3 ライバルに要注意
翌日、三高が初めての無断欠席をした。もやしが家に連絡しても、朝いつも通り学ランを着て家をでたそうで、家族もいつも通り学校に向かったものと思っていたらしい。もやしがクラスメートに確認しても、三高を見かけた者は誰もいなかった。
昼休みになると佐々木は念願のツチノコ捕獲器を野球部の同級生数人と学校の裏山に仕掛けにいった。放課後の石探しのために仮眠でもとろうかと太一は軽音楽部の部室に向かっていた。階段を上っていると上の階から聞き慣れた柔らかい声がする。早乙女先生だ。自然と足取りが速まる。早乙女先生の声と共に、耳障りな野太くて少し鼻にかかった声。天敵の肉ゴリだ。
「へぇ~、早乙女先生も山歩きが好きなんですね。奇遇ですね。実は僕も山が好きで、学生時代の仲間と今でも年に数回は登山しているんですよ。良かったら今度、ハイキングご一緒しませんか?」
肉ゴリは、早乙女先生が来てから妙に色気づいた。爽汗スプレーを浴びるようにかけまくったり、髪型をジェルで固めてみたり男子高校生並みのことをしている。なんとか落としたくて仕方なくて、何か理由を続けてはアプローチを繰り返している。
「そうなんですね!そのうち職場の皆さんと活きたいですね」
早乙女先生の困ったような遠回しの拒否にもめげず、なおも肉ゴリは食い下がっている様子だ。
「そうですね、まずは、教員で山の会でも作りますか。それも良いですね!」
やっと階段を登り切ると突き当たりの音楽準備室前で早乙女先生が、少し困ったような笑みをうかべている。顔色が悪い。体調を崩していたからか以前より少しやつれたようにも見える。肉ゴリは、そんな早乙女先生の様子にも気づかず、その場を離れようとしない。早乙女先生を助けなくては。
「早乙女先生。もう体調は大丈夫なんですか?」
「あら、太一君。もう大丈夫よ。心配をかけちゃったわね」
「この前の自習の時のプリントで質問があるんですが、今良いですか?」
「良いよ。何でもどうぞ」
邪魔された肉ゴリが忌々しげに振り返る。すかさず、肉ゴリと早乙女先生の間に割り込む。
「何だ、田村か!お前、髪は耳にかからない長さに切れよ。前に注意しただろ!校則しっかり守れよ」
「はい、気をつけます」
(いつも、いつも、まるで人を注意することが趣味のような教師だ。口を開くと嫌みばかりで、だから全生徒から嫌われてるんだ。自覚しろ!)
心の中で肉ゴリに毒づいた瞬間、早乙女先生の体がぐらりと前に傾き、咄嗟に太一は、抱きとめた。
「ちょっとめまいがしただけだから。ごめんね、太一君。大丈夫だから」
大丈夫といっている間にも、早乙女先生の顔からみるみる血の気が引いていく。唇も真っ青だ。寒気がするのか太一の腕の中で、少し震えている。
「大丈夫ですか?早乙女先生!」
肉ゴリは、全く役に立たず、動揺して無駄にうろうろしている。突然音楽準備室の扉が自然に開き、もやしが飛び出てきた。
「早乙女先生!田村君しっかり支えておいてくれ」
そう言うと、再び音楽準備室に引っ込んだ。でてきたもやしの手には、早乙女先生が普段使っている大きめな膝掛けとショール。脇にクッションを挟み、どこから出してきたのかホッカイロまで沢山持ってきた。膝掛けを廊下に弾くと、太一からさっと早乙女先生を抱きかかえるとその上に横たえた。ショールを掛け、ホッカイロを早乙女先生に渡した。相変わらず早乙女先生は、カタカタと震えており、呼吸も速く苦しそうだ。
「金剛先生は、職員室に急いで報告をお願いします。私は、救急車を呼びます」
「わかった」
金剛先生(肉ゴリ)は、階段を駆け下りていく。体育教師の体力が初めて役に立つ瞬間を太一は、目にした。携帯で119番に連絡する間も、もやしは自分の着ていたセーターまで脱いで早乙女先生にかけた。
「岩松男子高校に救急車お願いします。28歳の女性教師が倒れました。顔色が悪く悪寒で震えています。呼吸が少し速く、脈拍も早いです。はい・・・。岩松男子高校のB棟の4階音楽室前です。数日前まで、発熱で今週から復帰したばかりです。」
電話を切ると、小刻みに震える早乙女先生の背中にホッカイロを当てながら、そっとさすり始めた。
「早乙女先生、救急車すぐに来てくれるから安心して。今から数を数えるからそれに合わせて呼吸してみて。二秒鼻から吸って口から四秒ではいてみて。ゆっくり繰り返してみて。」
