顔しないでくれ。大丈夫だ、死なねぇよ」

「帰ってきたら、いい女紹介するんで無事戻ってきてください」

「ああ、テンパイ楽しみにしてる」

「このチームは任せて下さい。俺がしっかり纏めますから」

「リーチ、任せたぜ」

「・・・・・・それじゃ、行ってくる」

「リーダー、ファイトー‼」

 俺は仲間達の揃った声援を背に受け、アジトを出ると、照り付ける太陽を背にリミンを後にした。



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