もやしはやさしく早乙女先生の肩でポンポンとリズムをとりながら吸って、吐いてと繰り返し始めた。しばらくすると苦しそうな呼吸が徐々に落ち着きを取り戻し始めた。相変わらず顔色は真っ白だ。
10分ほどすると救急車のサイレンが聞こえてきた。養護教諭の滝先生と肉ゴリも駆けつけた。救急車の登場に教室の窓から皆窓から顔を出し、校門の方を見ているようで学校全体がざわざわ騒がしくなった。混乱を避けるためか放送が流れる。
-急病人が出たので、搬送の邪魔にならないように生徒は教室で待機すること―
「田村君、びっくりさせちゃったね。ありがとう色々手伝ってくれて。助かったよ。とりあえず教室に戻って。早乙女先生は、大丈夫だから」
黙って太一は、教室に戻るしかなかった。階段を駆け下りながら道守に声をかける。
「早乙女先生大丈夫かな?あんなに震えて。顔色も悪かったし」
「大丈夫。あの二人は、絶対に私が守るから!太一は安心して午後の授業をうけるように。それが学生の勤めだ。それと一刻も早く石を見つけてくれ!」
昼休みが終わる頃、サイレンを鳴らしながら救急車が駐車場を出て行った。どうやら搬送を手伝ったもやしが早乙女先生に付き添って救急車に乗り込んだらしい。
楽しみにしていた5限の選択音楽の時間は、視聴覚室に英語の鳥羽がふらりと現われ、
「お前たち暇だろ?先生が課題用意してやったからやるように。ありがたいだろう?最後に回収するからサボらずにやるんだぞ」
プリントを大量に配布していった。まったく、ありがた迷惑な話だ。
問題を解きながら、太一は、早乙女先生に付き添っていたもやしに、なんだか胸がモヤモヤした。自分は、何も出来なかった。もやしの落ち着きと手際の良さに感心した。ただの独身のひ弱な教師だと思っていたのに、少し見直した。もやしのように大人の対応が出来れば良かったのに。何も出来なかった自分にも腹がたつ。こんなプリントをやっている時間が惜しいし、もどかしい。今は、一刻も早く石を見つけなくては、早乙女先生は大丈夫かな?
帰りのホームルームの時、病院からもやしが戻ってきて、早乙女先生の命に別状はないが、病院で精密検査を受けているから、当分の間入院になるだろうと話した。チャイムと同時に、太一は則を急かして則の家まで自転車で猛ダッシュした。
「太一、大丈夫だよ。石は逃げないから。どこにあるのか分かってるし」
「則、急いで!早乙女先生が今日大変なことになっただろ?石を見つけて元に戻さないと」
剪定はさみを持った則のじいちゃんが、庭で出迎えてくれた。どうやら庭木の手入れをしていたらしい。
「友則、太一君おかえり」
「ただいま。じいちゃんそれより、苔のついた石は、どこにあるの?」
「ああ、あの石だな。この前、たしかそこの盆栽棚の2段目にあるしん柏の盆栽の横に置いたから探してみな」
「ありがとう、じいちゃん。太一、早く探そう」
黙って聞いていた太一は、則のじいちゃんに軽く会釈して盆栽棚に向かう。則のじいちゃんは、町の盆栽市で販売しているだけあって、いつ見ても立派な盆栽がずらりと並んでいる。
「確か、しん柏の盆栽は、これなんだけど・・・。この周辺にあるはず」
いつも抜けている則だが、盆栽の種類は、多少分かるらしい。枯れた幹が白くうつくしい。盆栽のことは、全く分からないが長年風雨に耐えたような荒々しさを感じる。2人で盆栽鉢の周りをくまなく探すがない。
「じいちゃん、ないんだけど~。どこかに動かした?」
「動かしてないよ。ほら、あるだろここに・・・。あれ?どこにいったんだ?」
3人で盆栽棚をじっくり探したが、やはり石はない。ようやく見つけた手がかりは突然途切れてしまった。今日こそは、見つかると期待していただけにガッカリ感が半端ない。
肩を落とす太一に、則はいつもののんびりした様子で
「大丈夫だよ、太一。石が勝手に歩くわけじゃないし、きっとすぐ見つかるよ」
夕焼けが、今日はやけにオレンジできれいだ。少し雲がかかっていてグラデーションになっている。日が短くなっているのを感じる。この季節の夕焼けは、少し寂しく焦燥感のようなものをかき立てる。
「3人で、盆栽棚の周りで何してるの?お茶とお菓子用意したから食べな」
駄菓子屋の戸締まりをしながら太一のばあちゃんが、声をかけてくれたのでそのまま縁側から母屋に上がり込んだ。